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フィリア編(1)

別に心配はしていない。気になっただけだ

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 少し驚きながら、声がした方向を見やると、剣を抱えたフィリアの相棒が、自由になる片手と両足を使って、ひょいひょいと身軽に壁を登ってくるところだった。

 この少年もまたフィリアと同じで、鎧は身につけていない。
 着古したシャツとズボンという就寝時の格好だ。
 ベッドの中に入っていたので、もう眠ったと思っていたのだが、ギルもまだ起きていたようである。

 フィリアとギルのふたりは、同じ孤児院で育った。いわゆる幼馴染みだ。

 ふたりを育ててくれた孤児院では、孤児を保護してくれるのは十五歳までだ。十五歳になったら、容赦なく孤児院を追い出される……そういう決まりだ。

 十五歳までに養子縁組が決まればよいのだが、そうでなければそれまでに独立し、自分で生計を立てる方法を見つけなければならない。
 孤児院の子どもたちはたくましく、状況をよく理解していた。経営難の孤児院の負担を少しでも減らそうと、成長の早い子どもは十二、三歳頃から、将来のこと――食い扶持を稼ぐ方法と、住まいの確保――を考え始める。

 住み込みの職人や使用人の場合、十二、三歳頃から雇ってくれる工房や店などがある。
 そういう雇い主を探し出して、孤児たちは、十五歳になるのを待たずして、さっさと孤児院をでていくのだ。

 職人や使用人の職を捜す孤児が多い中、フィリアとギルは色々と考えた末、冒険者になる道を選んだ。

 ふたりは十二歳になると、誘い合うようにして冒険者になり、それから二年間、行動を共にしている。

 冒険者登録を終えて二年。
 フィリアとギルは、現在、駆け出しの戦士として活動していた。

 孤児のふたりに剣や魔法の師匠はおらず、見様見真似で剣を振るい、魔物や野盗といった討伐対象と戦ったりしている。
 この二年間、試行錯誤を繰り返した結果、ギルが相手の注意をひいて攻撃を受け止めている間、フィリアがその隙をついて攻撃し、倒すという連携ができあがっていた。

 ふたりで協力しあい、お互いの短所を自分の長所で補うようにして、経験を積んだ。
 ひとりでは早々に魔物の餌食となっていたに違いない。ふたりだからこそ、こうして今までやってこれたのだ。
 お互いにとって、欠くことのできない大切な相棒だ。

 ギルは危なげなくあっという間に屋根の上にたどり着くと、当然といったような態度でフィリアの隣に腰かけた。

「フィリア……」

 灰色の瞳が気づかわしげにフィリアをのぞきこんでくる。

「なにか用か?」

 優しく穏やかなギルの声と違って、フィリアの返事は、氷のように冷たく硬かった。
 フィリアの心の不安、苛立ちがそのまま声音にあらわれてしまい、まるで棘を含んでいるかのように鋭く攻撃的だ。ギルが悪いわけではない。甘え……完全な八つ当たりだ。

 そんなツンツンしたフィリアの反応にギルは驚くこともなく、落ち着き払った様子で首を左右に振る。

「フィリアがいつまで待っても戻ってこないから、心配した。それだけだ」

 マイペースで思いやりにあふれるギルの声が、不安に苛立っているフィリアの心にじんわりと染み入る。フィリアの冷え切った体内に温かなものが宿り、それがゆっくりと溶けるように拡がっていくのがわかった。

「ごめん。悪かったよ。行き先も告げずに黙ってでていったから……心配したよね……」

 フィリアの謝罪に、ギルは「気にするな」とひとこと言って、もう一度、ゆるやかに首を左右に動かす。

「別に心配はしていない。気になっただけだ」
「…………」
「でも、いつもの場所に、フィリアがちゃんといたから安心した」
「……わかったよ。そういうことにしておこうか」

 フィリアの顔に苦笑が浮かぶ。
 
(心配してたから、安心したんじゃないのかなぁ……)

 ギルはここ数日のフィリアの様子を心配して、屋根の上まで追ってきたのだろう。

 ただ、あまりにもすごく真面目な顔で言われたので、反論する気にもなれなかった。フィリアはギルの言葉と好意をそのまま素直に受け止める。
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