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第3章 同族嫌悪も甚だしく
12話
しおりを挟む「ねぇ、今日ファミレス寄ってかない? 期間限定でお芋タルトやってるって」
「なにそれ良さげ~っ、私も行く!」
「あーごめん、いま金欠なんだわぁ。また誘って」
生徒玄関、東口。同級生の会話を横にローファーを取り出す。
お芋タルト、美味しそうだね。と、同調したらどうなるだろう。避けて散っていくに違いないと分かっていても、試してみたくなる。母から問われる『学校は楽しかった?』の常套句に、たまには堂々と答えてみたい。答える相手はもういないと分かっていても、思考は未だ同じ線路を辿っていた。
「ふぅ……」
例によって見過ごした背中たちは、キャッキャと楽しそうに足を運ぶ。岬は横目に息をついた。
———早く帰って、厘のご飯が食べたい。
思い伏せながらを昇降口を出る頃には、すでに汐織の忠告は薄れていた。
新鮮だ、と。寂しさを寄せていた秋の香りにも、馴染んでしまっていて———だから、気付くことが出来なかった。
『岬、避けて!』
「え?」
正方形が連なるタイルに、足を踏み込んだ直後。上から降ってくる赤茶色の物体に、気付くことが出来なかった。
あれは、植木鉢……?
物体を見極めた刹那、釘を刺されたように動かない足。自分の鈍い反射神経では避けられないことを悟り、岬は目を閉じた。心もとない両手で、頭を押さえることが精一杯の防御だった。
「岬———!!」
瞬間、感じたことがないほど細く鋭い風と、憶えのある体温が体を包み込む。焦燥を含んだ声も、やけに心地がいい。
頭上に落ちてくるはずの衝撃は、それから何秒経っても訪れなかった。過る予感に岬はゆっくり瞼を持ち上げ、息を切らした男の横顔を盗み見る。
「すまない。遅くなった」
見た目の割に、軽々と抱きかかえる腕っぷし。乾いた風にも綺麗に靡く無色白髪。いまでは唯一無二の “居場所” 。厘だった。
すまない、よりも別の何かを言いたげで、かつ不機嫌そうな瞳に、どうしてか胸が高鳴った。
「り、ん……」
「何はともあれ、間に合った事は良しとするが……それより、知らぬ間に憑かれてるな。岬」
彼はお姫様抱っこの要領で抱えたまま苦笑する。良し、でないことが別にあるのだろうか。物言いを気にしながら周りを見渡すと、人気のない校舎裏の茂みに入っていて、
「やっとお出ましか」
正面では、ある人物がほくそ笑んでいた。
「え……どうして、」
『あいつ……』
内側と声が重なる。そして、岬の脳裏にはある言葉が過った。
———『あの庵って男、気を付けた方がいいかもよ』
今朝聞いたばかりの忠告。目を爛々と光らせている人物は、その庵に違いなかったからだ。
「やり方が汚いんだ、お前は」
厘は丁寧に岬を足先から下ろしながら、正面を睨み見る。庇うように一歩前へ出た和装姿に、再び心臓が呻いた。
「ハッ、知るかそんなもん。早く出てこねぇのが悪い」
「誘き出されてると分かっていてのこのこ出てくるほど、俺はお人好しじゃない」
「でも実際、出て来ただろうが」
「……身を隠すより、優先すべきことがあったからな」
張り詰める空気。沈黙している間は、色付き始めた葉の擦れる音が妙に響く。仲睦まじいとはお世辞にも言えなかった。
「優先っつーのはソイツか。その小娘か」
小娘って……同じ制服を着ているはずなんだけどなぁ、と厘の背に隠れて苦笑した。
「ぬけぬけと。分かっていて狙ったんだろう、岬を」
「フハハッ、まぁな。ソイツから妙にいけ好かない匂いが漂うもんだから、試させてもらったんだよ」
匂い———。岬には思い当たる節があった。おそらく今朝嗅がれた匂いのこと。どうやら、体臭を指していたわけではなかったらしい。厘は「なるほどな」と頷いた後、岬を横目に捉えた。
「悪いな。どうやら俺の匂いがお前についてしまっていたらしい」
「……え?」
「今日の、嫌がらせ、という言葉に思い当たるもの。すべてはコイツの仕業だ。……俺を誘き寄せるためのな」
庵はにやり、口角を吊り上げながら距離を詰める。
「お前に危害を及ぼすつもりはなかったんだけどなぁ。どうやらそれも見抜かれていたらしい。……だから、最後は本気で狙わせてもらった」
「最後……?」
捉えられた視線に肩をびくつかせながら、背後に意識を置く。地面に散乱した鉢の破片。厘が来なければ、この柔い頭は鈍い音で叩きつけられていただろう。
『つまり、それまではフリだったってことか』
汐織の言葉で思い出す。突然倒れてきた掃除用具入れに、窓ガラスを突き破った白い矢も、その “仕業” に含まれていた事をようやく認識した。
「厘は、庵と知り合いなの?」
尋ねると、彼はピクリと眉を動かした。
「……同種だ。俺と同じ妖花だよ」
「えっ、妖花?」
白い矢がクラスメートに視えなかったのは、妖花の仕業によるものだったから、なのか。岬の思考は静かに巡った。
「ああ。それより岬、あいつの名———いや、まぁいいか」
その合間、厘はやれやれ、と言いたげな様子で指先をこちらの頬に滑らせる。避けられた髪の毛先が、心音を表すように風を泳いだ。
「よく心に留めておくことだ。妖花は俺だけじゃない。こういう、特に性質の悪いやつもいるってことをな」
「あぁ……? なんだとクソ野郎」
「野郎臭が匂うのはお前の方だろ、庵」
「ったりえめぇだろ。お前みたいなチャラチャラした草花とは格がちげぇんだよ」
ゴチッ、と目の前で響く頭突きの音。庵が突きつけ、厘は顔を歪める。その表情は、痛みとは別の感情によるものだと解った。
「あのっ……庵は何の花なのかなぁ……?」
どうか和やかに。願いながらも、こちらを見据える二つの眼光に思わず後ずさる。厘の方はまだしも、庵の視線にはまだ棘があるように感じた。
「ケッ。んなこと知ってどうすんだよ」
庵は腕を組みながら岬を見下ろす。言われてみれば、髪も瞳も、人とは一線を置いて美しい。彼を妖花であると受け入れることは、難しくなかった。
「まぁいい。ついてこい」
「え?」
「見せてやるっつってんだよ。本来の俺の姿を」
庵は大股で茂みを突っ切りながら、岬たちを先導する。元には戻れないんじゃ、と以前聴いた厘の言葉を辿り、首を捻る。
その間、厘は汐織と会話を交わしていた。
『あいつ、女の子に対しても容赦ない感じだな。絶対モテない』
「その解釈はあながち間違いではないぞ。ところでお前、いつから岬に憑いている」
『今日の朝から。汐織っていうんだ。それより俺のこと見えるんだね。珍しい』
「ああ。あいつ……庵には見えていないようだがな」
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