24 / 50
第6章 聖夜の夜は湿っぽく
23話
しおりを挟む先日。厘にきつく抱き締められた後、岬は半分憑依とは別の形態を知った。
“完全憑依” ───安堵に満ちた厘の表情を前に、その事実を打ち明かされた。どれも、初めて聴く内容で戸惑った。厘によると、街で意識を失ったと同時に “早妃” と名乗る悪霊に件の完全憑依を許してしまったのだとか。加えて、これまでにも定期的に訪れていた酷い眠気の原因は、新月の夜に霊が身体を操っていたからだ、と知らされた。
「でも、今回は……」
「ああ。新月でもないのに乗っ取られたのは、早妃がより強い霊力を持つ悪霊だったからだ」
憑いていた汐織を退けることができたのも、悪霊ゆえ───厘は眉を下げながらそう言った。汐織とは気が合うようだったから、無念だったのだろう。……私も、ちゃんと伝えたかった。
───『何もできなくてごめん、岬』
何も出来なかったなんて言わないで……背中を押してくれてありがとう。そう伝える前に、彼はこの身を離れてしまった。心の奥に触れた、彼の穏やかで温かい言葉の数々が、鼻先へ電流を下ろした。
「早妃は……悪霊って、どんな霊だった?」
涙を堪えながら、悔いを残しながら尋ねると、厘は決まって苦い顔をした。ばつが悪そうに表情を歪めた。
「……普通だよ。単に、霊力が強いだけだ」
僅かに、鈍色の目が泳ぐ。直観には優れていないと自覚はあるものの、隠し事があるとすぐに分かった。それでも岬は、「そっか」と目を細めた。
手首、足首に残った軽い痣。憑依のあと、苦しい位に締め付けられた身体。自分の身が危うかったことを、自分の身が語っている。それを蒸し返すほど、詮索するほど野暮じゃない。
そして、微かに残っている深いキスの感触。───あの意味を知れば、伴う刺激は並大抵では済まないような気がした。すべてを知らずとも、厘が変わらず傍にいるだけで、岬には十分だった。
「平気か」
「……え?」
「自分の知らない間に操られているなど、俺には耐えられんからな」
ぶっきら棒に移されているはずの視線が、どうしてか熱い。もうすでに、並大抵では済まないのかもしれない。
「うん、大丈夫。きっと今までも、お母さんも知っていてくれたんだよね」
「……そうだな」
厘はそっと、岬の頭に手を滑らせる。こんなにも優しくて、温かい。
全てを知った夜、岬は微睡みながら、彼の肩に身を委ねる。そしてそのまま、夢を見た。
───『岬。あなたとリリィなら、きっと乗り越えられる。私はいつでも見守っているからね』
朗らかに微笑む母が纏っていたのは、白を基調とした着物。写真でしか目にしたことのない和装姿は、岬の脳裏に深く刻まれていた。夢の中に現れるほど、鮮明に刻まれていた。
───『大丈夫。なんたって、岬の強さと愛の深さはお母さん譲りだし』
柔らかく朗らかな声。大好きだった波長。ずっとその夢に浸っていたい。……きっと少し前の私なら、そう願っていたに違いない。でも今は、目覚めて会いたい人がいる。彼らの存在がどれほど強い引力か、岬は意識の奥底で痛感していた。
どんな困難があっても、絶対に守りたい。もう、失いたくない。この居場所だけは、絶対に。
「岬。寝室へ運ぶぞ」
低く、心地の良い耳触り。厚みのある厘の声が、薄い意識を優しく撫でる。岬の身体は軽々と抱え上げられた。
「んん……」
「ん……、どうした」
母の残像が、厘へと移り変わる。彼はゆったり眉を下げ、呻る岬に「仕方ないな」と微笑んだ。
「俺はここにいるぞ」
ベッドの上で、優しく手を握りながら。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
【完結】出戻り妃は紅を刷く
瀬里
キャラ文芸
一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。
しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。
そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。
これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。
全十一話の短編です。
表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる