上 下
54 / 271
南山城国(6)

収穫

しおりを挟む
おかしい……。カオルはそう思っていた。

今日は待ちに待った茶畑の収穫日だった。
南山城国には、覆いをしない茶畑が他国と比べると少しく多い。
だが、カオルの提案により遠藤の茶畑にだけは覆いがされた。

覆いの作業は困難を極めた。
童仙によると、他国では黒や白のカーテン状の“寒冷紗”なるもので覆いをするので、作業性が良いとのことだった。

しかしながら南山城国、ことに変わり者である遠藤の茶畑では、ワラを使っての覆いでなければならないとのことだった。
「オンリーワンこそ、ナンバーワンだからね」とは遠藤の言葉だ。

「自然を重んじる隣国でも、流石に寒冷紗は使いますが……。やりますか? カオル殿」

「お、女に二言はないですから……!」

というわけで、カオルは待ちに待ち続けていたのだった。
しかし、遠藤には今日まで何の変化もなかった。おかしい……。

元々、カオルにとって覆いをするだのはどうでもいい。
というか茶畑の世話自体もどうでもよかった。
元の世界へ帰るため、旅をするためにはこの通過儀礼的行事の必要があったからこそ、行ったまでだ。

だが、覆いをすることでその茶畑の主の性別が変化するというのは、少し遊びがいを感じた。
とは言え、カオルにはその趣味もなかったので、試しにと一人選ばれたのが遠藤だった。

童仙はなんかキモくなりそうだったし、幼い龍之介の性別が変わっても特に面白くはない。
消去法で遠藤だったのだ。

しかし、その遠藤には何の変わりもなかった。
うーん……そういや元々、中性的な御仁だったっけ、と自分を納得させ始めるカオル。

「カオルちゃん、早く収穫を進めまいか? あまり日に晒したくないのだが」

「あ、はい。じゃあちゃっちゃとやっちゃいましょう」

収穫に使用するのは、袋が取り付けられたハサミだった。茶鋏というヤツだ。
ざくっと芽を鋏んで刈ると、刃の片面に付いた袋に葉が入っていく。

別の畝では、童仙と龍之介が同じ作業をしていた。
あいつら、遠藤さんに何の変化もないの不思議に思わんのか、とカオル。

「いやー日差しが強いよね。遠藤さんの言う通り、確かにあんまり肌を晒したくないね」

「まあそれもあるかもだけど、刈った葉を日に晒したくないからね」

あ、そっちか。女性っぽい発言かなと思ったのだが。
やっぱ遠藤さん、何の変化もないのかな、とカオル。

「ところで、あの人何やってんの?」

なんかもうどうでもよくなってきたので、カオルは話を逸らした。
目線の先では南山城国君主、月野ヶ瀬夢絃が茶樹に対峙していた。

「ああ、夢絃殿の茶畑は単叢の集まりなんだ」

「たんそう?」

「一本の樹って意味さ。畝という単位じゃあなく、一本一本の樹という単位として育ててあるんだよ」

「なんで?」

「細かく世話ができるだろ。勿論、それだけ面倒くさいということだけれどもね」

「ほーん。んで、今は何してんの?」

「『刀刈り』を始めるのさ。あの人だけの神技だ」

夢絃は一拍置くと、刀に手を伸ばし、振るった。
カオルの目には最初の一閃と、鞘に納まる刀しか見えなかった。
遅れて、鍔が鞘に当たる高く小気味良い音が、カオルの耳に届いた。

また遅れて、夢絃の茶樹のぐるりからはらりと、鮮緑の新芽のみが脱げ落ちる。

「ああやって収穫された芽は、放っておいても劣化が進みにくいらしい。刀の鋭利な断面で茎が切断されるからだろうね」

「遠藤さんや他の人はできないの?」

「まさか! できたらこの国の主になっているよ。まあでも、茶の芽の品質のためには是非とも習得したい技術だね」

「いや、そうじゃあなくて」

「?」

「アレの方が楽じゃん? こんなやって採るより」

「……ふふっ、違いないね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

私、幸せじゃないから離婚しまーす。…え? 本当の娘だと思っているから我慢して? お義母さま、ボケたのですか? 私たち元から他人です!

天田れおぽん
恋愛
ある日、ふと幸せじゃないと気付いてしまったメリー・トレンドア伯爵夫人は、実家であるコンサバティ侯爵家に侍女キャメロンを連れて帰ってしまう。 焦った夫は実家に迎えに行くが、事情を知った両親に追い返されて離婚が成立してしまう。 一方、コンサバティ侯爵家を継ぐ予定であった弟夫婦は、メリーの扱いを間違えて追い出されてしまう。 コンサバティ侯爵家を継ぐことになったメリーを元夫と弟夫婦が結託して邪魔しようとするも、侍女キャメロンが立ちふさがる。 メリーを守ろうとしたキャメロンは呪いが解けてTS。 男になったキャメロンとメリーは結婚してコンサバティ侯爵家を継ぐことになる。 トレンドア伯爵家は爵位を取り上げられて破滅。 弟夫婦はコンサバティ侯爵家を追放されてしまう。 ※変な話です。(笑)

処理中です...