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南山城国(6)
収穫
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おかしい……。カオルはそう思っていた。
今日は待ちに待った茶畑の収穫日だった。
南山城国には、覆いをしない茶畑が他国と比べると少しく多い。
だが、カオルの提案により遠藤の茶畑にだけは覆いがされた。
覆いの作業は困難を極めた。
童仙によると、他国では黒や白のカーテン状の“寒冷紗”なるもので覆いをするので、作業性が良いとのことだった。
しかしながら南山城国、ことに変わり者である遠藤の茶畑では、ワラを使っての覆いでなければならないとのことだった。
「オンリーワンこそ、ナンバーワンだからね」とは遠藤の言葉だ。
「自然を重んじる隣国でも、流石に寒冷紗は使いますが……。やりますか? カオル殿」
「お、女に二言はないですから……!」
というわけで、カオルは待ちに待ち続けていたのだった。
しかし、遠藤には今日まで何の変化もなかった。おかしい……。
元々、カオルにとって覆いをするだのはどうでもいい。
というか茶畑の世話自体もどうでもよかった。
元の世界へ帰るため、旅をするためにはこの通過儀礼的行事の必要があったからこそ、行ったまでだ。
だが、覆いをすることでその茶畑の主の性別が変化するというのは、少し遊びがいを感じた。
とは言え、カオルにはその趣味もなかったので、試しにと一人選ばれたのが遠藤だった。
童仙はなんかキモくなりそうだったし、幼い龍之介の性別が変わっても特に面白くはない。
消去法で遠藤だったのだ。
しかし、その遠藤には何の変わりもなかった。
うーん……そういや元々、中性的な御仁だったっけ、と自分を納得させ始めるカオル。
「カオルちゃん、早く収穫を進めまいか? あまり日に晒したくないのだが」
「あ、はい。じゃあちゃっちゃとやっちゃいましょう」
収穫に使用するのは、袋が取り付けられたハサミだった。茶鋏というヤツだ。
ざくっと芽を鋏んで刈ると、刃の片面に付いた袋に葉が入っていく。
別の畝では、童仙と龍之介が同じ作業をしていた。
あいつら、遠藤さんに何の変化もないの不思議に思わんのか、とカオル。
「いやー日差しが強いよね。遠藤さんの言う通り、確かにあんまり肌を晒したくないね」
「まあそれもあるかもだけど、刈った葉を日に晒したくないからね」
あ、そっちか。女性っぽい発言かなと思ったのだが。
やっぱ遠藤さん、何の変化もないのかな、とカオル。
「ところで、あの人何やってんの?」
なんかもうどうでもよくなってきたので、カオルは話を逸らした。
目線の先では南山城国君主、月野ヶ瀬夢絃が茶樹に対峙していた。
「ああ、夢絃殿の茶畑は単叢の集まりなんだ」
「たんそう?」
「一本の樹って意味さ。畝という単位じゃあなく、一本一本の樹という単位として育ててあるんだよ」
「なんで?」
「細かく世話ができるだろ。勿論、それだけ面倒くさいということだけれどもね」
「ほーん。んで、今は何してんの?」
「『刀刈り』を始めるのさ。あの人だけの神技だ」
夢絃は一拍置くと、刀に手を伸ばし、振るった。
カオルの目には最初の一閃と、鞘に納まる刀しか見えなかった。
遅れて、鍔が鞘に当たる高く小気味良い音が、カオルの耳に届いた。
また遅れて、夢絃の茶樹のぐるりからはらりと、鮮緑の新芽のみが脱げ落ちる。
「ああやって収穫された芽は、放っておいても劣化が進みにくいらしい。刀の鋭利な断面で茎が切断されるからだろうね」
「遠藤さんや他の人はできないの?」
「まさか! できたらこの国の主になっているよ。まあでも、茶の芽の品質のためには是非とも習得したい技術だね」
「いや、そうじゃあなくて」
「?」
「アレの方が楽じゃん? こんなやって採るより」
「……ふふっ、違いないね」
今日は待ちに待った茶畑の収穫日だった。
南山城国には、覆いをしない茶畑が他国と比べると少しく多い。
だが、カオルの提案により遠藤の茶畑にだけは覆いがされた。
覆いの作業は困難を極めた。
童仙によると、他国では黒や白のカーテン状の“寒冷紗”なるもので覆いをするので、作業性が良いとのことだった。
しかしながら南山城国、ことに変わり者である遠藤の茶畑では、ワラを使っての覆いでなければならないとのことだった。
「オンリーワンこそ、ナンバーワンだからね」とは遠藤の言葉だ。
「自然を重んじる隣国でも、流石に寒冷紗は使いますが……。やりますか? カオル殿」
「お、女に二言はないですから……!」
というわけで、カオルは待ちに待ち続けていたのだった。
しかし、遠藤には今日まで何の変化もなかった。おかしい……。
元々、カオルにとって覆いをするだのはどうでもいい。
というか茶畑の世話自体もどうでもよかった。
元の世界へ帰るため、旅をするためにはこの通過儀礼的行事の必要があったからこそ、行ったまでだ。
だが、覆いをすることでその茶畑の主の性別が変化するというのは、少し遊びがいを感じた。
とは言え、カオルにはその趣味もなかったので、試しにと一人選ばれたのが遠藤だった。
童仙はなんかキモくなりそうだったし、幼い龍之介の性別が変わっても特に面白くはない。
消去法で遠藤だったのだ。
しかし、その遠藤には何の変わりもなかった。
うーん……そういや元々、中性的な御仁だったっけ、と自分を納得させ始めるカオル。
「カオルちゃん、早く収穫を進めまいか? あまり日に晒したくないのだが」
「あ、はい。じゃあちゃっちゃとやっちゃいましょう」
収穫に使用するのは、袋が取り付けられたハサミだった。茶鋏というヤツだ。
ざくっと芽を鋏んで刈ると、刃の片面に付いた袋に葉が入っていく。
別の畝では、童仙と龍之介が同じ作業をしていた。
あいつら、遠藤さんに何の変化もないの不思議に思わんのか、とカオル。
「いやー日差しが強いよね。遠藤さんの言う通り、確かにあんまり肌を晒したくないね」
「まあそれもあるかもだけど、刈った葉を日に晒したくないからね」
あ、そっちか。女性っぽい発言かなと思ったのだが。
やっぱ遠藤さん、何の変化もないのかな、とカオル。
「ところで、あの人何やってんの?」
なんかもうどうでもよくなってきたので、カオルは話を逸らした。
目線の先では南山城国君主、月野ヶ瀬夢絃が茶樹に対峙していた。
「ああ、夢絃殿の茶畑は単叢の集まりなんだ」
「たんそう?」
「一本の樹って意味さ。畝という単位じゃあなく、一本一本の樹という単位として育ててあるんだよ」
「なんで?」
「細かく世話ができるだろ。勿論、それだけ面倒くさいということだけれどもね」
「ほーん。んで、今は何してんの?」
「『刀刈り』を始めるのさ。あの人だけの神技だ」
夢絃は一拍置くと、刀に手を伸ばし、振るった。
カオルの目には最初の一閃と、鞘に納まる刀しか見えなかった。
遅れて、鍔が鞘に当たる高く小気味良い音が、カオルの耳に届いた。
また遅れて、夢絃の茶樹のぐるりからはらりと、鮮緑の新芽のみが脱げ落ちる。
「ああやって収穫された芽は、放っておいても劣化が進みにくいらしい。刀の鋭利な断面で茎が切断されるからだろうね」
「遠藤さんや他の人はできないの?」
「まさか! できたらこの国の主になっているよ。まあでも、茶の芽の品質のためには是非とも習得したい技術だね」
「いや、そうじゃあなくて」
「?」
「アレの方が楽じゃん? こんなやって採るより」
「……ふふっ、違いないね」
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