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ミスターバイオレンスの遺言【前編】

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「お兄様…ご迷惑でしたよね…?」
「え…?」
「ごめんなさい…お兄様が嫌がることわかってたのに……菫…どうしても会いたくて……」


小さくて細い真っ白な両手が俺の頬を包む。か細い声の少女に、なんだか泣きそうな気持ちが込み上げる。

俺……なんでもっと菫に会いに行ってやらなかったんだろう……


「嫌がってなんてないよ菫」
「え…」
「来てくれてよかった」
「…ほんとに?」
「もちろん…菫に会えて俺今すごく嬉しいよ」
「…!菫もです!要お兄様にずっと会いたくてたまらなかったんです!!」


再びギューっと抱きしめられればやはり愛しさが溢れ出す。ハグってすごい。ダイレクトに愛が伝わる。


「パパも…!パパもお兄様に会いたいっておっしゃってました…!!」
「え」


純粋無垢な笑顔を向けられて、思わず怖気付く。予想外の言葉に何と返事をすればいいのかわからずひたすら目を泳がせていると、それに気が付いた恭介が菫の頭を撫でた。どうやら助け舟を出してくれるらしい。


「ねぇ、菫ちゃん?」
「……はい」
「もしかしてちょっと眠い?ここに来るためにすごい早起きしたとか…?」
「……!そんな…なんでわかるんですか…?菫、眠そうな顔しちゃってましたか?」
「ううんそんなこともないんだけど」
「え…じゃあどうして…」
「んー?まぁ、何となく……強いて言うなら俺にも歳の離れた妹がいるからかな」


菫とは真逆のキャラの"妹"の顔が思い浮かんで苦笑い。伊吹が女だってこと結構忘れがちでいけない。まぁ、だからこそ女が苦手な俺も伊吹とだけはとても自然に友達やれてるわけだけど。

恭介は再び菫を抱き上げると、背中をトントン優しく叩きながらベッドに向かう。やはり小さい子の寝かしつけはお手のもののようだ。親代わりとして伊吹を育て上げた経験は伊達じゃない。


「改めましてだけど、俺は和倉 恭介ですよろしくね菫ちゃん」
「……はい、きょ…恭介さん…」
「うんうん、きゃわいいねぇ…菫ちゃんはあれだね、見た目はかなそっくりだけどちょっとおっとりさんなんだねぇ~そこもかわいい~」
「…おっとり…?そうですか?」


確かに恭介の言うとおり、菫は物心ついた頃からどちらかというとのんびり屋さんで性格も穏やかで落ち着いている。その激しさ故ミスターバイオレンスの名を欲しいままにしている俺とは正反対だ。ぜんっぜん欲しくねーけど。

……あれ?待てよコイツすげー遠回しに俺のことディスってねぇ?


「恭介」
「ん~??」
「お前実は俺に喧嘩売ってる?」
「うえぇ!?なんでそーなんの!?売るわけないでしょ!?俺まだ死にたくないもん!!生にしがみついていたいもん!!!」
「…ふっ…!話飛躍しすぎだろ」
「いやかながね!!?」
「それに俺も結構おっとりだろ」
「…!!?…あ……はは~ん…なるほど、ふむふむ…たぶんかなと俺じゃおっとりの定義が違うんだね!」
「………ツッコミ待ちだったんですけど」


恭介って俺に関してあまりにも全肯定すぎてたまに不安になるわ。その辺に落ちてる壺持ってきても俺からならなんの迷いもなく買いそう。洗脳されすぎ。

俺と恭介の会話を聞きながら、菫が小さく肩を震わせる。それと同時にかわいらしい笑い声。どうやらこの環境に慣れてきたらしい。若い子は順応が早くていいね。下手に年取ると受け入れられないことが増えちゃっていけない。人間、新鮮な気持ちを忘れたらおしまいだ。

…なんか俺ジジイみてぇ。


「菫ちゃんは今何歳?6歳…くらい?」
「…はい、6歳です」
「そっかぁ…俺の妹が6歳の頃はこんなにお利口さんじゃなかったよ?菫ちゃんはすごく大人だね」
「…!」


ポッと頬を染めた菫はそのまま俯く。
瞬間、俺は恭介を睨みあげ口の動きだけで殺害を予告する。許さん、許さんぞお兄ちゃんは。
おふくろの方針で菫は異性との接触をなるべく避けるように生きているから大人の男に優しくされ慣れてないんだ。現にお抱えの運転手も女性だしな。そういえば以前おふくろが…菫の学校はセレブの令嬢がこぞって通うボーディングスクールにするって言ってたっけ…うげ、俺なら死んでも拒否だな。今のところ本人もそれを望んでいるようだから口出しはしないけど。


「よし、じゃあ菫うちでちょっと寝ていきな」
「え…いいんですか?」
「うん、起きたら一緒に出掛けて最後は俺が家まで送ってやるから大丈夫」
「でも運転手さんが下に…」
「大丈夫、俺から連絡しとく」


会話をしながらさっきまで自分が寝ていたベッドを整えて、恭介に我が家の小さなプリンセスをベッドに落とすよう目配せする。母が命をかけて仕立てたであろうこの世に一着しかないワンピースが皺になるだろうが…それはまぁ、仕方ない。この家には菫が着られるようなサイズの服は無いのだから。


「なんも心配しなくていいから…寝な」
「………はい」
「ん、おやすみ…菫」


柔らかい前髪を少しだけ横に避けて、まんまるでピカピカのおでこにキスを落とすといよいよウトウトした表情の菫が目を閉じた。
…入眠はやっ。恭介の言う通り、きっといつもよりずいぶん早起きして俺に会いにきたんだろう。来たはいいけど、俺に連絡するのは気が引けたってとこか…もっと早く気付いてやればよかった。偶然外に出てくれた恭介に感謝。

呼吸音で菫がしっかり寝入ったことを確認して、音を立てないように恭介を足で押しながら部屋を出る。


さて、どうしたものかな。


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