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序章
暗転
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オトウトはあの後、何時間も泣きつづけて、ついには、泣き疲れてベッドの中で横になっていた。
晩ごはんも嫌がってあまり食べなかった。
泣きすぎて興奮しすぎたせいか、また高い熱がでた。
日が沈み、完全に世界が暗くなると、わたしとオトウトは同じ寝床に潜り込んだ。
日中、わたしたちのために布団を干してくれたのだろう。ベッドの中はお日様の匂いがして、少しポカポカしていた。
部屋の灯りは蝋燭を使うのだけど、子どもだけだから危ないといって、使うことは許してくれなかった。
窓から差し込む月明かりだけでは、少しばかり心もとない。
だから、わたしは父様に教えてもらった【灯り】の魔法を使って、暗い部屋を少しだけ明るくする。
オトウトの高熱は、カンセンするような病気ではない、と父様は言っていた。病気でもない、とも言った。
薬師としてこの一帯の村々の面倒をみてまわっている父様の言葉に、村長夫妻はなにひとつ疑うことなく、わたしとオトウトを預かってくれた。
そして、同じベッドで眠れるように準備もしてくれた。
オトウトはよく熱をだす。
なんでも、マリョクヨウリョウとマリョクのばらんすが悪いから、その扱いかたを知らないから、すぐに熱がでるのだそうだ。
わたしと父様は、オトウトとマリョクノアイショウがわるいから、マリョクの扱いを教えてあげることができないそうだ。
高熱で苦しむオトウトを、わたしたちでは助けることができないらしい。
でも、添い寝をしてやると、ほんの少しだけだけど、マリョクのジュンカンがよくなって、オトウトも楽になるだろう、と父様は言っていた。
「とーと……」
「おりこうにしていたら、父様はすぐにもどってきますよ」
ちょっぴりお姉さんぶった口調で、わたしは眠そうにしているオトウトへと語りかける。
「ねーね……」
わたしに気づいたオトウトが、甘えるように抱きついてくる。
小さくて柔らかい、そして、とってもかわいいオトウトを、わたしはぎゅっと抱きしめる。ミルクの匂いがした。
わたしのオトウトは、森のウサギのようにフサフサもふもふしていないが、プニプニしていて、とても抱き心地がいい。
オトウトはわたしの宝物だ。
父様ではなく、わたしが、森の奥でオトウトを見つけたのだ。
森の精霊様がわたしにくださった、わたしの大切な宝物だ。
わたしが小さなオトウトを護らなければならない。
熱のせいか、オトウトの身体はとても熱かった。
「とーと……どこ?」
暗闇の中、オトウトはキョロキョロと周囲を見渡す。昼間の出来事は忘れてしまったのだろうか。
ここが家だと勘違い……寝ぼけているようにもみえる。
「ねーねがいるからダイジョウブよ」
「だ……じょ……ぶ?」
必死に、わたしのコトバを真似しようとしているのが、とってもかわいい。
オトウトは、色々な成長が遅かったけれども、わたしたちの言っていることは理解できているみたいだ。
「あしたね、ソンチョウフジンが、木苺のパイを焼いてくれるんだって。楽しみだね」
「あ――。ぱい! ぱい! たーしみ! ぱい、おーしい!」
オトウトのはじけるような笑顔に、わたしはほっと、胸を撫で下ろした。
泣いているよりも、笑ってくれるほうがうれしい。
「ねーねもおてつだいするんだよ。おいしい木苺のパイを焼いてあげるね」
「うん。たーしみ」
ニコニコと笑うオトウトに、わたしも笑顔が浮かぶ。
わたしとオトウトは、明日のおやつに食べる木苺のパイを夢見ながら、その日は眠りについた。
だが……。
わたしたちは、村長夫人の木苺のパイを食べることはできなかった。一生、食べることができなくなってしまった。
そして、仕事を終えた父様にも二度と会うことができなくなった。
なぜ、あのとき、オトウトがあんなに泣いて、父様との別れを嫌がったのか……わたしと父様は、もっと深く考えるべきだった。
単に、父様と離れるのを寂しがって、だだをこねたわけではなかった。
幼いオトウトは、身に迫る危険を感じ取っていたのだろう。
それを、わたしと父様に必死に伝えようとしていたのだ。
なぜなら、その日の夜、わたしたちが預けられた村は、盗賊の襲撃にあい、抵抗した大人の男たちは殺され、殺されなかった村人とわたしとオトウトは、ドレイとして連れ去られたのである。
村長夫妻もわたしたちをかばって殺された。
後で盗賊たちが話しているのを聞いたのだが、小さな麓の村は、盗賊が放った炎で焼かれ、あっという間に消えてなくなったという。
それから数日後、わたしとオトウトはドレイモンというものを奴隷商に刻まれ、大きな街で奴隷として売りにだされたのである。
その街で、わたしたちは怖い大人に見つかってしまい、生贄奴隷として買われてしまったのだ。
晩ごはんも嫌がってあまり食べなかった。
泣きすぎて興奮しすぎたせいか、また高い熱がでた。
日が沈み、完全に世界が暗くなると、わたしとオトウトは同じ寝床に潜り込んだ。
日中、わたしたちのために布団を干してくれたのだろう。ベッドの中はお日様の匂いがして、少しポカポカしていた。
部屋の灯りは蝋燭を使うのだけど、子どもだけだから危ないといって、使うことは許してくれなかった。
窓から差し込む月明かりだけでは、少しばかり心もとない。
だから、わたしは父様に教えてもらった【灯り】の魔法を使って、暗い部屋を少しだけ明るくする。
オトウトの高熱は、カンセンするような病気ではない、と父様は言っていた。病気でもない、とも言った。
薬師としてこの一帯の村々の面倒をみてまわっている父様の言葉に、村長夫妻はなにひとつ疑うことなく、わたしとオトウトを預かってくれた。
そして、同じベッドで眠れるように準備もしてくれた。
オトウトはよく熱をだす。
なんでも、マリョクヨウリョウとマリョクのばらんすが悪いから、その扱いかたを知らないから、すぐに熱がでるのだそうだ。
わたしと父様は、オトウトとマリョクノアイショウがわるいから、マリョクの扱いを教えてあげることができないそうだ。
高熱で苦しむオトウトを、わたしたちでは助けることができないらしい。
でも、添い寝をしてやると、ほんの少しだけだけど、マリョクのジュンカンがよくなって、オトウトも楽になるだろう、と父様は言っていた。
「とーと……」
「おりこうにしていたら、父様はすぐにもどってきますよ」
ちょっぴりお姉さんぶった口調で、わたしは眠そうにしているオトウトへと語りかける。
「ねーね……」
わたしに気づいたオトウトが、甘えるように抱きついてくる。
小さくて柔らかい、そして、とってもかわいいオトウトを、わたしはぎゅっと抱きしめる。ミルクの匂いがした。
わたしのオトウトは、森のウサギのようにフサフサもふもふしていないが、プニプニしていて、とても抱き心地がいい。
オトウトはわたしの宝物だ。
父様ではなく、わたしが、森の奥でオトウトを見つけたのだ。
森の精霊様がわたしにくださった、わたしの大切な宝物だ。
わたしが小さなオトウトを護らなければならない。
熱のせいか、オトウトの身体はとても熱かった。
「とーと……どこ?」
暗闇の中、オトウトはキョロキョロと周囲を見渡す。昼間の出来事は忘れてしまったのだろうか。
ここが家だと勘違い……寝ぼけているようにもみえる。
「ねーねがいるからダイジョウブよ」
「だ……じょ……ぶ?」
必死に、わたしのコトバを真似しようとしているのが、とってもかわいい。
オトウトは、色々な成長が遅かったけれども、わたしたちの言っていることは理解できているみたいだ。
「あしたね、ソンチョウフジンが、木苺のパイを焼いてくれるんだって。楽しみだね」
「あ――。ぱい! ぱい! たーしみ! ぱい、おーしい!」
オトウトのはじけるような笑顔に、わたしはほっと、胸を撫で下ろした。
泣いているよりも、笑ってくれるほうがうれしい。
「ねーねもおてつだいするんだよ。おいしい木苺のパイを焼いてあげるね」
「うん。たーしみ」
ニコニコと笑うオトウトに、わたしも笑顔が浮かぶ。
わたしとオトウトは、明日のおやつに食べる木苺のパイを夢見ながら、その日は眠りについた。
だが……。
わたしたちは、村長夫人の木苺のパイを食べることはできなかった。一生、食べることができなくなってしまった。
そして、仕事を終えた父様にも二度と会うことができなくなった。
なぜ、あのとき、オトウトがあんなに泣いて、父様との別れを嫌がったのか……わたしと父様は、もっと深く考えるべきだった。
単に、父様と離れるのを寂しがって、だだをこねたわけではなかった。
幼いオトウトは、身に迫る危険を感じ取っていたのだろう。
それを、わたしと父様に必死に伝えようとしていたのだ。
なぜなら、その日の夜、わたしたちが預けられた村は、盗賊の襲撃にあい、抵抗した大人の男たちは殺され、殺されなかった村人とわたしとオトウトは、ドレイとして連れ去られたのである。
村長夫妻もわたしたちをかばって殺された。
後で盗賊たちが話しているのを聞いたのだが、小さな麓の村は、盗賊が放った炎で焼かれ、あっという間に消えてなくなったという。
それから数日後、わたしとオトウトはドレイモンというものを奴隷商に刻まれ、大きな街で奴隷として売りにだされたのである。
その街で、わたしたちは怖い大人に見つかってしまい、生贄奴隷として買われてしまったのだ。
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