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シルクハニーの死にたい理由【後編】

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暁人の店から出た時の記憶はあまり定かではない。トラウマを刺激されたショックと、流れ続ける涙で…脳内は、パンク寸前。

覚えているのは……俺を不安そうに見上げた暁人の顔だけ。






気付いた時には車の中にいて、運転中の恭介が、心配そうに横目で俺を見ていた。

ぼんやりとした意識の中で、何故か俺は、暁人に初めて会った日のことを思い出していた。


あの日……


暁人は、"好きでこの顔に生まれた訳じゃないのに"って苦しそうに呟いて……あー、容姿のことで嫌な思いしてるのは自分だけじゃないんだなぁって…心のどこかで安心したんだよな。この子も俺と同じなんだって。

俺が暁人と仲良くなりたいって思ったのは、あれがキッカケだったのかも。


俺は結局……

暁人にも、恭介にも……共感を求めていたのかもしれないな。 









車から降りると、恭介に腕を引かれ俺の自宅マンションに入る。そのまま無言でエレベーターに乗り、やっとの思いで部屋に着いて、リビングに入ると……




俺は膝から崩れ落ちた。


支えてくれていた恭介は驚いて、俺の顔を覗き込む。


「うわっ!!?かな!!?大丈夫!?」
「…………ん、」
「ほんとに!?怪我してない!?」
「…………うん、平気…………なんか、安心したら……腰抜けた…」
「そっか……怪我してないなら…よかった…」


恭介はニコリと優しく笑うと、俺の目に溜まった涙をそっと指で拭った。
この笑顔がずっと見たかったはずなのに……俺は恥ずかしさと気まずさで、すぐに俯いてじっと床を見つめ続ける。



この人にもう一度別れを告げなくちゃならないなんて……一体どんな拷問だ……?


こんなの、辛すぎる……




「にしても………散らかしたねぇ…かな……」
「………」


荒れに荒れた部屋を見渡して、恭介は苦笑いした。

それもそのはず、俺の家は未だかつてないほどごっちゃごちゃに荷物が散乱している状態。デザイン画とか、布とか、糸とか、ボタンとか……主に服作りに関するものが全て片付けられないまま床に転がっている。

ここ数日は、片付けられるような精神状態じゃなかったから………仕方ない。


「…………ねぇ、やっぱり俺……自惚れていい…?」
「……え?」
「かなの部屋の中はね……心と同調してるの……気付いてた?」
「………」
「かなが部屋を片付けられなくなるのは、いつも気持ちがいっぱいいっぱいの時でしょ……?忙しい時とか、嫌なことがあった時とか…つまり、精神的なダメージがキャパを超えたときね?」
「……っ、」
「そんな時に、決まって部屋が荒れるんだよね……かなは」



完全に見抜かれている。


その通りだ。


なんでわかるんだよ………お前と俺の付き合いなんてまだ全然浅いのに………なんで…?
俺たちは出会ってからまだ1ヶ月も経ってないはずだろ……?

コイツ……普段はおどけてヘラヘラしてる癖に……妙に察しがいいし、洞察力も相当のものだ。
もしかして………本当は、ものすごく頭がいいのか……?


核心を突かれて言葉に詰まっていると、恭介は俺の身体を支えて、立ちあがらせた。そのままゆっくり手を引いて俺をソファに座らせると、自分も隣に腰掛ける。

それでも尚俯く俺に、恭介は意を決したように手を差し出し、ギュッと強く俺の両手を握った。


ドキッと瞬間的に心臓が飛び上がる。



「かな…………今回の原因は………俺でしょ…?」
「………え」
「俺とあんなことがあったから……部屋、荒れちゃったんだよね?」
「………」
「そうでしょ?」


声のトーンから自信を感じる。

確信しているならわざわざ聞くなよ……と思いながら観念して小さく頷くと、恭介はさっきよりも強く、俺の手を握り込んだ。


「かな………」
「………」
「今、この部屋と同じだけかなの心が荒れ狂ってるなら………救えるのは、俺だけだよ」
「………きょ、」
「かな、こっち見て」
「……なんっ…」
「ちゃんと見て、俺のこと」


普段じゃ考えられないような真面目な声色に、もうはぐらかすのは無駄だと悟って…俺はゆっくり恭介の顔を見た。



数日会ってなかっただけなのに、ひどく懐かしく感じるのは…何故なんだろう。

この優しい瞳に会いたくて、仕方なかった………





我ながら強欲で呆れる。





「かな」
「……な、に……」
「………俺と、付き合おう」
「…だから、無理だって言っ」
「でもその前に…ちゃんと話して」
「……は?」
「かながどうして女の人がダメなのか……話して」
「………お前っ…何言って…!」
「トラウマのせいなんでしょ…?」
「……っ」
「俺のためじゃなく、自分のために話して」


恭介の言葉の意味がわからず、怒りよりも困惑が胸に広がる。

恭介は、普段から俺の嫌がることをわざわざ話題になんてしないし…深く追求したりなんて絶対しない奴だった。だから今まで俺の女性恐怖症に触れないでいてくれたんだし。


なのに………なんでこんな強引に……


「どうせ振るつもりなのに、なんで俺に話したくないの……?矛盾してない…?」
「……それは……」
「俺とこれっきりにするつもりなら……言えるはずでしょ…?」
「………」
「かな……話して…?」
「………っ」
「全部話し終わった時、それでも俺と付き合えないってかなが言うなら……俺は出て行く……でもね、最初に言っておくけど…かなにどんな過去があって…それがどんな出来事でも……俺はかなのこと一生好きだよ」
「………恭介…」
「忘れないで」




嘘偽りのない真っ直ぐな眼差しに………


もう、逃げるのは無理だと思った。







こんな話………



好きな人にする日が来るなんて……



想像もしてなかったな………



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