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バイプレイヤーズロマンス【後日談編】

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「あははっ…!えー、楽しみにしてる~」
「冗談だと思ってます?」
「どうかな~?俺的には返してくれなくっていいもん」
「……覚悟しといてくださいよ」
「ふふっ、うんっ」


笑いながら美しい髪を耳にかける指の仕草に見惚れる。
楓さん、わかってます?僕、あなたのことに関してはほんとに執念深いんです。ほんとにちゃんと覚悟できてますか?いつか細くて長いその綺麗な手に、僕の想いを精一杯詰め込んだシルバーを嵌めさせてやりますからね。


「あ、じゃあ僕からもプレゼントが」
「え?」
「というか色々あって渡しそびれてただけなんですけど…お返しです」
「お返し?俺に?」
「はい、バレンタインのお返しです」


キョトンとする楓さんを尻目にカバンからラッピング済みの箱を取り出す。それを目の前の恋人に差し出すと、あからさまにポッと頬が色付く。読み取れるのは嬉しさと、予想外の出来事への焦り。

…うん。やっぱり楓さんのポーカーフェイス、僕の前では結構通じなくなってきてるんだと思う。めちゃくちゃわかりやすい。かわいい。
かく言う僕も、きっと楓さんの前じゃ相当わかりやすい男になってるんだろうな。恥ずかしいけどそれがとても嬉しい。


「えー!!いいの!?」
「はい!むしろ渡すの遅れちゃってすみません」
「そんなの全然いいよ!嬉しい~!!リビングで開けていい!?」
「はい」


ウキウキで前を歩く楓さんに連れられてリビングに入ると、ここもやはり綺麗に整頓されている。几帳面で綺麗好きなとこは結構あきちゃんに似てると思う。僕は実はそうでもないから、ガッカリさせないようにがんばんなきゃな。

僕をソファに座らせ、勢いよく上着を脱いだ楓さんはワクワクが抑えられない様子でラッピングを解き始める。


「ふはっ…!」
「へ!?なんで笑うの旭くん!」
「ふふっ…!すみません…楓さんが子供みたいにはしゃぐから」
「えー?そう?だって嬉しいもん」
「まだ中身見えてないのに、そんな嬉しいですか?」
「うん!!まさかお返しがもらえるなんて思ってなかったし!」
「そんな…僕は絶対何か返すつもりでしたよ?」
「……だって、あのチョコを渡した時はまさかこんな風になれるって思って無かったし……ホワイトデーとかそんなの考える余裕もなかったから……なんか色々、きっとあれが最後だって思ってて…」
「……最後にならなくてよかったです」
「うん……俺も」


ラッピングが綺麗に解かれて、中から出てきたモノを見て楓さんの瞳は一層輝く。


「……わ!!コーヒーカップ!!?」
「はい…一応、楓さんの好きそうなものを選んだつもりなんですけど」
「うんっっ!!!かわいいっ!!!」


一応…なんていうのは大嘘。本当はめちゃくちゃ時間をかけて、めちゃくちゃ悩んで決めた。

プレゼントを相手の詳しいものにするっていうのは結構勇気がいることだと思う。僕もあのお店で働き始めてからはコーヒーに詳しくはなったし、コーヒーカップの良し悪しについても普通の人よりは知っているつもりだけど…それでも楓さんは僕なんかよりずっとこの分野について造詣が深いし、下手したら僕の選んだものを持っている可能性すらあった。だから、ハンドメイドでコーヒーカップを作っているマイナーな作家さんの工房までわざわざ足を運んで、その上オーダーメイドで制作を依頼した。

だからこれは紛れもなく、世界にひとつのコーヒーカップ。

それも、ペア。


「自分の分も買うのはおこがましいかな…とも思ったんですけど…どうしても一緒に使いたくて」
「うんっ!一緒に使えるほうが嬉しい!!綺麗な色~!!」
「…ちゃんと好みですか?」
「もちろんっ!!旭くんさすが!!」


恍惚の表情でカップを見つめる恋人に、胸がジワリと熱くなる。

かわいい。

愛しい。

抱きしめたい。


この笑顔が、一生見たい。


「バレンタインのお返しって言うからてっきりお菓子かと思ったらコーヒーカップなんてびっくり!うれし~!」
「あ~……その、ホワイトデーなんで本当はクッキーとか作りたかったんですけど…ちょっと、僕にはハードルが高かったみたいで」
「あははっ…知ってる、旭くん実はお料理苦手でしょ?」
「えっ……気付いてたんですか…?」
「うん…なんとなくだけどね…?不思議だね旭くんすごい器用なのに」
「お恥ずかしいことに料理の才能ゼロなんです…なので、僕には楓さんの手が魔法みたいに見えてますよ」
「そう?どのへんが?」
「なんでも美味しくしちゃうところ」


楓さんの手にそっと自分の指を絡め、そのまま甲に口付けるとあからさまに動揺した表情が見れた。瞳がゆらゆら揺れている。

……あれ、この目は…想像していたのと少し違う。


「楓さん…?」
「…あ、えっと、あ!ケーキ!!」
「え?」
「ケーキ作っといたから食べよ!!コーヒーも淹れるし!!」
「…はい、嬉しい…です」
「ちょっと待っててね!」


パタパタとキッチンに走っていく後ろ姿を見送りながら、楓さんが一体何を思ったのか脳内で大会議が始まる。

……もしかして手にキス、嫌だったかな。
いや……おそらくそれは違う。だって嫌…とはちょっと違う顔に見えた。あれは、怯え?でも、何に?僕に?それとも……


良くない考えが一斉にブワッと頭の中を駆け巡り、思わずソファに沈む。口元に手を当てて天を仰ぎ見れば、真っ白な天井とご対面。つい先ほど、楓さんのポーカーフェイスの裏側を読み取れるようになったと喜んだばかりだったのに…とんだ自惚れだったようだ。僕の好きな人は、やっぱり本心を隠すのが上手いみたいだ。これって、年齢の差?人生経験の差?

ああ、やだな。
どれだけ大人ぶったって、結局僕はあなたよりずっと年下でまだまだ子供なんだ。隣に立つには全然未熟で、成熟した大人の男とは程遠い。

こんなの、あなたには絶対知られたくない。

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