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第4章 貫く瞳は常より眩しく
16話
しおりを挟む街中の雑貨屋がざわめく。渦を巻く中心、岬は厘を覗き込んだ。
「厘は何色がいい?」
「さぁな……。特段好きな色はないからな。どれでも構わん」
人の世では稀有な白髪。先の尖った長いまつ毛は、頬に綺麗な影を落とす。瞬きの度に、多くの視線が注がれている気配もきっと、気のせいではない。彼の見てくれは、広い店内でも息をつく間もなく、話題の中心となっていた。
「おい岬、俺はコレにするぞ」
そして、庵も同様。学校生活で培った地獄耳が、美形に囲まれたあの小娘は一体、との囁きを拾い上げる。慣れない注目のされ方に、頬が赤く染まるのを感じた。
「う、うん、いいね。軽いから持ち運びしやすそうだし、色も庵にピッタリだよ」
「んで、何に使うんだよ、こんな筒」
ち、近い近い……!岬は周りの視線を気にしながら、近寄る庵から顔を背けた。
「さ、さっき教えたとおりだよ。これは水筒。冷たい水が冷たいまま保管できるんだよ」
庵の選んだ緑黄色の筒を差し出すと、「本当にぬるくなんねぇのか」と怪訝な表情を浮かべる。とはいえ、今回の外出に課していた “二人に水筒を贈る” という裏ミッションは、順調に進んでいた。
水分が資本な二人には、どこでも冷たい水を飲んでほしいと考えたプレゼント。出会ったばかりの厘が、水道水に『ぬるい』と顔をしかめていた頃から、ずっと巡らせていた。でも―――
「厘は、まだ気に入ったの見つからない?」
嵩に収まりきらないほどの感謝を、うまく伝えられるだろうか。いつか溢れ出してしまわないだろうか。訊いた直後、頭上に体温が乗せられる。その骨ばった手が厘のものだと理解するまで、岬はしばらく呆けていた。
「お前の好きな色はどれだ」
「わ……私の……?」
「ああ」
しかし、分かってからも大差はない。髪を撫でるようにして置かれた大きな掌に、心臓が荒波を立てていることを除けば。
「白、かな」
僅かに髪を遊ばれる。僅かに視線を持ち上げる。荒波が収まる兆しはより遠のいた。
「ほう。何故だ」
「厘の……鈴蘭の色だし、」
手元。白の筒を一瞥した後、再び長い影を見上げる。横目に捉えた厘の表情は、枝垂桜のように下ろされた白髪に隠れていた。
「そうか」
見え得るのは一瞬。水筒を掬い上げたとき、ほんのり赤い湖畔をつくった首元だけ。しかし岬の頬は、厘の些細な反応に染めあがった。頭から退いた体温が、名残惜しかった。
「なら、俺はこれで」
「うん、わかった」
厘は白の、庵は緑黄色の水筒を選び、雑貨屋を後にする。
色違いの包みと、“THANK YOU”と綴られたリボン。二人には内緒でラッピングを施した商品を、岬は大切に抱えた。二人の背を見据えながら、笑みが零れた。
ああ……どうしよう。名残惜しい。巡らせても、これ以上の口実は思い浮かばない。踏み出す一歩の幅は無意識に狭くなるばかり。昔、母と出掛けた遊園地の帰りに駄々を捏ねたことを思い出し、岬は首を振った。
「岬」
「……?」
赤信号を前に、振り返る厘。歩幅は違うはずなのに、離れず傍にあった温もり。太陽がきらきらと照らす白髪に、目が眩んだ。
「他に行きたい場所はないか」
「……え?」
「欲しいモノでもなんでもいい。……付き合ってやる」
伏せられた鈍色の瞳が、垣間見るようにこちらを覗く。薄い耳がほんのり染まる。岬は息を吸った後、「いいの?」と羽織の裾をつかんだ。
「俺ぁ、あのでけぇ肉が食いたい」
「……お前には訊いていない」
すでにテンプレート、妖花同士のやりとりにも笑みが漏れる。
———『用を済ませたらすぐに帰るぞ』
先刻、刺された釘を思い返しながら、熱が込み上げた。
「私も、お腹すいてきちゃった」
身体の芯から込み上げる。油断をしたら、ほんの少しだけ涙が零れそうだった。
「じゃあまずは肉だろ?そんでそのあとは、」
「おい庵。お前が決めるな」
「どうせ、岬が食いたい、っつったらいいんだろ?」
「私はなんでも……そうだね、庵がお肉食べたいならそうしようか」
いいね、と二人に目を細める。
『本当はパンケーキが食べたい、とかない?最近の女の子はその話題で持ちきりみたいだよ』
しかし直後、汐織が放った魅惑的なフレーズに、岬は目を見開いた。その甘美な響きを復唱した。
「はぁ?パンケーキィ?」
内側の声が届かない庵は、岬の “復唱” に顔を近づけ眉を顰める。岬は口元を覆い、しまった、と一歩退いた。
「いいんじゃないか、パンケーキ。俺もときには時好を知る必要があるからな」
「う……」
助け船か否か。厘は意地の悪い笑みを浮かべ、こちらを見据えている。庵が漁船なら、厘は悠々と波を掻き分ける巨艦に違いない、と岬は頬を赤らめた。
『なんか僕、変なこと言ったかな?ごめん岬』
「う、ううん……全然」
からかいの延長か、申し訳なさそうな汐織の声に、厘はわざとらしく喉を鳴らして視線を寄越す。瞬間、羞恥心よりも僅かに、胸の鳴き声が勝ってしまった。
「よし分かった。まずは肉、その次にパンケーキ。コレでいいだろ」
「だから、何故お前が決める。そんなに肉が食べたいのなら一人で行けば良い」
「あぁ?! こんなところで俺様を一人にすんじゃねぇ!」
ハンバーグとパンケーキ、おまけに期間限定のソフトクリーム。
庵が(渋々)素直に『一緒に行かせろ』と放った後は、想定以上に都会畑を堪能し、腹八分目どころか十二分にも達しようとしていた。
「おい、ソッチの味も少し寄越せ。絶対に俺様の味噌ソフトの方が旨いけどな」
「絶対にやらん。岬はいいのか」
「うん……実はもうかなりお腹いっぱいで」
「そうか。女子の胃が小さいというのは本当なんだな」
「アハハ……」
食欲の秋と言えど、明日からはほどほどに抑えなければ……。随分ご機嫌になってしまった、と自分の脇腹をこっそりつまみながら、岬は苦笑した。
『大丈夫。岬はもう少しふっくらしてもいいくらいだよ』
「そんなこと……って、汐織は体型までわかっちゃうの?……恥ずかしい」
『うーん、体重位なら当てられるかも?』
内側の彼に「やめて」と懇願する。
街の片隅で漂う異変には、まだ誰一人として気づいていなかった。
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