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例えば及ばぬ恋として【旅行編】
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しおりを挟む爽に連れられて出た中庭は、想像以上に美しかった。
かなり丁寧に手入れが行き届いていて、日本庭園として完成度が相当高いのに、どこか異国の雰囲気が漂っている。道が砂利じゃ無く、北欧カラーなタイルなところとか…和の中に外国の香りがして…この町の良さがこの中庭にギュッと詰まっているような気がした。
中庭の端には小さなアイス屋さんが建っていて、見た目は京都の茶屋…みたいな感じ。店先の大きな和傘がかわいい。
爽は俺を竹のベンチに座らせるとすぐにアイスを買いに行ってしまった。やっぱりこういう時、俺に行かせるという選択肢は彼にはないらしい。スマートすぎだってば。
爽を待つ間ふと空を見上げると、さっきまで綺麗な青だったのに、もう赤みが差していた。おかしいな……なんだか時間の流れるスピードがいつもよりもずっと早い気がする。不思議だ。
沈み始めた太陽を眺めながら、その眩しさに目を細める。眩しいけど、この上なく美しい。
空気が綺麗だと、色も綺麗に見えたりするものなのかな。
中庭に心地よい風が抜けて、俺の身体を優しく撫でる。浴衣の上に1枚羽織を着てはいるけど…この格好で外に出るにはギリッギリの気温だ。おそらく後1週間もしたら、素足じゃ外に出られなくなりそう。
「あき」
「わ!おかえり!」
「ハイ、どうぞ」
「わぁ~!!!ありがとぉー!!……って…あれ?俺だけダブル?」
「ふふっ…うん…!お店の人が、"彼女が美人だからサービス"…だってさ?」
「へ?」
俺の分だけカップの中に2つ重なったミルクアイスに驚いて、チラリと庭の端にあるアイス屋さんの方を見ると中にいたおじさんに微笑み返された。
「………あー…えっと………これ、素直に喜ぶべき?」
「喜べ喜べ!」
「……また女の子に間違えられてんのに?」
「けど俺…ちゃんとお前が男だって訂正したぞ?」
「へ!?」
「驚いてたけど、男でも美人には変わりないからって…ダブルにしてくれた」
「………それは……!……喜ぼうかな…?」
「あははっ!だろ!?」
爽は笑いながら俺の隣に腰掛ける。
2人でほぼ同時にアイスを口に含み、その衝撃に思わず顔を見合わせた。
「「……うっま!!!!」」
バッと勢いよく腕を挙げた爽は、アイス屋さんに向かってブンブン手を振る。それに気付いたおじさんは親指を立ててニヤッと笑った。
なんだこの粋なやりとりは。
「いやービビった…マジでうまいなこのアイス…!」
「うんっ!!!間違いなく人生で一番!!!」
「俺も!」
あまりにも美味しすぎて、手が全然止まらない。
ミルクの味がめちゃくちゃ濃厚なのに、後味は驚くほどサッパリしている。こんなアイスがこの世にあるなんて…!!!
「………死ぬ前に食べたい味だぁ…!」
「あははっ!!ここ選んでよかったわ」
「爽、ほんっとにありがとう!!!最高!!!」
「どういたしまして!」
アイスはあっという間に消えてしまい、思わず…あーあなくなっちゃったなぁ…と心の中で呟いてしまった。そのくらい、美味しかった。
アイスを食べ終えても、お互いそのまま口を開かず無言のまま静寂を楽しむ。こんなゆったりした気分は久しぶりだ。景色は綺麗だし、空気も澄んでいる。目を閉じると、聞いたことのない鳥の声が耳に届く。
都会に住んでいては、決して味わえない時間だ。
爽と一緒だと、会話のない瞬間も楽しめてしまうなぁ…
幸せ…
そう思った瞬間、爽が俺の手を取り、いつものように握りしめた。
「あき………」
「ん?」
「聞かないんだな……」
「え…?」
「ほら、さっきの話……俺がいつもと違うってあき言ってたろ?なのに、理由聞かないから…」
「ああ…!うん………聞かない、かな…」
「……なんで?」
「だって……爽が話したい時に、聞かせて欲しいから」
こういうことって、無理矢理聞くの嫌いなんだ俺。触れてほしくない部分って人によるけど、それを相手に曝け出す瞬間は…自分で決めなきゃ意味がない。
じゃなきゃ、ほんとの解決にはならないもん。
「…やっぱりあきは…………、いい奴だなぁ……」
「あはっ…!なぁに、爽?要みたい…!」
俺はクスクス笑いながら横目で爽を見る。
爽と要ってたまーに同じようなこと言うんだよね。血縁だからっていうのもあるけど、爽と要は基本的な考え方が近い気がする。
俺に異様に過保護なとこもね?
「………今が、聞いて欲しいタイミングって言ったら……」
「え…?」
「聞いて……くれるか?俺の話」
いつになく真剣な声色に驚いて爽の顔を覗き込むと、今まで見た中でトップクラスのかたーい表情の爽と目が合った。
この目は……
うちに、挨拶に来た日と……同じ目だ。
「………そっか……、うん……!話してもらえるの嬉しい………!俺、ちゃんと聞くよ」
俺は、握られていた手を強く握り返し、小さく深呼吸をする。
どうやら爽がこれから話すことは、爽にとってとても意味のあることのようだ。心して聞かなきゃ。
ふぅ、と小さく息を吐いた爽は、目を伏せてゆっくり話し始めた。
「あきは………13年前……俺がどうしてあきを好きになったと思う?」
「え……?」
爽の質問に、すぐには返事が出来なかった。
だって、予想外。こんなこと聞かれるなんて、思ってもみなかった。
「俺があきを好きになったのには、ちゃんと理由があるんだ」
「理由……?」
「…うん……その話、あきにはしてなかったから……させてほしい」
爽の言葉を改めて自分の中で反芻して、そして…自問自答する。
爽はどうして……俺を好きになったんだろう。
思えば……初恋だとか片想いだったとかは聞かされていたけど、好きになった瞬間の話は聞いたことがない。
13年も片想いし続けるなんて、考えてみればめちゃくちゃすごいことだ。年数だけ見れば、ちょっと異様なくらい…。だけど俺には、そんなに想ってもらえるほどのなにかを爽にした記憶はない。
爽が俺を好きになったのは……中学生のときだったはず。多感な時期に、9つ下の男の子に、"俺があきを幸せにするから"と宣言したんだ。
絶対何か大きなキッカケがあったはず。
「なんていうか、俺にとって樋口の家に生まれたことは………"呪い"みたいなもんでさ……あきは、その呪いを唯一解いてくれた相手だったんだ」
「え……呪い?」
「うん………」
"呪い"なんて物騒な言葉を吐くには、到底不釣り合いな男の顔を見つめる。
その美しい横顔から放たれた予想外のセリフは、なんだか妙に俺の頭に響いた。
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