白の甘美な恩返し 〜妖花は偏に、お憑かれ少女を護りたい。〜

魚澄 住

文字の大きさ
上 下
17 / 50
第4章 貫く瞳は常より眩しく

16話

しおりを挟む

 街中の雑貨屋がざわめく。渦を巻く中心、岬は厘を覗き込んだ。

「厘は何色がいい?」

「さぁな……。特段好きな色はないからな。どれでも構わん」

 人の世では稀有な白髪。先の尖った長いまつ毛は、頬に綺麗な影を落とす。瞬きの度に、多くの視線が注がれている気配もきっと、気のせいではない。彼の見てくれは、広い店内でも息をつく間もなく、話題の中心となっていた。

「おい岬、俺はコレにするぞ」

 そして、庵も同様。学校生活で培った地獄耳が、美形に囲まれたあの小娘は一体、との囁きを拾い上げる。慣れない注目のされ方に、頬が赤く染まるのを感じた。

「う、うん、いいね。軽いから持ち運びしやすそうだし、色も庵にピッタリだよ」

「んで、何に使うんだよ、こんな筒」

 ち、近い近い……!岬は周りの視線を気にしながら、近寄る庵から顔を背けた。

「さ、さっき教えたとおりだよ。これは水筒。冷たい水が冷たいまま保管できるんだよ」

 庵の選んだ緑黄色の筒を差し出すと、「本当にぬるくなんねぇのか」と怪訝な表情を浮かべる。とはいえ、今回の外出に課していた “二人に水筒を贈る” という裏ミッションは、順調に進んでいた。

 水分が資本な二人には、どこでも冷たい水を飲んでほしいと考えたプレゼント。出会ったばかりの厘が、水道水に『ぬるい』と顔をしかめていた頃から、ずっと巡らせていた。でも―――

「厘は、まだ気に入ったの見つからない?」

 かさに収まりきらないほどの感謝を、うまく伝えられるだろうか。いつか溢れ出してしまわないだろうか。訊いた直後、頭上に体温が乗せられる。その骨ばった手が厘のものだと理解するまで、岬はしばらく呆けていた。

「お前の好きな色はどれだ」

「わ……私の……?」

「ああ」

 しかし、分かってからも大差はない。髪を撫でるようにして置かれた大きな掌に、心臓が荒波を立てていることを除けば。

「白、かな」

 僅かに髪を遊ばれる。僅かに視線を持ち上げる。荒波が収まる兆しはより遠のいた。

「ほう。何故だ」

「厘の……鈴蘭の色だし、」

 手元。白の筒を一瞥した後、再び長い影を見上げる。横目に捉えた厘の表情は、枝垂桜のように下ろされた白髪に隠れていた。

「そうか」

 見え得るのは一瞬。水筒を掬い上げたとき、ほんのり赤い湖畔をつくった首元だけ。しかし岬の頬は、厘の些細な反応に染めあがった。頭から退いた体温が、名残惜しかった。

「なら、俺はこれで」

「うん、わかった」


 厘は白の、庵は緑黄色の水筒を選び、雑貨屋を後にする。
 色違いの包みと、“THANK YOU”と綴られたリボン。二人には内緒でラッピングを施した商品を、岬は大切に抱えた。二人の背を見据えながら、笑みが零れた。
 ああ……どうしよう。名残惜しい。巡らせても、これ以上の口実は思い浮かばない。踏み出す一歩の幅は無意識に狭くなるばかり。昔、母と出掛けた遊園地の帰りに駄々を捏ねたことを思い出し、岬は首を振った。

「岬」

「……?」

 赤信号を前に、振り返る厘。歩幅は違うはずなのに、離れず傍にあった温もり。太陽がきらきらと照らす白髪に、目が眩んだ。

「他に行きたい場所はないか」

「……え?」

「欲しいモノでもなんでもいい。……付き合ってやる」

 伏せられた鈍色の瞳が、垣間見るようにこちらを覗く。薄い耳がほんのり染まる。岬は息を吸った後、「いいの?」と羽織の裾をつかんだ。

「俺ぁ、あのでけぇ肉が食いたい」

「……お前には訊いていない」

 すでにテンプレート、妖花同士のやりとりにも笑みが漏れる。

 ———『用を済ませたらすぐに帰るぞ』

 先刻、刺された釘を思い返しながら、熱が込み上げた。

「私も、お腹すいてきちゃった」

 身体の芯から込み上げる。油断をしたら、ほんの少しだけ涙が零れそうだった。

「じゃあまずは肉だろ?そんでそのあとは、」

「おい庵。お前が決めるな」

「どうせ、岬が食いたい、っつったらいいんだろ?」

「私はなんでも……そうだね、庵がお肉食べたいならそうしようか」

 いいね、と二人に目を細める。

『本当はパンケーキが食べたい、とかない?最近の女の子はその話題で持ちきりみたいだよ』

 しかし直後、汐織が放った魅惑的なフレーズに、岬は目を見開いた。その甘美な響きを復唱した。

「はぁ?パンケーキィ?」

 内側の声が届かない庵は、岬の “復唱” に顔を近づけ眉を顰める。岬は口元を覆い、しまった、と一歩退いた。

「いいんじゃないか、パンケーキ。俺もときには時好を知る必要があるからな」

「う……」

 助け船か否か。厘は意地の悪い笑みを浮かべ、こちらを見据えている。庵が漁船なら、厘は悠々と波を掻き分ける巨艦に違いない、と岬は頬を赤らめた。

『なんか僕、変なこと言ったかな?ごめん岬』

「う、ううん……全然」


からかいの延長か、申し訳なさそうな汐織の声に、厘はわざとらしく喉を鳴らして視線を寄越す。瞬間、羞恥心よりも僅かに、胸の鳴き声が勝ってしまった。

「よし分かった。まずは肉、その次にパンケーキ。コレでいいだろ」

「だから、何故お前が決める。そんなに肉が食べたいのなら一人で行けば良い」

「あぁ?! こんなところで俺様を一人にすんじゃねぇ!」


 ハンバーグとパンケーキ、おまけに期間限定のソフトクリーム。
 庵が(渋々)素直に『一緒に行かせろ』と放った後は、想定以上に都会畑を堪能し、腹八分目どころか十二分にも達しようとしていた。

「おい、ソッチの味も少し寄越せ。絶対に俺様の味噌ソフトの方が旨いけどな」

「絶対にやらん。岬はいいのか」

「うん……実はもうかなりお腹いっぱいで」

「そうか。女子おなごの胃が小さいというのは本当なんだな」

「アハハ……」

 食欲の秋と言えど、明日からはほどほどに抑えなければ……。随分ご機嫌になってしまった、と自分の脇腹をこっそりつまみながら、岬は苦笑した。

『大丈夫。岬はもう少しふっくらしてもいいくらいだよ』

「そんなこと……って、汐織は体型までわかっちゃうの?……恥ずかしい」

『うーん、体重位なら当てられるかも?』

 内側の彼に「やめて」と懇願する。


 街の片隅で漂う異変には、まだ誰一人として気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?

なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」 顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される 大きな傷跡は残るだろう キズモノのとなった私はもう要らないようだ そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった このキズの謎を知ったとき アルベルト王子は永遠に後悔する事となる 永遠の後悔と 永遠の愛が生まれた日の物語

神の居る島〜逃げた女子大生は見えないものを信じない〜

(旧32)光延ミトジ
キャラ文芸
月島一風(つきしまいちか)、ニ十歳、女子大生。 一か月ほど前から彼女のバイト先である喫茶店に、目を惹く男が足を運んでくるようになった。四十代半ばほどだと思われる彼は、大人の男性が読むファッション雑誌の“イケオジ”特集から抜け出してきたような風貌だ。そんな彼を意識しつつあった、ある日……。 「一風ちゃん、運命って信じる?」 彼はそう言って急激に距離をつめてきた。 男の名前は神々廻慈郎(ししばじろう)。彼は何故か、一風が捨てたはずの過去を知っていた。 「君は神の居る島で生まれ育ったんだろう?」 彼女の故郷、環音螺島(かんねらじま)、別名――神の居る島。 島民は、神を崇めている。怪異を恐れている。呪いを信じている。あやかしと共に在ると謳っている。島に住む人間は、目に見えない、フィクションのような世界に生きていた。 なんて不気味なのだろう。そんな島に生まれ、十五年も生きていたことが、一風はおぞましくて仕方がない。馬鹿げた祭事も、小学校で覚えさせられた祝詞も、環音螺島で身についた全てのものが、気持ち悪かった。 だから彼女は、過去を捨てて島を出た。そんな一風に、『探偵』を名乗った神々廻がある取引を持ち掛ける。 「閉鎖的な島に足を踏み入れるには、中の人間に招き入れてもらうのが一番なんだよ。僕をつれて行ってくれない? 渋くて格好いい、年上の婚約者として」 断ろうとした一風だが、続いた言葉に固まる。 「一緒に行ってくれるなら、君のお父さんの死の真相、教えてあげるよ」 ――二十歳の夏、月島一風は神の居る島に戻ることにした。 (第6回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった方、ありがとうございました!)

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...