上 下
134 / 271
南山城国(10)

忌村(14)

しおりを挟む
“食事”が終わると、肉塊は一体となって立ち上がった。
何本かの手足で、地面から少し浮いたのを“立ち上がる”と表現するならばの話だが。

「皆さん、上からもです!」

龍之介が叫ぶ。
先程、彼に襲いかかった触手と同じものが、今度は何本も屋根の上から姿を現し始めた。

一方、肉塊はドタドタと、しかし結構なスピードで皆に走ってきた。
遠藤がショットガンを打ち込むと、水たまりに無数の泥くれが叩きつけるような音がして、後方にゴロゴロと転がっていったが、またもすぐさま起き上がり向かってくる。

童仙は周囲の屋根上から降りてくる触手を素早く斬り落としたが、そのどれもが肉塊の方へと蛇のように這っていって融合した。
そして、屋根上からは更に次から次へと触手が現われる。

カオルはこんな状況ながら童仙の剣技を見て何となく、南山城国君主である月野ヶ瀬夢絃が茶葉の収穫時に僅かだけ見せてくれた、残像すら残さぬ剣技を思いだした。
尤も、童仙のソレには素人目にもまだ残像が残っていたが。

「キリがないね、童仙殿」

「ええ。カオル殿、ココは逃げましょう」

「そうですね。全面賛成」

「龍之介殿! 通りは走り抜けられますか?」

龍之介が通りを確認する。
幸い、通りには敵の姿は見えなかった。

「大丈夫です! 行けます!」

「では皆さん、通りを抜けましょう!」

童仙らが龍之介の方へ向かって走りだす。
殿は遠藤だ。

後方で、何かが家の壁に勢いよくぶつかる音が聞こえた。
例の肉塊が外にでて、勢い余って隣の家の壁に体当たりしたのだろう。

先頭の童仙は、前と横からにじみ寄ってくる触手を斬り落としながら進んだ。
真ん中をカオルが守られながら走る。
遠藤は音だけで、後ろを見ず肩越しに、背後から追跡してくる触手を撃ち払っていた。

龍之介まであと少し。彼は太刀を担いで、構えて待っている。

「そのまま走ってください」

横をすり抜けた三人に、ポツリと龍之介が述べた。
カオルが一瞬見た龍之介の瞳は、獲物を前にして据わっていた。

走っていた三人は触手の相手で無我夢中だったが、肉塊も確実に彼らを追ってきていた。
しかも走れば走るほどに加速していた。いつかは追いつかれる。
龍之介は三人を待ち構えながらソレを悟り、ココで仕留めるコトに決めたのだった。

カオルが振り返った時には、龍之介の目の前まで肉塊が迫っていた。
龍之介は横に転がり肉塊を避けると、地面に膝をついたまま太刀を横に差しだした。

肉塊がそのスピードもあって、自ら太刀を自分の身体に食い込ませる。
龍之介は充分にその刃が食い込んだコトを手応えで確認すると、力を込めて斬り抜けた。

肉塊の下半分はその無数の手足と共に崩れ倒れ、上半分は通りの向かいの家の壁まで吹っ飛んでベシャリと衝突した。

龍之介は太刀を地面に刺すと、地面を斬るようにして肉塊の下半分に向かって走りだした。
肉塊に達すると、太刀を斬り上げてソレをまたも両断した。

「龍之介殿、もう充分です!」

童仙が呼びかける。
龍之介はハッと我に返ると、皆を追いかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

私、幸せじゃないから離婚しまーす。…え? 本当の娘だと思っているから我慢して? お義母さま、ボケたのですか? 私たち元から他人です!

天田れおぽん
恋愛
ある日、ふと幸せじゃないと気付いてしまったメリー・トレンドア伯爵夫人は、実家であるコンサバティ侯爵家に侍女キャメロンを連れて帰ってしまう。 焦った夫は実家に迎えに行くが、事情を知った両親に追い返されて離婚が成立してしまう。 一方、コンサバティ侯爵家を継ぐ予定であった弟夫婦は、メリーの扱いを間違えて追い出されてしまう。 コンサバティ侯爵家を継ぐことになったメリーを元夫と弟夫婦が結託して邪魔しようとするも、侍女キャメロンが立ちふさがる。 メリーを守ろうとしたキャメロンは呪いが解けてTS。 男になったキャメロンとメリーは結婚してコンサバティ侯爵家を継ぐことになる。 トレンドア伯爵家は爵位を取り上げられて破滅。 弟夫婦はコンサバティ侯爵家を追放されてしまう。 ※変な話です。(笑)

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...