バー木蓮 比呂乃ママと一杯いかが?

くうちゃん

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第2部 カフェ木蓮

第2部第2話 覚醒 あ・ら・か・る・と

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   秋になり動きやすくなった。
 比呂乃も、身軽になった気がして、少し遠回りしながら、弁天様をお参りしたのだが、お参りの途中から、雀の群れがやってきて思い思いに木の枝に留まりだした。
 豊かな気持ちになって通りに出た。歩き出すと、金木犀の香が漂う。この香りは「錦秋」という言葉を比呂乃に思い出させる。
 夏の盛りも幸せだけれど、年を重ねるにつれ、秋が馴染む感じはどうだろう。
 比呂乃は思う。
 落ち着かずバタバタと生きてきただけのような人生にも、それなりの実があり、ゆったりとそれを眺めるような人生の秋がきたとでも言うのか。
 縦にぐんぐん伸びる成長もあれば、縦に伸びることが難しくて、横に広がる発達もある。障害児教育者の図書に乗っていた言葉だ。私も上手く伸びられなかったように思うけれど、それでも年輪を重ねたということかしら。
 
 先日、貴和子がやってきた時、気づかないうちに比呂乃は魔法にかけられたようだ。体が軽くなったのもそのせいかもしれない。
 いつも行かない場所で、ガゼルとマイマイカタツムリが同居するビジョンに出逢ったのだった。
「これって、こないだの子ども摩天楼のこと?」
 とても不思議な一致だった。
 さらにその後、休みの日に友人と神宮に出掛け、さらに大きな御印を頂いたし…。
 
 さてさて。
 今日もおひとかた、「木蓮」カフェタイムに予約のお客様がいらしたようだ。
 
「秀さん、いらっしゃいませ。」
「うん。比呂ちゃん。
早速だけどこれ貰ってくれない?」
「あら、ありがとう、秀さん。何かしら?」
「気にしないでね。僕が勝手に持ってきただけだから。」
 秀さんがくれたのはハガキ大の紙に書かれたムラサキシキブの絵だった。
 この植物は秋になると紫の実をつけて私たちを愉しませてくれる。
「なんか比呂ちゃんのイメージなんだ。」
秀さんが言うから、比呂乃は驚いた。
「えー。こんな感じ?」
「うん、品があるところが。」
「うぐっ!」比呂乃は思わず、鼻が鳴るところだった。
「とんでもない!私は男子たちとこの実を食べまくってたくらいですよ。」
 しかし、秀さんの眼からはそう見えるらしい。反論する必要はない。褒め言葉は有難く頂戴しよう。
 秀さんは、ご近所のマンションに奥様と二人でお住いの紳士である。子どもさんは、とうの昔に独立され、ご自身は数年前にリタイアメントされた。奥様とは睦まじいけれど、二人だけの世界では広がりがないから、それぞれが趣味の世界で愉しもうと、秀さんは絵を、奥様は朗読を愉しんでいらっしゃるようだ。
「いやね。これまでに比べ、スケールが小さくなるけれど、言葉を添えて絵手紙にして送ろうかと思ってね。」
「素敵ですね。」比呂乃は言った。
「なんか名前がないかね。」
秀さんが聞いてくる。
「名前?」
「そう。改めて篆刻みたいなの作りたいから。」
「あっ、それ素敵だわ。」
 比呂乃は、秀さんの来店趣旨が掴めた。
 
 だから、秀さんには、比呂乃のオリジナルのブレンドコーヒーを飲んで待っていただくことにした。自分はその間に、タロットを広げる準備をした。
「美味しいね。」
 秀さんは酒もタバコもしないから、コーヒーが唯一の贅沢品だという。比呂乃の淹れたコーヒーも気に入ってくれている。
 苦めのニレブレンドを少しアレンジしたオリジナルブレンドは、本格派の中にも、優しさが感じられると比呂乃は自負してる。
 
 タロットを広げ、最初の一枚を開くなり比呂乃は固まった。
 オラクルカードで使った密教カードが大黒天を示していた。それは、比呂乃が先日神宮で経験したメッセージを表しているとしか思えなかった。
あの日、神宮で出会ったのは、大国主の神話に出てくる生き物たちばかりであった。
 お参りの途中から、何か浮き立つような気配を感じて、帰宅後調べると意味が分かったのだった。
 
 そして、今このカードを見て、比呂乃はその内、蜂とムカデの姿が浮かんだ。
 ムカデは呉公と書くらしいのだが、どちらも勝負事やら何やら縁起のいいものと思われた。
「蜂とか呉公とかいかがですか?」
 秀さんに伝えたら、
「それは縁起がいい。それにしよう。」
と、即座に決まった。
 
 外でパラパラと音がして、立ち上がって窓の外を眺めると、雨が優しく壁を叩いているのだった。
 
 比呂乃は、詳しくあの日のいきさつを打ち明けた。
「そう。蛇にも出会ったのかね。」
「そうなんです。
そう言えば、蛇って虫編なんですよね。」
「うん。それは僕も思ったことがあるよ。
昔はなんでも虫にしたんだ。」
「そうみたいですね。
それからね。面白いことに虹もそう。」
「あー、それもそうだったかね。」
 秀さんは鷹揚な感じの中に何か直感が走ったような調子になった。
「ええ、虹も虫編なんですよ。
いっそ、「虹蜂」とか、いかがです?」
 比呂乃は調子にのってしまったかと、一瞬後悔したが、
「んー、それもいいねえ。」
 秀さんは真剣に受けとめ、「虹蜂」と「蜂呉公」を候補に、もう少し考える楽しみをとっておくよと言ってくれた。
 
 雨は、まだ降っているだろうか。
ドアを開いて外を見た。金木犀の香が薄く漂った。
 
 秀さんが教えてくれた。
「金木犀の花言葉は、謙虚。」
「謙虚、ですか。」
 比呂乃は思った。先日からの、この偉大な力のはたらきの前では、そのままそれを受け取り、私なりにそれを表すしかないけれど、そのことをいうのかもしれない。
 
「それからね。」
「なに?秀さん。」
「ムラサキシキブの花言葉は、「上品」。」
ニッコリ笑う秀さんのいたずらっ子のような言葉に、比呂乃は苦笑で微笑みながら、天を仰ぐ素振りで答えた。
 
 明るい光を感じ、窓の外を眺めると、雨もやんだようだ。
 比呂乃は秀さんに期待を込めた目配せをした。秀さんにも伝わったと思う。
 
 そう、私たちは虹を見るに違いない。
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