上 下
33 / 35

31、ヨハンナ

しおりを挟む
一方のヨハンナは、イライラしながら一人で茂みを調べていた。
言い過ぎたとは思ってなかった。
むしろ、誰かがはっきり言わなくちゃいけないことだ。
確かに、綺麗な子だった。
妖精みたいだ。
でも。だからこそ。

ーーただかわいいだけで、周りから守ってもらえると思ってるんだろうな。

カロリーナがオッツィモ家で受けていた仕打ちを知らないヨハンナは、カロリーナをそう評価していた。

貴族の家に生まれたヨハンナは、束縛の多い人生を送ってきた。
活発で、頭もいいヨハンナだったが、女だと言うだけで、家に閉じ込められて刺繍の練習をさせらていた。
これでは嫌だ。
そう決意したヨハンナは、魔術師と騎士という、二つの道を歩くことで、自分なりの生き方を周囲に認めさせた。

ーーひとつだけでは、ダメだった。

女の気まぐれだと笑われた。
本気にしてもらえなかった。
だから、ふたつ。
ひとつでも大変な道なのに、ふたつ極めるのはどんなに大変なことだったか。

ーーカロリーナのような、かわいいだけで、大切にされている娘にはわからないだろう。

ヨハンナは、朝から晩まで、血の滲むような努力をした。
その甲斐あって、騎士兼魔術師という地位を手に入れたが、派遣されたのは第二魔術師団だった。
正直、最初はがっかりした。
第一でなかったからだ。

ーーやはり女だからか。

そう拗ねていたら、自分以上に才能があるのに、まったく欲がない男と出会った。
それがセヴェリだった。
初めは腹が立った。
やればできるのに、必要以上に動かないのだ。
欲しがれば、どこまでも手に入る素質がありながら、もったいないと思った。
そのうちに、この男をやる気にさせることがヨハンナの役割じゃないかと思えてきた。

ーー出来るなら、一生。

それを恋だと認めるまで、かなりの時間がかかったが、認めてからは早かった。
調べたら、父親は貴族だった。
それもかなり高位の。
それなら、ヨハンナの両親も認めるかもしれない。
セヴェリとの結婚を。

今のところ、セヴェリは自分のことをただの同僚としか見ていないが、約束した相手もいないようだ。
気持ちを伝えたら、セヴェリは自分を選ぶと思っていた。
それくらいの自信はあった。
セヴェリと結婚できたら、またうるさくなってきた政略結婚の話も、抑えられるだろう。
さらに、騎士であり魔術師であるこの生活を捨てずに済むだろう。
素晴らしい、と思った。
あとはセヴェリに話すだけだった。

なのに。

セヴェリは、突然結婚したと言った。
しかも、拾ったような娘と。

セヴェリの人のよさにつけこんだ卑しい娘に騙されたんだろう、とヨハンナは思った。

ーーくそっ、もっとはやく行動に移しておけばよかった。

外堀を埋めているつもりだったが、セヴェリには通用してなかったことも、そのとき気付いた。
自分の読み違いだった。


今回の調査は、本当はマウヌが担当だった。
だが、無理矢理変わってもらった。

拾った娘が記憶を取り戻して、セヴェリとの暮らしを忘れてたいたと聞いて、チャンスだと思ったのだ。

ヨハンナのセヴェリへの気持ちを知っているマウヌは、吹っ切るために、と説明したら納得してくれた。

なのに。

ーーセヴェリのあの娘を見つめる眼差しはなんだ。

予想以上にカロリーナが美しい娘だったことも衝撃だった。
意地悪を言ってしまったかもしれないが、それくらいいいだろう、とヨハンナは思っていた。
こっちはもっと前から傷付いているんだから。

ーーこれでも足りないくらいだ。

ヨハンナの傷付いたプライドは、まだ癒えていない。
思い出す度、悔しい思いをするのは確実だ。
だから、それは些細ないたずらのつもりだった。

「おや?」

ヨハンナは、イラクサの茂みが途切れているところを発見した。
それは、セヴェリがずっと見過ごしていたところだった。
セヴェリが見れば一眼で異常がわかるだろうが、他の人には見分けがつかないような、微妙な結界の切れ目だった。
同じく魔術師であるヨハンナでなければ、気がつかなかったかもしれない。

「なるほど、似ているがこれは違う草だ」

ヨハンナは、いくつかの魔術を試して、確認する。

「へえ、セヴェリが言う通り、これらは連続していないと、結界の意味をなさないんだな。でも連続している限り、効力がある。おもしろい作りだな」

ヨハンナはしばらく黙り込んだ。
そして、茂みをそのままにして、立ち去った。


数刻後。
セヴェリが、ふたりのいる林に戻ってきた。

「お疲れ様。どうだった?」

ヨハンナは笑った。

「ああ、この辺り全部見たが、異常はなかったよ」
「カロリーナは?」
「はい、私も同じです」
「そうか、よかった。二人ともありがとう」

いいえ、と二人の女が別々に呟いた。



しおりを挟む

処理中です...