上 下
36 / 271
シュロッス・イン・デル・ゾーネ(5)

ギャザリング(3)

しおりを挟む
「それで、緊急事態というのは何なんです?」

ツヅキは横を歩くメイの父親、デイルに聞いた。
三人は商館のロビーの階段を上がり、団長室に繋がる廊下を歩いていた。

「メイはいつも通り……話していないようだな」

「お父様が話した方が、明快でしょ?」

デイルは下を向き、ため息を吐くと、ツヅキに言った。

「すまないな、ツヅキ君。娘に悪気はないんだ」

「ええ、もちろん」

ちらりとメイの方を向く。メイは目を見開き、「何か?」という表情を返した。

「生まれた時から、メイは特殊な能力を持っている。魔術の助けなしに人の心を読めるという能力だが、それに慣れているせいか、他人へ説明しないといけないことを省く癖があってね」

「能力のせいじゃあないわ。説明する必要がないっていう、理性的な帰結からよ」

「その結果、他人は困惑するじゃあないか」

「でもその結果、私より説明が上手い人から答えが聞けるわ」

「お前も上手く説明はできるよ。やればな」

親子の会話を聞きながら、蚊帳の外になってしまった居どころの悪さを誤魔化すように、ツヅキは唇を歪めてみせる。
デイルはそれに気づいた。

「そうだった、すまないツヅキ君。話の途中だったね。緊急事態の話だったな」

「大丈夫です」

「残念ながら私も説明は上手くない。単刀直入に伝えるがいいかね?」

「ええ」

「先日のヴァーシュ大法官との口頭試問会で、“再召喚”の話があっただろう」

「はい」

「あれがオートラグ内で採択された」

「……は?」

ツヅキの頭の中で、あの時の会話がフラッシュバックする。

「つまり……俺の“消滅”を意味しますよね、それは」

「その通りだ」

「……なるほど、それは緊急事態ですね。少なくとも、俺にとっては」

「私にとってもよ」

メイが割り込んでくる。
「それって……」を表情に出しながらメイを見るツヅキ。

「勘違いしないでよね。単純に私が困るってだけよ」

言い終わると、舌を出すメイ。

「……どうしてなんです?」

「オートラグ口頭試問会での質問で、右脳のことについて聞かれたのを覚えているかな?」

「確か、最初の方の質問ですね」

「その答えを私は読んだが、我々の世界の水準から言えば……気を悪くしないでほしいんだが、ツヅキ君のいた世界の、右脳についての理解は遅れていたのだ。
それはつまり、キミのいた世界の人々は右脳を活用できていないということを意味する。もちろん、キミ自身も含めてだ」

「あの場でも、そう仰っていましたね。それがまずいんですか?」

「この国ではね。魔術に右脳の協力は不可欠なんだ」

「ただ、旅には不可欠じゃあないわよ」

またもメイが口をはさむ。

「その通りだ。そしてツヅキ君、キミは今こう考えているね。『この人は味方なのか?』」

「……心を読みましたか?」

「いや、魔術詠唱をしていないからね。ただの理性的な帰結さ。
私はこの場にキミを助けに来たはずなのに、キミからすれば今の話を聞いて、こう思うはずだ。『俺が“消滅”させられるかもしれない答えを、この人は俺の頭から読み、大法官に言ったのか? じゃあ今、何故助けに来ているのか?』
言い訳に聞こえるかもしれないが、あの時、心を読んでいたのは私だけではない。ヴァーシュ大法官を挟んで私とは反対側に座っていたメンバーも、キミの心を読んでいたのだ。
あの場でヴァーシュ大法官に伝えるのは私だけだ。もう一人は、読んだ内容を逐一記録する。口頭試問が終了した後に、大法官はその記録を確認し、二人の読んだ内容が一致しているかを照合する。嘘はつけないのだ」

「……」

「私が本当に味方かどうかは、すぐにわかる」

三人は、団長室前に到着した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

私、幸せじゃないから離婚しまーす。…え? 本当の娘だと思っているから我慢して? お義母さま、ボケたのですか? 私たち元から他人です!

天田れおぽん
恋愛
ある日、ふと幸せじゃないと気付いてしまったメリー・トレンドア伯爵夫人は、実家であるコンサバティ侯爵家に侍女キャメロンを連れて帰ってしまう。 焦った夫は実家に迎えに行くが、事情を知った両親に追い返されて離婚が成立してしまう。 一方、コンサバティ侯爵家を継ぐ予定であった弟夫婦は、メリーの扱いを間違えて追い出されてしまう。 コンサバティ侯爵家を継ぐことになったメリーを元夫と弟夫婦が結託して邪魔しようとするも、侍女キャメロンが立ちふさがる。 メリーを守ろうとしたキャメロンは呪いが解けてTS。 男になったキャメロンとメリーは結婚してコンサバティ侯爵家を継ぐことになる。 トレンドア伯爵家は爵位を取り上げられて破滅。 弟夫婦はコンサバティ侯爵家を追放されてしまう。 ※変な話です。(笑)

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...