幼馴染の御曹司と許嫁だった話

金曜日

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バイプレイヤーズロマンス【後編】

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「………旭くん、」
「はい…」
「……怪我のこと、なんで教えてくれなかったの?」
「………え、あ……」
「俺、今朝かなちゃんから電話来なかったら君が大怪我したこと知らないままだったんだよ?」
「………エッ!!!?要くん言っちゃったんですか!!?」
「うん……すごく心配してた……かなちゃんが伝えてくれて良かったよ……じゃなきゃ、俺今ここにいない」


目を見開いた旭くんは、数秒後悲しげな表情に切り替わる。なんだか、泣きそうだ。


「そっか……、あぁ……そうだったのか………」
「旭くん…?」
「おかしいと思ったんです、怪我したこと楓さんには伝えてなかったのに…会った瞬間腕のこと聞かれなかったから…」


繋がれていたはずの手がゆっくり解放され、俺は戸惑いのまま旭くんを見上げる。


「………こうなると思ったから、伝えたくなかったんです」
「え……?」
「あなたは根っから優しい人だから……僕が怪我したことを知ったら……来てくれるってわかってた……でも、そんな同情であなたに来てもらえたとしても意味がない」
「……」
「楓さんの意思で僕に会いに来てくれたんじゃない限り……僕たちの関係に未来なんてあるはずない」
「旭くんっ…!」
「それでもっ…!!馬鹿だってわかってるけど…あなたが今ここに来てくれたことがこんなにも嬉しい…!!」
「……っ」
「僕は、嬉しいんです……楓さん」


旭くんの声は、本当に不思議なんだ。
今だって情熱的なのにとても落ち着いているように聞こえる。そこには愛と哀しみが共存していて、いつにもまして俺の心を大きく揺さぶる。

その上、この目だ。
うるうるに濡れたグレーの瞳はあまりにも神秘的で、思わず息を呑む。

思えば、旭くんの前で俺は何度も泣いたけど…彼の涙を見たのはこれが初めてだ。


「違うよ、旭くんっ……」
「……?」
「俺はね…同情で来た訳じゃないの……」
「……でも、」
「確かに俺がここに来たきっかけはその怪我だけど……でもこの気持ちは同情じゃない……俺はちゃんと選んだよ?来るか、来ないか」
「…楓さん……」
「だから今日は……ちゃんと俺が、君に会いたくて来たんだよ?」


もう、気持ちを抑え込むのはやめよう。
いつだって誠実でいてくれた旭くんに、俺も精一杯の言葉で応えよう。

例えこれで、終わりだとしても……


ふぅ…と小さくため息を吐いてから、意を決して旭くんの瞳を見上げる。


「俺のために……アイツに会ったの?」
「………はい」
「そっか……ごめんね、旭くん……こんな大怪我までさせて……」
「楓さんが謝ることじゃないです…僕がどうしてもあの男に会わずにいられなかっただけで…」
「……なんで、そこまで……」


いくら俺のことが好きだからって…あんなイカれた男に1人で会いに行くなんてあまりにも無謀だ。全然…旭くんらしくない。
戸惑いの表情を浮かべる俺に、旭くんは優しく微笑んで呟く。


「好きな人が泣いてる原因をそのままにして置ける程……僕が大人じゃなかっただけです」


凛とした声で発された言葉は、俺の身体の中を電流みたいに駆け抜ける。


ああ、もう…

やめてよ旭くん…

また、泣きたくなっちゃう。


旭くんはいつだって俺が一番喜ぶ言葉をくれるんだ。当たり前みたいに。


「でも、会ったって…どうにもならないって……わかってたでしょ…?」
「……いえ、そんなことないですよ?」
「え…?」
「僕、理由もなく殴られる趣味ないです」
「………はい?」
「ちゃんと奪って来ました」
「……なにを?」
「爆弾」


旭くんは胸ポケットからなにやら極小のチップを取り出す。現在流通している中でもかなり小さく、かつ容量の大きい記録媒体だ。そのチップを持ったまま旭くんはニコリと微笑み、俺に見せながら勢いよくグチャリと指でプレスした。呆気に取られている間に無惨な姿に成り果てたソレは……再びポケットに戻される。


え………なに?

どういうこと……?


「個人PCとスマホの方もちゃんと調べた上でこれ以外にコピーがないことは確認済みで…あ、もちろんクラウドもチェック済みです!本人も、コピーはないって言ってましたし、だから…これでもう…」
「………な、に…?」
「爆弾は、もうこの世にないです」
「………は?」
「もう、あなたが怯えなきゃいけないものは何もないんです…楓さん」


驚きすぎて、俺は目をこれでもかと開いたまま固まる。


つまり、今彼が潰したアレには…俺がアイツにレイプされた映像が…入ってたって…こと?



嘘でしょ………?

そのために……?


「そのために…殴られてまで……?」
「……と、言うか…正確に言うと、殴られることも計画のうちでした」
「……はぁ!?」
「もちろん一番の目的はデータの破壊だったんですが、それだけじゃ安心できないかなって思って」
「…え?なに?どういうこと…?」
「話して解決出来る相手じゃないってわかってましたし、この件でもう二度とあなたが憂うことがないようにあの人を別件で逮捕させたくて…わざとやり返しませんでした」
「ハァ!!?」
「だって、どんな理由があったとしても未成年を一方的に殴ったら…暴行傷害で捕まえられるでしょ?うまくいって…良かったです!これで"あの件"は警察にバレずにアイツを逮捕してもらえました!今回の件で執行猶予がつくか実刑になるかはまだわかりませんけど、少なくとも僕は示談に応じる気はないんで前科はつけられそうです!それにあの男…余罪もたくさんあると思いません?ついでにそういうのも全部明るみになってくれれば僕的には万々歳です!」


ニコッ…といつもより大袈裟に微笑んだ旭くんのオーラは、見たこともないような暗黒色。俺ですら、背筋が凍るほどに。

いつも太陽みたいに眩しかった優しい優しい男の子が……まさか俺なんかのためにここまでやるなんて……誰が想像できる?

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