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ラスト・コンテクスト Part1

大文字の夜に(30)

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「ですから、私の拳はジークンドーです」

ノワールが構え、右拳を前に突きだしてみせる。
カップが点したデル・ゾーネの魔術光の下では、ツヅキ、龍之介、オクルス、カップ、フランシス、そしてノワールが座っていた。

夜会の中盤からは、ノワールとフランシスの二人が主に喋り続けている。
ツヅキを除く残り三人は、熱心にその話に聞き入っていた。
オクルスとカップなど、メモまで取っている。

「だからぁ、そのジークンドーってのを普通は知らねえっての!」

大きな声でフランシスがノワールに言う。

「いいでしょう。ジークンドーというのはですね、武術ではありますが、哲学・思想・生き方でもあります。截拳道(拳を截つ道)と書いてジークンドーです。ほら、構えてください」

「なんで俺がまた構えないといけないんだよ」

「良い身体をされていますから」

フランシスはまんざらでもなさそうに構える。

「いいですか。普通はこのように左の拳が前ですよね。オーソドックスです。流石U.J.Iの体術、基本の構えです」

「バカにしてんのか」

「ですが、ジークンドーは右前です。正確には利き手を前にします。強い方の手が前です。左手で守ってから攻撃するのではなく、右手で先に攻撃するコトで防御するのです」

「ソレは先手必勝というコトですか?」

龍之介が問いかける。

「そのような意味合いもないワケではありません。ですが、根本は専守防衛の考え方です。相手から攻撃を受けない限り、ジークンドーの使い手から先に攻撃を仕掛けるコトはありません。平和主義です」

「でも、ソレで先手必勝ができるのですか?」

「ですので右前なのです。オーソドックスで右後ろの拳より、ジークンドーの右前の拳の方が先に相手に到達します。相手の初期動作を見切った後でも、です。なおかつ、ジークンドーは横拳ではなく縦拳で――」

フランシスを付き合わせながら、ノワールの口が止まらない。
ツヅキは彼女らを見ながら、ウィーのトコロでいただいてきたジャーキー的なモノをがじがじする。

「ココ、空いてますか?」

ツヅキが顔を上げると、横にララが立っていた。

「あー。ヴェルメロスの……“ララ”のララさんか」

「はい、ララのララさんです」

「余裕で空いてるよ、どうぞ」

「失礼します」

ララが座る。

「なかなか、含蓄に富むお話をされているみたいですね」

「ああ、今4回目だ」

「え。そうなんですか?」

「うん。意外とあの大人の二人は酔ってるよ」

「見えないですね」

「あの子らも、勉強になるのか何度も聞いてる」

三人に対し、ノワールは尚も続けていた。

「元々この技術は、異世界からの人物が伝えたものらしいです。ブルースという人物らしいですが――」

「おいおい歴史の話はもう聞いたぜ!」

「いや、ソレ以外も何度も聞いてる」

ツヅキがフランシスの突っ込みに、ポツリと突っ込む。
横のララが笑った。

「ふ、フランシスさんのその強み?を、もう一度お聞きしてもいいですか? は、発達学的な興味があって……」

「オレも構造学的にもう一度聞きたいから、たのんます」

カップとオクルスがフランシスにラブコールを投げる。

「しゃあねえなあ。俺の技は端的に“投擲”さ。銃よりも威力の強い弾丸、ソレもそこら中から無限に調達できる弾丸を、この肩一つで放てる。
そもそも、俺の頭ん中はブリキだが、身体は人だ。お前らも人なら、自分の強みをわかっておいた方がいいぜ。進化の過程で頭でっかち以外は失ったと思われてるが、人の投擲能力ってのは他の動物に追随を許さねえ、進化の賜物なんだからな」

フランシスはソコまで話すと、石を探し始めた。
また実践してみせるつもりらしい。

「人としての歴史もありつつ、茶の精ってのも面白いな」

「確かに……そうですね」

ツヅキの呟きに、ララが口元を手で押さえながら考えてみる。

「あー、そんなに深く考えてもらうつもりはなかったが……そういやララさん、あんたは記憶喪失なんだって?」

「あ、はい。そうなんです。ララっていう名前のままなのも、そのせいで」

「コレまでの旅で、何か思いだせそうか?」

「いえ……」

「そうか。ソレは難儀かもな」

「でも、そうは思っていないんです。今、楽しいので」

「……俺も同感だが、あんたには帰るべき場所、待ってる人がいるかもだぜ?」

「そうかもしれません。でも、もし本当にそんな人がいるなら何か、心に引っかかるモノがあるべきだと思いませんか? 何もないんです」

「……そうか。ソレはそうと、この前は撃っちゃって悪かったな。何ともないのか?」

「ああ! その件ならこの通り、大丈夫です」

「いや、見せなくていい」

ララが服を引っ張り、胸の上部の撃たれた部分を見せる。
ツヅキは目を逸らしたが、一瞬だけ見えた。
綺麗な肌だけがソコにあった。

「不思議な人だな。この中じゃあダントツだろう。ホントは茶の精じゃあないのか?」

「でも、“銃”が使えますしね」

「確かにそうだな」

いつの間にか、フランシスが投げた石をノワールが蹴りで打ち落としていた。
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