白の甘美な恩返し 〜妖花は偏に、お憑かれ少女を護りたい。〜

魚澄 住

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第6章 聖夜の夜は湿っぽく

27話

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 園内の中心に佇む背の高いモミの木。実にしては輝かしく、形の整ったそれを厘は神妙に見つめ「この木には妙な実がついているな」と首を傾げた。

「あ、違うよ。これね、クリスマスツリーって言って……」

「ああ。なんだか今日はよく耳にするな。そのクリスマスという単語を」

 そういえば、我が家のクリスマスツリーは手のひらサイズだったっけ。小さなツリーをキャンドルライトに灯した風景と、それをうっとりと眺める母の横顔を岬は思い浮かべた。

『クリスマスも知らねぇで女と歩いてたのかぁ?この時期に』

 思い出に浸る間、中の声は厘を嘲笑した。

「なんだ、悪いか」

『そんなもん、女に聞けよ。俺は嫌いだからドーーだっていいね!』

 どうだっていい。わざとらしく強調した中の声に、岬は再び顔を歪める。やはり、この霊魂とは相性が良くないらしい。声を荒げられると、ピリピリと頭痛が走った。

「……岬。クリスマスとは一体なんだ」

 それでも厘の声が被されば、作り笑いなど容易かった。

「本来はイエスキリスト生誕のお祝い、そのお祭り事なんだって。12月といえばクリスマス、って言えるほど日本中の街も着飾り始めて、きっと祝福の準備をしてるの。だから、私は好きだなぁ……クリスマス」

 沈みゆく西日に、微かに照らされたオーナメント。ベルが背後で奏でる旋律に、その煌めきは良く映える。隣に大切な人が居れば、不思議とより特別な景色に見える。
 岬は横目で、厘の横顔を垣間見た。次に流れる『We Wish You a Merry Christmas』が視えない雪を編んでいるようだった。

「言われてみれば、妙に浮足立っているな。周りの人間は」

「うん……そうだね」

 私もそうだよ———とは、素直に言い出せない。あの告白に意味・・を持たせてしまう前に、呑み込んだ。

「それに、なぜか男女が多い」

『当たり前だろ、クリスマスっつーのはそういうもんだ。プレゼント交換とかいう風潮にもうんざりするが、直前にこぞって付き合いだす奴らなんて、考えるだけで吐き気がする』

 吐き捨てるように言う中の声に、岬は苦笑する。かなり捻くれた偏見と感情が彼の中にはあるようだった。

「プレゼント?」

「うん、贈り合うんだよ。自分の大切な人に。えっと、25日のクリスマスにね」

 あと一週間後かぁ。岬が付け加えると、厘はおもむろに顔を覗き込む。

「それならば、俺にも贈る必要があるな」

「……え?」

「お前に。プレゼントを」

 淡々と放つ厘に思わず目を見開く。図らずとも深読みしてしまいそうなセリフに、心臓も大きく音を立てる。

「あ、の……それは、」

「他に贈る相手など、思い浮かばん」

 あぁ……ダメ。ダメ。ダメだよ、厘。浮足立ったらいけない。温度を合わせなきゃいけない。そう留めていたのに、歯止めが効かなくなってしまう。分厚いコートに包まれた岬の体は、無意識に厘の体に触れていた。

「み、さき……?」

 頭上から腑抜けた声が落とされる。同時に正面から響くのは、厘の鼓動。もっと近くで、鼓動を合わせてみたいだなんて———気づけば、彼の背に手を回していた。

「……え、あ……」

 衝動に任せ抱き着いてしまった、と気が付いたとき、じわじわと汗が吹き出す。代わりに爪先は冷えていく。
 ……ああ、もう。ああ、どうしよう。岬は顔を火照らせたまま、控えめに回していた腕を解く。あやかしの体温から離れようと、身体を退ける。しかし、思い描いていた動作は叶わなかった。

 何が起きているのか。それは、身に覚えのある温もりと力強さが物語る。悪霊の憑依から目を覚ました時、強く、強く抱きしめられた記憶が、脳裏に蘇る。

「勝手に離れるな」

 あのときと、よく似ていた。

「り、厘……」

「お前から来たのだろう。それに、」

 厘は岬の頭上を宥めながら「ようやく邪魔者が居なくなったんだ」と、微笑む。見えずとも、微笑みは鮮明にこころを走った。そして言われてようやく、月が顔を出したことに気が付いた。

「名前……聞けなかった、ね」

 締め付けられる。彼の腕の中で籠る声が、体温を上昇させる。周りの目など、気にする余裕もなかった。分かるのは片耳に触れる冷気と、もう片方に触れる厘の心音だけ。何よりも窮屈で、何よりも心地良かった。

「相当拗らせていたからな。早々に出て行くのなら願ったりかなったりだ」

 それに、お前も我慢していただろう。
 加えられた言葉に、岬は目を丸くする。もしかして、ずっと見透かされていたのだろうか。……だから、気に入っていた乗り物に乗らず、歩幅を合わせてくれていたのだろうか。

「辛抱強いのは美点だが、お前は少々度が過ぎる。あまり溜め込むな」

 耳元を霞める吐息に、岬の肩はピクリと跳ねる。厘は気づきながら笑みを溢し、再び体を抱き寄せた。優しく、包み込むように。
 こんなの、好きになるに決まっている。……きっと、誰も制御なんて出来ない。一番敬愛していた母にも感じたことのなかった感情。抱いたのは “独占欲” だった。

「厘……その、行きたい場所があるんだけど」

「ん、どこだ」

「あのね、———」

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