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24、夢
しおりを挟むマティルダも駆け寄った。
「カリタ? 大丈夫? やだ、血が出てる! どうしたのよ?」
意識を失ったカリタの鼻から血が出ている。
サイニーは険しい顔になった。
「マリカ! 手伝っておくれ!」
「はい!」
助手のマリカに声をかけて、指示を出す。
「揺らさないように、診療所に運んでくれるかい? くれぐれもそうっとだよ」
「もちろんです」
マリカは、手慣れた様子で、担架を用意した。
残っていた男どもがそれを持ち上げる。
サイニーが先導した。
「くれぐれも揺らさないように、頼むよ」
診療所の寝台に乗せられたカリタは、ぐったりと動かなかった。
直前まで、いつも通りだった。
何があったのだ、とサイニーは診察を始める。
血の臭いが、森に立ち込めた。
アールトは、そのまま動かない。
「アールト!」
「ダメだ、みんなそこにいてくれ!」
自警団の仲間たちはアールトに駆け寄ろうとしたが、セヴェリがそれを制した。
白い髪の男がアールトに何かしたのは明白だった。
おそらく、相当の力のある相手だろう。
ーー失敗は許されない。
セヴェリが攻撃のタイミングを見計らって、息を詰めていると。
「万全ではないな……今は退いてやる」
突然、翼を広げた鳥の背に乗って、男が浮遊した。
「待て!」
セヴェリは風を起こして、鳥を落とそうとしたが、男が上昇するほうが早かった。
「魔術師。覚えておくぞ」
男はそんな台詞を言い捨て、あっという間に空に消えた。
ーーくそっ! 逃がした!
「なんなんだ、あいつは……」
「セヴェリ! アールトは?」
「わからない。診てみよう」
焦燥を噛み締めるまもなく、セヴェリは仲間たちとアールトに近寄る。
「息はある!」
「血を止める薬草を摘んでくれ!」
みんなが動き出した。
宴は突然終わり、みんな家に帰ることになった。
「あんたも家に帰りな、マリカ。親父さん、待ってるだろ」
「……はい」
病気の父親がいるマリカも帰して、サイニーだけがカリタの看病に付いた。
頭の中の病気なら、命に関わることもある。
油断できない。
「ーーなにしてんだ、あの馬鹿は」
サイニーは万一のことを考え、思わず、息子に悪態をついた。
寝かされたカリタは、ずっとひとつの夢を見ていた。
お城の夢だった。
大きなお城のてっぺんにカリタはいた。
景色を楽しんでいると、怖い鳥が現れる。
その大きな鳥の背に、白い髪で赤い目の男が乗っていた。
男はカリタに手を伸ばした。
カリタがその手を取ろうか迷っている間に、誰かがカリタを窓から突き落とした。
カリタはまっ逆さまに落ちていく。
ーー頭が痛い。
ーー痛い、痛い、痛い。
夢の間も、頭痛は止まなかった。
セヴェリたちに運ばれて、瀕死のアールトが帰ってきても、カリタは起きなかった。
セヴェリの口利きで、アールトが領主様付きの医者に診てもらっても、アールトがようやく意識を取り戻しても、カリタは起きなかった。
セヴェリはサイニーの家に通った。
サイニーと交代で、ずっとカリタの看病をした。
白い髪の男のことは、書面で宮廷に報告した。いずれまた行かなくてはならないが、どうしても今のカリタを置いていけなかった。
「なんで、目を覚まさないんだろう」
セヴェリの呟きに、サイニーは首を振る。
「せめて、もう少しなにか食べさせたいねえ」
果物の汁や、乳などを寝ているカリタの口元に含ませてはいたが、それとて微量だ。
カリタは日に日に弱ってきた。
「起きてくれ……頼む」
セヴェリが祈り続けた。
そして、何日経っただろうか。
「セヴェリ! 起きな!!」
診療所の椅子でうたた寝していたセヴェリを、サイニーの声が起こした。
カリタになにかあったに違いない。
セヴェリは、慌ててカリタの病室に駆け込んだ。
「カリタ!!」
そこには、横になりながらもサイニーに診察されるカリタが目がいた。
ぐったりとしているが、確かに目を開けている。
ーーああ!
サイニーが涙を浮かべて、振り返った。
「少し前だよ」
「よかった! カリタ!!」
セヴェリは神に感謝した。
祈りが通じたと思った。
「カリタ、大丈夫かい? どこか辛いところは?」
近付いたセヴェリは、カリタに手を伸ばした。
しかし。
「ひっ!」
怯えた声を出して、カリタが手を引いた。
「カリタ?」
カリタはぶるぶると震え、小さな、かすれた声を出した。
「わ、私は、カリタなんて名前じゃありません」
その目は、セヴェリを映していたが、はっきりと拒んでいた。
「カリタ?」
まだ飲み込めないセヴェリがもう一度手を伸ばそうとして、今度はサイニーにその手を押さえられた。
「混乱しているんだ」
ああ、そうか、あれだけ寝ていたんだ。混乱しているだろう、セヴェリがそう納得しかけたとき。
カリタは言った。
「混乱はしていますが……この状況にです。あの、あなたたちは誰ですか? 城のものを呼んでいただけますか?」
城?
セヴェリより先にサイニーが質問した。
「あんた、自分の名前は言えるかい?」
カリタの顔で、カリタの声で、彼女はきっぱりこう言った。
「カロリーナ。カロリーナ・オッツィモです」
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