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3、爪先立ち

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「お帰りなさい!」

考えるよりも早く、カリタはセヴェリに抱きついた。

ーードサドサドサッ!

「わ、待ってカリタ、ちょっと待……」

何かが床に落ちる音と、セヴェリの慌てたような声がしたが、カリタの耳には入らなかった。

「旦那様! よかった! どこ行ってたんですか? もう帰らないかと思ってました!」

ぎゅうっと、背中に回した手を強める。

「ごめん、心配かけたね」
「はい。心配しました……」

顔が見たくて、カリタは抱きついたまま、上を向いた。
不思議なことにそのときは、セヴェリの緑の瞳が、すぐそこにあった。
いつもはもっと遠いのに。

とても綺麗だ、とカリタは思った。
旦那様の瞳は、とても綺麗。

もっと近くで見たい。
もっと。
もっともっと。

カリタは無意識に、爪先立ちになった。
セヴェリの瞳の中のカリタがはっきり見えそうになったところでーー。

ーーどん!

なぜか、セヴェリはカリタを突き飛ばした。

「だ、旦那様……?」

セヴェリはすぐに、カリタの手を取って、起こしてくれた。

「あ、や、えっと、ごめん、カリタ。痛いところはない?」
「カリタは大丈夫ですけど、旦那様こそ、なんでそんなに真っ赤なんですか? 暑いんですか?」

夕飯を鍋にしたのは、失敗だっただろうか。
セヴェリはそうじゃない、と言うように、首を振った。

「赤いのは、えーっと、今だけだから。気にしないで」
「でも」
「それより、本当に怪我はない?」
「はい。カリタこそごめんなさい。嬉しくて、つい、飛びついてしまいました」

長期間の留守からセヴェリが帰ってきたときは、いつも飛びついて出迎えるのだ。
時間こそ短かったものの、今回もそれに匹敵するくらい焦がれていたので、顔を見た瞬間、つい飛びついてしまった。
セヴェリはカリタを見ずに、ボソボソと話す。

「カリタが謝ることじゃないよ。カリタは、いつも通りにしただけで……僕がダメなんだ……ほんと、僕が」
「旦那様は悪くないですよ?」
「そんなことは……ない」
「あ、旦那様の顔が赤くない」

落ち着いたのか、いつもの顔色に戻っていた。

「晩ご飯、スープなんですけど、どうしますか? 暑いなら他のものを作ります」
「カリタのスープが食べたい」
「無理しなくていいですよ?」

気を使ってるのではないかと、探るカリタにセヴェリは小さく笑った。

「してないよ。それより、ごらん。さっき落としちゃったけど、お土産があるんだ」

見ると入り口に、コケモモがたくさん落ちていた。
ドサドサという音は、これだったのだ。

「コケモモ? こんな時期に?」
「うん、今年はもう終わったと思ってたのに、群生している場所を見つけてね」
「嬉しいです! ジャムにしましょう」

コケモモのジャムはセヴェリの好物だった。もちろんカリタも。というか、カリタはセヴェリが好きなものなら、なんでも好きなのだ。
二人でしゃがみこんで、床のコケモモを拾った。たくさんのコケモモを器に入れて、カリタは聞く。

「これを探しに、昨日は飛び出したんですか?」
「いやあれは……その……」
「その?」

セヴェリは何かを決意したように、うなずいた。

「その話は、食べてから、ゆっくりしよう。料理、手伝うよ」
「じゃあ、旦那様は、まず、手をピカピカに洗ってきてください」
「仰せのままに」

ふふっと笑って、カリタはいそいそと鍋の前に移動した。

今のうちに、急いでベーコンを入れなきゃ。

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