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United Japanese tea varieties of Iratsuko(6)
悪の夜(4)
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ムサシは自らの憑代(よりしろ)たる茶園の安全を確保し、ようやく一息ついた。
数時間前にも吸っていた煙草だったが、その時の味はもう覚えていない。
ムサシは自らの頭を撃ち抜いた直後、茶園で目覚めた。
幸い、茶園には全く問題はなく、安全を確保するまでの間も何一つ起こらなかった。
彼らにとって、茶園は一心同体の存在だ。逆に言えば茶園がある限りは、彼らに何が起きても茶園で“復活”することができる。
だが、茶園自体が失われた場合はその限りではない。自らの憑代である茶園が無い状態での死は、文字通り最後通告となるのだ。
今回の依頼で葬ったターゲットがそのケースだった。彼は亡命するにあたって、自らの茶園を放棄した。
依頼主からの話では、その茶園は焼却されたらしい。
ただ、茶園が失われてしまった時点で、それを憑代としている人物が死んでしまうわけではない。
本人が生きていれば茶園が失われたとしても、任意の“挿し木”を一本だけ生み出すことができる。
それを定植して増やせば、茶園の再生は可能だ。
だが、それには最低でも3~5年かかる。亡命するなどというのは文字通り、命がけなのだ。
さて、とムサシは今日の出来事を反省するために、振り返る。
最後に見た依頼主の姿、それは振り向きかける姿だった。
顔が半分、こちらに向きかけていた。
少しムサシは苦い顔になる。
どこかで見たことがあるような顔だったのだが、思い出せない。
あの男は、途中で話をはぐらかし始めた。
だがあのはぐらかし方は、俺に対するという意味ももちろんあっただろうが、それ以上に俺ではない誰かを対象としたものでもあった。
あの現場の状態が盗聴されていたと考えるのが妥当だろう。そして依頼主本人もそのことを知っていた。
そこまで気づいたからこそ、俺も慌てて“退却”したのだ。
ムサシの頭の中はさらに遡る。アイツは大量破壊兵器を“廃都”から発掘したと言っていた。
だがその通りに使うつもりはないと。どんな使い方があるって言うんだ?
……ふと、ムサシは笑い出す。
毎度、依頼の終了後には行う“振り返り”だが、今日は疑問が多すぎる。
こんなことは久しぶりで、かつ多くはなかった。
いや、こんなことが多くあった時があった。
FBU捜査官だった時だ。
いや、これ以上考えるのは止めようと、ムサシは素早く反応した。
何度も頭の中で起こったことがある“振り返り”だからこそ、躊躇なく今回も思考をストップできた。
捜査官時代の記憶は、いつまでも足を引っ張りに来る。
だが、いつまで続くのかとメソメソする時間も、とうの昔に過ぎ去った。
足を引っ張られることが終わらないなら、何度でも振りほどいてやるまでだ。
何百回目、いや何千回目かの決心がまたも終わると、ムサシはアルコールを摂取することにした。
ウイスキーをグラスに注ぎ、一気に飲み込む。
グラスを机に置く前に、連絡が入った。
相手はかつての同僚、フランシスだった。
「よお、飲んでるか?」
「ああ、今しがた始めたトコだ」
「ヒマそうで羨ましいね」
「いや、結構危なかったぜ」
「お前が? 国家レベルの陰謀にでも巻き込まれたか?」
「……まあ、そんなトコだ」
「冗談キツいぜ」
ムサシはフランシスには、悪い印象は全くなかった。
もちろん、FBUを辞めた後は追う者と追われる者という関係上、慣れ合ったことはない。
だが、軽妙にジョークを飛ばしてくれるのは、どんな話をしていても小気味良いものだった。
「それで、何の連絡なんだ?」
「いよいよ旅のスタートだ。ただ、ちょっと問題があって打合せをしたくてね」
「問題?」
「おいおい、わかってるだろ? 茶畑の様子見てたら」
「ああ、当然わかってる」
「早く来いよ」
フランシスが連絡を切ると、ムサシはグラスを机に置いた。
そういや、FBU時代も俺へ連絡してくるのは大概、フランシスだったな。
思わず笑い出すムサシ。
自分の頭だけじゃあなく、かつての同僚も俺をFBU時代の記憶へ引き戻しやがる。
すぐさま脳内の抵抗スイッチが働く。そして思う。
いや、もう“かつての同僚”じゃあない。再び、今の同僚だ。
この“旅”の依頼が終わるまでは。
数時間前にも吸っていた煙草だったが、その時の味はもう覚えていない。
ムサシは自らの頭を撃ち抜いた直後、茶園で目覚めた。
幸い、茶園には全く問題はなく、安全を確保するまでの間も何一つ起こらなかった。
彼らにとって、茶園は一心同体の存在だ。逆に言えば茶園がある限りは、彼らに何が起きても茶園で“復活”することができる。
だが、茶園自体が失われた場合はその限りではない。自らの憑代である茶園が無い状態での死は、文字通り最後通告となるのだ。
今回の依頼で葬ったターゲットがそのケースだった。彼は亡命するにあたって、自らの茶園を放棄した。
依頼主からの話では、その茶園は焼却されたらしい。
ただ、茶園が失われてしまった時点で、それを憑代としている人物が死んでしまうわけではない。
本人が生きていれば茶園が失われたとしても、任意の“挿し木”を一本だけ生み出すことができる。
それを定植して増やせば、茶園の再生は可能だ。
だが、それには最低でも3~5年かかる。亡命するなどというのは文字通り、命がけなのだ。
さて、とムサシは今日の出来事を反省するために、振り返る。
最後に見た依頼主の姿、それは振り向きかける姿だった。
顔が半分、こちらに向きかけていた。
少しムサシは苦い顔になる。
どこかで見たことがあるような顔だったのだが、思い出せない。
あの男は、途中で話をはぐらかし始めた。
だがあのはぐらかし方は、俺に対するという意味ももちろんあっただろうが、それ以上に俺ではない誰かを対象としたものでもあった。
あの現場の状態が盗聴されていたと考えるのが妥当だろう。そして依頼主本人もそのことを知っていた。
そこまで気づいたからこそ、俺も慌てて“退却”したのだ。
ムサシの頭の中はさらに遡る。アイツは大量破壊兵器を“廃都”から発掘したと言っていた。
だがその通りに使うつもりはないと。どんな使い方があるって言うんだ?
……ふと、ムサシは笑い出す。
毎度、依頼の終了後には行う“振り返り”だが、今日は疑問が多すぎる。
こんなことは久しぶりで、かつ多くはなかった。
いや、こんなことが多くあった時があった。
FBU捜査官だった時だ。
いや、これ以上考えるのは止めようと、ムサシは素早く反応した。
何度も頭の中で起こったことがある“振り返り”だからこそ、躊躇なく今回も思考をストップできた。
捜査官時代の記憶は、いつまでも足を引っ張りに来る。
だが、いつまで続くのかとメソメソする時間も、とうの昔に過ぎ去った。
足を引っ張られることが終わらないなら、何度でも振りほどいてやるまでだ。
何百回目、いや何千回目かの決心がまたも終わると、ムサシはアルコールを摂取することにした。
ウイスキーをグラスに注ぎ、一気に飲み込む。
グラスを机に置く前に、連絡が入った。
相手はかつての同僚、フランシスだった。
「よお、飲んでるか?」
「ああ、今しがた始めたトコだ」
「ヒマそうで羨ましいね」
「いや、結構危なかったぜ」
「お前が? 国家レベルの陰謀にでも巻き込まれたか?」
「……まあ、そんなトコだ」
「冗談キツいぜ」
ムサシはフランシスには、悪い印象は全くなかった。
もちろん、FBUを辞めた後は追う者と追われる者という関係上、慣れ合ったことはない。
だが、軽妙にジョークを飛ばしてくれるのは、どんな話をしていても小気味良いものだった。
「それで、何の連絡なんだ?」
「いよいよ旅のスタートだ。ただ、ちょっと問題があって打合せをしたくてね」
「問題?」
「おいおい、わかってるだろ? 茶畑の様子見てたら」
「ああ、当然わかってる」
「早く来いよ」
フランシスが連絡を切ると、ムサシはグラスを机に置いた。
そういや、FBU時代も俺へ連絡してくるのは大概、フランシスだったな。
思わず笑い出すムサシ。
自分の頭だけじゃあなく、かつての同僚も俺をFBU時代の記憶へ引き戻しやがる。
すぐさま脳内の抵抗スイッチが働く。そして思う。
いや、もう“かつての同僚”じゃあない。再び、今の同僚だ。
この“旅”の依頼が終わるまでは。
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