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バクエット・ド・パクス(9)

他国に入っただけなのに(7)

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「ふぅ~」

ミサトが一息つく。

つぶっていた瞳を開けると、眼前には薄いもや、そしてソレを立たせる清い湯面と柔らかな岩肌。
目線を頭上に上げると、およそ見慣れない異世界の天球。

そう、露天風呂である。

右腕を左手で撫でる。
熱く、少しぬめりある薬湯は、その肉体はもちろんのコト、精神にも多大なるリラックス効果をもたらすようだった。
先行き、心配すべき事柄は無数にあるが、ソレはソレとして“また別のお話”。なんだかそんな気分にさせてくれる。

ミサトが左手を右腕から離し、右腕を下げようとすると、湯の向こうから誰かの手が姿を現した。
その手がミサトの下げかかった右腕をつかむ。

「うわ! なんだ!?」

「イヤですねえ、私ですよ♪」

もやの向こうから、カトリーヌが顔を現す。
四つん這いで近寄ってきた姿勢で、左手でミサトの右腕をつかんでいた。

「ちょっと詰めてくださいよ、ミサトさん♪」

「詰めるったって、他にもくつろげるトコあっだろ!」

「つれませんねぇ♪」

カトリーヌはするりと、ミサトの横に陣取った。
お互いの身体がぬめりながら密着する。

「カトリーヌ、なんだか思った以上に熱くない?」

「あぁ……コレのせいですかねえ♪」

カトリーヌが右腕を伸ばし、もやの向こうから何かをつかむ。
ぷかぷかと浮かぶ桶の中、“ぐいのみ”と“とっくり”に似た酒器が入っていた。

「えぇ……酒飲んでんのかよ。てか、持ち込んでよかったのか?」

「コレが無いと、始まらなくないですか?」

ミサトが桶中をまじまじと見る。
“ぐいのみ”は“おちょこ”と呼ばれる酒を飲む器の、少し大きめのバージョンだ。
“とっくり”は酒を入れておく器だが、しかし目の前のソレは少し見たコトのない形をしていた。

「ソレ、“とっくり”か?」

「ああ、コレは南の島は“リューキュー”の“とっくり”らしいです。“カラカラ”?とか言うとか」

「この世界の沖縄は琉球のままなのか。ふ~ん、面白い形だな」

カトリーヌは“カラカラ”を手に取ると、振ってみせた。

「中身が少なくなってから振るとカラカラ鳴るから“カラカラ”らしいんですけど、まだ鳴りませんね」

そのままミサトを向いて、ニヤリと笑う。

「どうです? まずはご一献♪」

「……。かたじけない」


◇◇◇


酒が進み始めた後、ミサトが言った。

「そういや、二人は? ブレーズとノワール」

「二人なら確かあっちの方で、同じように飲み始めてるんじゃあないでしょうか。私たちより少し後になって、露天風呂に浸かりにきたようですし」

「じゃあ、合流すっか」

カトリーヌがまたもミサトの腕をつかむ。

「その前に、少しお話が……」

「……なんだよ」

中腰の姿勢から湯舟に浸かりなおしたミサトに対し、カトリーヌは顔を赤らめたままだ。
……まあ恐らく、風呂の熱さと酒のせいだろうが。そうだ、そうに違いない。そうミサトは自分に言い聞かせる。

「ミサトさん」

カトリーヌがミサトを見据えた。

「はい」

「ミサトさん、次に本日のように敵と相まみえた際は、躊躇せず撃っていただけますでしょうか」

「はい?」

思わぬ問いだった。

「ミサトさん、きょう言ってましたよね。デル・ゾーネの旅団とすれ違っていたコトに気づいた時です。『こんなトコでやり合う気はない』って。でも、ソレだとダメだと思うんです」

あ、コレはマジな時のカトリーヌだ。とミサトはすぐにわかった。

「私はもちろん、コレまでにこの“旅”をしたコトはありません。でも、だからこそ抜かりなくやりたいんです。だからこそ、ミサトさんにもご協力願いたい」

「……もちろんだよ。私だって、今さら“再召喚”されたくない」

「バレてましたか♪ 最悪、例え今になってでもそうするつもりだと」

「ああ、カトリーヌのコトがこのぐらいはわかる程度に、仲良くなっちゃったからね」

そう、カトリーヌならやりかねない。カトリーヌは、目的のために自分すら天秤にかけられる子だ。

「私も、ミサトさんの“再召喚”をためらうくらいには、仲良くなっちゃいました♪」

「じゃあ、なおさら私が敵と次に出会った時には、撃つのをためらうワケにはいかないね」

「ええ♪ じゃあ、飲みなおしましょうか?」

「もちろん!」
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