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例えば及ばぬ恋として【旅行編】
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しおりを挟む「あき、お待たせ」
「……!爽!」
話を終えた爽は運転席に乗り込むとすぐに車を発進させる。
一瞬バックミラー越しに見えたお兄さんは、深々と頭を下げ続けていた。
「………あの、爽……」
「あき…」
「は、い…!」
横目で見た運転中の爽は、眉間に皺を寄せて微妙そうな顔をしている。怒っているわけでは無さそうで…ちょっと安心した。
「お前はほんっとに………ちょっと目離したらすぐいらんもんを引き寄せるんだから…」
「ご、ごめん…!でも、不可抗力だったし…!」
「まぁ……そうだよなぁ…まさかレンタカー屋にまでナンパされるなんて俺も想定外……かといって知らない土地を1人で歩かせんのもなぁ………はぁ~……お前マジで普段どうやってナンパ回避してんの?」
「えっと……別にそんな多いわけじゃ…」
「………ほんとは?」
「………は………走って逃げてる………」
「ブハッ!!くっそアナログ!!!」
爽はケラケラと笑い始める。
正直、男の人にナンパされるのは俺にとって日常茶飯事だ。高校までは旭が隣にいることが多かったから目に見えて被害はなかったけど、大学に入学してからは知らない場所に1人で出歩くことも増えて…同時にナンパされる機会もめちゃくちゃ増えた。俺を男と認識してまでナンパしてくる人はさすがに少ないけど、女の子だと間違われて声をかけられるのはそれこそ1日1回は必ずある。
たぶん、俺って大人しそうに見えるから声をかけやすいんだと思う。
まぁ、爽にはナンパされても絶対言わないようにしてるんだけどね?不安にさせるだけって…わかってるし。
「あーそっか……わかった……お前が海で俺から逃げんの異様に早かったのは…それが理由かぁ……」
「……うっ…!それは早く忘れてよぉ……」
「あははっ!図星だろ?あき運動音痴なのにおかしいと思ってたんだよ!あの持久力は日々の鍛錬の賜物だったか…!」
「もー!!好きで走り回ってるわけじゃないからね!?」
「わかったわかった!……でも、無事でよかったよ…」
「………うん」
それにしてもあのお兄さん……めちゃくちゃ顔色悪かったけど、爽は一体なんて言ったんだろう。
普通に考えたら、自分の恋人がナンパされてるのを見たら誰だって嫌な気持ちになる。それに、爽って俺と同じくらい嫉妬深いから……本当は心中穏やかじゃないはず。今は平然としてるけど。
「……爽、さっきのお兄さんに何て言ったの?」
「…ん?気になる?」
「………うん、あの人凄い真っ青だったし…」
「別に普通のことしか言ってねーよ?」
「………具体的には?」
「あー…えっと、"客ナンパするとかいい度胸だな"って言って……で、"本気でアイツのこと口説きたいなら俺を敵に回すことになるけどいいか?"って聞いた……な?普通だろ?」
「………」
笑顔で話してるけど、目が全然笑ってない。
これは……あの人が青くなった意味がわかる。爽のこの目……めちゃくちゃ怖いもん。
そもそも、たまたまナンパした相手の恋人が後から出てきて……それがこんなイケメンだったら……
同じ男として、想像しただけで………恐ろしい。
ビジュアルで完全に負けたと悟るし…その上…非の打ち所がない完璧な王子様オーラに絶望しそう。
……ちょっと、同情しちゃう。
俺ももっと早く、恋人がいるから無理ですって言えばよかった。ごめんね、お兄さん……
「……なんか、悪いことしちゃったかも……」
「え?」
「あの人、悪い人には見えなかったから…つい、なんて断ればいいか色々考えちゃって……でも……考えてみたらこれって、爽にもあの人にも失礼だよね?」
爽からしたら、自分が来る前に早く断れよって話だし…
それに…要にも前言われたことがあるの。そういう意味で声をかけられた時は、ハッキリ断ってあげるのが相手への優しさだぞって。
なのに俺、全然実践できてなかった。
「……爽、ごめんね?」
「………まぁ………ナンパは美人の宿命だからな……ナンパ野郎はムカつくけど、あきがかわいいってことの証明でもあるから……恋人としては嬉しくもあるよ」
「…………ほんとは?」
「大嘘、ぶっ殺したい」
「…ぶはっ!!ねぇ爽極端すぎっ!!!」
でも、まぁ……
だよねぇ?それでこそ俺の知ってる樋口 爽だ。
やっぱ爽は、俺のことに関してだけものすごく心が狭いらしい。嬉しいけど、やっぱり色々申し訳ない。
「っていうか…ほんとは俺なんかより爽の方がモテるよね?会社とか取引先でもよく声かけられたりするんでしょ…?ちゃんと…断ってくれてる?」
「当たり前だろ!俺はどんな時も秒速で断ってるっつの!」
「そっか……じゃあ参考までに……なんて?」
「え……えー…?そうだな……だいたいは、"世界一美人で可憐な恋人が家で待ってるからごめんね"って……言うかな」
「…………は、……えっ!?」
「ふっ……!言っとくけどマジだからな?」
「………」
「…あき?」
「………うー…………頼むから嘘であってくれぇ~……」
「あははははっ!」
俺は爽の言葉に俯いて、両手で顔を隠す。タイミング良く赤信号になったのをいいことに、爽は真っ赤になっている俺を見て大爆笑を始める。
クッソォ…………
この男、俺以外の前でもしっかり王子様やってんの…?
こんなん俺、爽の周りの人からめちゃくちゃハードル上がりまくってんじゃん!!!絶対爽の知り合いに会いたくないっ…!!!
俺はドリンクホルダーから爽が買ってきてくれた飲み物を手に取り、ストローを咥える。爽が選んでくれたのは予想通りアイスティーだったみたいで、熱くなった頬を冷ますのにちょうどいい。
「…飲み物、アイスで良かったか?外ちょっと寒いから迷ったんだけど…」
「うんっ!……今はあっついから…すごくありがたい、です」
「ふふっ…お前ってほんと正直でかわいい」
爽は運転しながら片手で俺の頭をポンポンと撫でた。
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