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フィリア編(1)
護衛は護衛らしく
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冒険者であるフィリアは、護衛対象であり、依頼人である行商人――旦那さま――が行きたいと思う場所に相棒のギルと共についていき、行商人が留まりたいと思った期間だけ、その場所に滞在しつづける。
いわゆる、護衛の仕事をフィリアとギルは請けていたのである。
フィリアたちの仕事は、道中の護衛。
行商人が街から街、村から村へと移動するときの護衛であった。
なので、今のように、行商人が訪問先で商売をしている数日間、フィリアたちは次の移動まで待機――手持ち無沙汰――となる。
その待機の間、依頼人と別れて、冒険者ギルドの短期依頼を請けることをフィリアたちは許されていた。
報酬の節約と、長期間フィリアたちを拘束するから、という理由だが、自由行動が認められているのは、フィリアたちにとっても都合がよかった。
その時間をふたりは有効に使い、討伐や採取の単発依頼をコツコツと堅実にこなしていった。
結果、フィリアとギルは、気づけば旅先で中級冒険者になっていたのだ。
なので、今回も行商人がベイッツ村で長期滞在を決めたのなら、自分たちもいつものように時間をつぶそう――冒険者ギルドの魔物討伐依頼でも請けよう――と思ったのだが、今回に限って、依頼人はそれを許してはくれなかったのである。
ギルが疑問に思うのはもっともなことであった。フィリアも「なにかがおかしい」と感じていた。
ふたりはその理由の説明を望んだが、依頼人はただひとこと「護衛は護衛らしく、わたしの側から離れるな」としか言わなかった。
固く緊張した依頼人の横顔は、多くを語らなかった。
それ以上の会話を依頼人が望んでいないのがひしひしと伝わってきたので、フィリアとギルは次の言葉を発することができずに、仕方なく沈黙する。
生命の危機がある場合など、やむをえない事情がある場合をのぞき、冒険者は依頼人の要望を尊重しなければならない。
フィリアとギルはここ数日、依頼人の希望どおり、宿屋に滞在しつづけている。
「そんなに緊張しなくてもいい。ゆっくり休んでいなさい……」
と、依頼人は苦い声でフィリアたちに言ったが、依頼人自身が緊張し、ピリピリとした気配をまとっていたので、その言葉はとてもしらじらしいものに聞こえた。
この厚い雲に覆われた暗い夜空は、自分の心の中のようだ、とフィリアはため息を漏らした。
根拠のない不安ばかりが大きくなっていき、胸が押しつぶされそうで苦しい。
「……とても嫌な予感がするんだ」
フィリアの呟きに返事はなかった。ギルの身体が一度だけぴくりと大きく震えただけである。
隣に座っているギルの存在を肌で感じながら、フィリアは膝を抱えて胎児のように小さくまるまる。
(本当に……ぼくは、ここで……こんなことをしていていいのかな?)
昏い夜空を睨みつけ、朝から何度も、何度も繰り返し呟いている言葉をここでも心のなかで呟く。
依頼人がこの村に滞在することを決めてから、己の感情を支配する意味不明な不安と焦りに悩まされ、フィリアはずっと苛立っていた。
ときどき、ふと、意識が遠のくことがあるのだが、そのときは決まって、遠い場所で、助けを呼ぶ小さな声がフィリアの脳裏に響き、心を大きくゆさぶるのだ。
最初は空耳かと思ったのだが、その声はあまりにも悲しくて、切実な響きをはらんでいた。そして、日を追うごとに、声の主は窮地に立たされているのか、声が切羽詰まったものへと代わっていった。
いますぐ、その助けを呼ぶ声のところへ飛んでいき、恐怖から救ってやりたい……いや、救わなければならない、と、フィリアの心が叫び声をあげている。
依頼主の命令がなければ、まちがいなく、フィリアは声がする方角へと飛び出していただろう。
いわゆる、護衛の仕事をフィリアとギルは請けていたのである。
フィリアたちの仕事は、道中の護衛。
行商人が街から街、村から村へと移動するときの護衛であった。
なので、今のように、行商人が訪問先で商売をしている数日間、フィリアたちは次の移動まで待機――手持ち無沙汰――となる。
その待機の間、依頼人と別れて、冒険者ギルドの短期依頼を請けることをフィリアたちは許されていた。
報酬の節約と、長期間フィリアたちを拘束するから、という理由だが、自由行動が認められているのは、フィリアたちにとっても都合がよかった。
その時間をふたりは有効に使い、討伐や採取の単発依頼をコツコツと堅実にこなしていった。
結果、フィリアとギルは、気づけば旅先で中級冒険者になっていたのだ。
なので、今回も行商人がベイッツ村で長期滞在を決めたのなら、自分たちもいつものように時間をつぶそう――冒険者ギルドの魔物討伐依頼でも請けよう――と思ったのだが、今回に限って、依頼人はそれを許してはくれなかったのである。
ギルが疑問に思うのはもっともなことであった。フィリアも「なにかがおかしい」と感じていた。
ふたりはその理由の説明を望んだが、依頼人はただひとこと「護衛は護衛らしく、わたしの側から離れるな」としか言わなかった。
固く緊張した依頼人の横顔は、多くを語らなかった。
それ以上の会話を依頼人が望んでいないのがひしひしと伝わってきたので、フィリアとギルは次の言葉を発することができずに、仕方なく沈黙する。
生命の危機がある場合など、やむをえない事情がある場合をのぞき、冒険者は依頼人の要望を尊重しなければならない。
フィリアとギルはここ数日、依頼人の希望どおり、宿屋に滞在しつづけている。
「そんなに緊張しなくてもいい。ゆっくり休んでいなさい……」
と、依頼人は苦い声でフィリアたちに言ったが、依頼人自身が緊張し、ピリピリとした気配をまとっていたので、その言葉はとてもしらじらしいものに聞こえた。
この厚い雲に覆われた暗い夜空は、自分の心の中のようだ、とフィリアはため息を漏らした。
根拠のない不安ばかりが大きくなっていき、胸が押しつぶされそうで苦しい。
「……とても嫌な予感がするんだ」
フィリアの呟きに返事はなかった。ギルの身体が一度だけぴくりと大きく震えただけである。
隣に座っているギルの存在を肌で感じながら、フィリアは膝を抱えて胎児のように小さくまるまる。
(本当に……ぼくは、ここで……こんなことをしていていいのかな?)
昏い夜空を睨みつけ、朝から何度も、何度も繰り返し呟いている言葉をここでも心のなかで呟く。
依頼人がこの村に滞在することを決めてから、己の感情を支配する意味不明な不安と焦りに悩まされ、フィリアはずっと苛立っていた。
ときどき、ふと、意識が遠のくことがあるのだが、そのときは決まって、遠い場所で、助けを呼ぶ小さな声がフィリアの脳裏に響き、心を大きくゆさぶるのだ。
最初は空耳かと思ったのだが、その声はあまりにも悲しくて、切実な響きをはらんでいた。そして、日を追うごとに、声の主は窮地に立たされているのか、声が切羽詰まったものへと代わっていった。
いますぐ、その助けを呼ぶ声のところへ飛んでいき、恐怖から救ってやりたい……いや、救わなければならない、と、フィリアの心が叫び声をあげている。
依頼主の命令がなければ、まちがいなく、フィリアは声がする方角へと飛び出していただろう。
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