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第四幕 夢フラグは覆せない
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前までのあらすじ
幼馴染詩乃の送信部を設立するために、周は速水会長の恋を成就させようと決心。マクドサルドから学校へ向かう、
店出て十五分で学校についた。途中から無意識に足を速めたかもしれない。
部活帰りの生徒に聞いたりして、二階の生徒会室に辿り着いたのはいいが、鍵がかけられてあり、会長はいないようだ。
もうだいぶ生徒が下校していて、校舎内は静まり変えていたのだ。
わざわざ戻って損したと後悔しながら引き返そうとしたときに、職員室の方から話し声が聞こえた。
この時間まだ学校内に残ってるとしたら、先生か掃除のおばちゃんくらいだろうと思いながら、その声につられて、ゆっくり近づいた。
声がするすぐそこの曲がり角に身を隠し、少し覗いて見ると、職員室の扉のところで速水会長と近衛先生がいた。
盗聴するのは良くないと知りながらも、気になってついつい聞き耳を立てる。あれだ、やるなって言われるとやりたくなるのと同じだ。
「こう改まってやる必要はないぞ、速水くん。」
「いえ、これくらいは当然です。」
「水臭いぞ。」
「先生。」
「まあまあ、話はこれくらいにしよう。私はこれから仕事だ、子供の君と違ってね。」
会長は「では失礼します」と言って、一礼する。
扉を閉めたところで、俺は声をかける、
「速水会長、少しいいですか。」
「君は?」
少し戸惑って目を細めるが、俺はそれに答えず、
「少し長くなりますので、場所変えましょう」
と言って先導するように外へと向かう。
速水会長は不思議そうに、急に出てきた見知らぬ後輩の背中を見て、後を追うように、外へと移動。
会長も靴を履き替え、扉に寄りかからず立つ俺の隣に来て、
「名も乗らず、勝手に場所を変えるのは、あまり感心しないな。」
俺は足元を確認するように地面を軽く踏み直す。
「すみません、少し焦ってました。お……僕はこの学校の二年生です。名前は」
名乗れるわけ無いだろう。
裏で勝手に会長の好きな相手を探ってると知られたら、「雨谷って人も会長が好きらしいよ」と、男なのに勘違いされかねない。
いや、男もあり得るか、だって俺からしても会長かっこいいもん。
「名前は、会長が知ってもすぐ忘れますので、また今度に。」
「面白いやつだ。結局名乗らないのか、まあいい。要件を聞こう。」
俺だって「ですます」をつける長話はしたくない。焦らさないのも大事だ。
なら単刀直入に、
「もし、会長がうちの高校一年生に愛の告白をされたら、どうしますか。」
よくこんなこと口に出したわ。すごい恥ずかしいけど、覆水盆に返らず。
こういうことを散々聞かれたように、会長は少しも驚いた様子を見せず、のびすぎ太眼鏡をかけなおして、
「そもそも、新一年のことはよく知らない。」
と、俺が思ったと通りの回答が返ってきた。
「なら、三年生が会長に付き合うように頼んだら、どうしますか。」
三年生、一緒に二年間を過ごした人たち。
これは「知らない」で済ませられない。
「僕たちはあと一年で大学受験だ。もしその人が勉強に身を置かず、恋愛に気がそれて、思うような結果にならなれば、後悔するに違わない。そんな思いさせたくないし、させない。だから、丁寧に断る。」
屁理屈に聞こえて、会長なりの考えなのかもしれない、ならおれはそれについて口出すべきじゃないだろう。他人の考えが簡単に変わるのなら、世界平和はとっくに達成しているはずだ。
でも納得できない、何かが引っかかる。
「もし会長がすごくその人のことが気になり、その人のことが大事でしょうがなくて、その相手も同じ気持ちでいるとして、なのに受験を理由に、気持ちを伝えないのですか。」
「君の言う通り、もしその相手のことが大事でしょうがないなら、もっと言えないだろう。」
将来その人が後悔しないために、か。
なんとなく分かった、会長の屁理屈は、他人優先の人よし性格が根本だ。先から返ってくる答えに、自分のことに関しては一切語らない、すべてほかの人。
自分がどうこうよりも、いつも相手がどうなるか、が優先される。
花本さんの言うとおりだ。
この人は自分に関する噂がたっても、まったく気にしないだろう。逆に言えば、人目を気にするのは、誰かのことを思っている証拠だ。
三年生でもなけれれば、
「では、二年生ならどうですか。やはり相手のことを思って、それを理由にして断るのですか。」
言わなくていいことまで口に出してしまった。
相手のことを思ってないかもしれないじゃん、なにすべてを見通したような言い方になってんの、俺のバカ。
会長の口から返ってきたのは予想外の答えだった、
「二年生と一年間過ごしてきたが、ずっと弟や妹としてしか扱ったことがなくて、恋愛対象として見たことがない。何度か付き合うと言われたことがあるんだが、こんな気持ちで付き合っても、そっちが傷つくだけだと思って、断ってきた。これからも同じだ。」
なにかすごい単語を聞いた気がして、俺は動揺した。ふつうこういう時は、弟という単語を出さないでしょう。そもそも最初から、俺は女子についてしか聞いていないのだ。もしかして、会長は男子にも告られたことあるんですか、ね、速水先輩!?
先からの質問で、ずっと女子という単語を省略してきた。
俺は当然のごとく、付き合うとしたら異性だろうという先入観にとらわれていた。しかし、現代社会において、同性愛も大目に見られるようになったのだ。
これは俺の配慮が足りなかった、ほんとにすみませんでした。
「そうでしたか。」
会長は同性についても考えて、そして否定した。おかげで、男性について、これまでの質問を繰り返す必要がなくなった。
会長は一年生とも、三年生とも、ニ年生とも付き合わないらしい、それもすべて他人のことが理由で。
ほんとにおかしくて、俺は納得できない。
どれだけ他人思いなんだよ。
もしかして、その理由はただの嘘で、実は好きな人がいて、恥ずかしくて伝えられていないだけなのかもしれない。
でも、俺は花本の言葉を信じる。
会長をあんなにも大切そうにしている彼女の言葉なら、信じられる気がする。
いや、信じてみたくなった。
「「速水先輩はそういうことに一切関心を持ちませんでした」」
言い換えれば、
「会長は自分の恋話を隠そうとして、かわいい後輩が傷つくようなうそはつきません、ですよね。」
会長はなぜか少し勝ち誇った笑顔を浮かべ、
「ああ、勿論だ。」
その考え方は納得できないが、悪いとは思はない、むしろ感心した。ここまで堂々としていると、「結局は自己満足だ」とは言えなかった。
だとしたら、そのラブレターの宛先の名前を、可愛い弟にでも絶対言わないだろう。理由は言うまでもなく、「相手のことを思って」だ。
「まだなんか質問あるか、ないなら僕はそろそろ帰るぞ。明日も早いのだ。」
俺が思索にふけるのを見て、会長はさらに「じゃあ」と言って、その場を去った。
なら、会長の好きな人はいったい誰だ。
うちの学校の生徒でなければ……
まあ、その正解は知らなくとも、俺はだいぶ近い答えを見つけた。
後は詩乃たちの方がうまくやれればだが。
あの二人は今どうなってるんだろう、まだマクドサルドで抱き合っているのだろうか、ちゃんと噂を広められたかな、なんて考えたら、急に詩乃の顔が浮かんで、一瞬どん底に落ちた気分になった。
でも、一応花本さんがいるから、何とかなるんじゃない。
だよね、好々さん。
スマホで時間を確認すると、もう三時くらいになる。
西の空はすでに橙色に染まり、夜が来るのを教えてくれる。
「そろそろ帰るか。」
帰ろうとしたら、何かが足元に落ちたのに気づいた。
紙飛行機だった。
見てしまってはしょうがない、校舎をキレイにするのは生徒一人一人の義務だからな。
俺はそいつを拾い上げ、乱暴にカバンへとつっこんだ。
高校生になって何やってんだ、なんて文句一つぐらいかけてやると思って、飛んできた方向へ体を回す。
そこには誰もいなかったが、広々としたグランドと二階校舎の窓から風に誘われ、外へ出ようとするカーテンが目尻に入る。
窓閉めんかい、窓。
誰もいない校舎に向かって肩をすくめて見せる。
踵を返して家に帰った。
カバンを机の近くに放り投げ、そのままベットに顔を埋めるように飛びつく。
ラブレターの相手は、間違いなく学校の人、それも生徒ではない。
どんな人に渡そうとしたら、朝の五時に学校の土間でうろうろするだろうか、自分をその状況に置き換えてみたが、さっぱりわからなかった。
これはすべて、会長の言葉に嘘がないとしたらの話だ。
速水会長は花本さんよく似ている。
彼も、彼女も、自分の気持ちにうそをつかない。
俺は、そんなまぶしすぎる、まっすぐな考え方に、裏があるのではないかとついつい考えてしまう。
でも今は、花本さんが涙流しながら口に出した言葉を信じて、その裏を見ないようにしよう、そして彼の言葉を素直に受け止めよう。
例え俺の考えがすべて間違いで、彼や彼女の嘘に遊ばれたとしても、この選択を後悔しない。
失敗は成功の母、だからだ。
でも母は一人でいい……
「人生に一度は女に遊ばれろ」とおやじに言われ、小さかった頃の俺はほんとに信じた挙句、それを半ば自分の将来の夢にしたから、もう一人母が増えことにやぶさかではない。って、変なこと息子に教えんじぁねぇよ。
一人で盛り上がったところに、一本の電話が水を差す。
うそ、水に漬けたらぶっ壊れる。
この時間誰だろう、詩乃かそれとも天馬か。
スマホ画面を確認すると、見たことない番号だった。
「もしもし。」
「こんばんは、いきなり電話かけてすみません、今大丈夫ですか。」
花本さんの声だった。でもいつの間に電話番号を……詩乃だな。
「まあ、大丈夫だ。で、どうしたんだ。」
「はい、少し手掛かりになりそうなことを耳にしたので、少しでも早く雨谷君に伝えようと、電話をしました。ちなみに、番号は篠崎さんからもらいました。」
やはりそうか。俺の個人情報を勝手に漏出するんじゃない。
「そうか、どんな手掛かりだ。」
電話の向こうで、息をのみこむのが聞こえた。それに続き、
「近衛先生は、速水先輩の中学時代の家庭教師だったのです。もしかしてと思って……やはりこれは手掛かりになりなさそうですか。」
いや、これでほぼ確定だ。
よくやった、好々さん。
「それは誰から聞いたんだ。噂がこんな短時間で広まるとは思えないが。」
「一つ上のお兄さんです。あの二人は、昔からの仲良しで、パンツも履き合う仲です。何か知ってるいるのではないかと思って、話を聞きました。そうしたら、」
そうか、俺と天馬みたいな関係か。
彼女は少し間を開けて、息を整えた。
花本さん、じらさないでね。
「そうしたら?」
「お兄さんは私にこう言ったのです、
まさか近衛さんがうちの学校に来るなんて、びっくりしたぁ
と。私は少し気になってさらに話を聞きました。そうしたら、お兄さんは、
近衛さんが昔、誠の家庭教師をやってたんだよ
と教えてくれました。誠は速水先輩の下の名です。」
お兄さんの真似が面白くて、吹き出しそうになった。
もう一回やってもらおう。
「へえ、なんて言った、よく聞こえなかった。」
「からかわないでください、セクハラって、先生に言いますよ。」
「やめてくれ、花本さんが言ったら、セクハラでチクられて、ほんとに刑務所行くまである。」
電話の向こうから笑い声が聞こえた。
「教えてくれてありがとう、おかげで解決しそうだ。」
「どういたしまして。詳しいことは明日の朝に教えてくださいね。その気持ちが伝わらばいいのですが......」
急に思い出した。
先、花本さんのためにわざわざ一三ニ年生に分けて会長に聞いたからな、伝えないと、
「あまり言いたくないけど。その……おまえ、速水に告白とかしても……失敗するだけだから、やめとけ。」
お前を妹としか見てない、は喉から出かけて、戻った。
「はい、知ってます。好きになるなんて、図々しすぎます。妹をして見られただけで十分です。」
思ったのと違う答えが返ってきた。
まただ。
マクドサルドであんなに会長のことで意地になってたから、てっきり会長のことが好きだと思い込んでしまった。
また他人を知った風に振舞ってしまった。図々し過ぎるにも程がある。
「すまん、勝手に勘違いして悪かった。」
「いいえ、気にしていません。」
もう一つ思い出して、
「そうだ、噂は流さなくてもいいぞ、もう必要はない。」
「分かりました、篠崎さんにも伝えておきます。」
「頼んだ。」
そして、軽く別れの挨拶をして、電話を切った。
電話を切ったあと、俺は勝ち誇ったように、「フン」と笑った。家に人いなかったら、叫んでしまうまである。
これまでの考えがすべて当たったことに、電話帳に女の子が一人増えたことに、俺は喜びを隠せなかった。
「やっと見つけ出したぞ。」
速水会長が書いたラブレターの宛先、それは間違いなく近衛先生だった。
なら、明日の早起きに備えて、今日は早く寝るべきだろう、と思って時計を見上げたところ、まだ六時くらいだった。
夕ご飯ができたらしく、俺は飯の匂いに誘われ、部屋の電気を消して、一階に降りた。
かつ丼だった。
これ食べたら、横になるや否や吐き出してしまいそうで、すぐには寝れなさそうだ。
母に不満げな視線を送ると、いたずらっぽくウインクを返された。
いい年にしてそういうことをやるな、かわいいけどね。
夕食後、親戚が訪問に来た。その家の子供と遊んだ、いや、遊ばれたせいで、俺のベットはすっかり彼らのジャンプ台となって、今でもバキバキ鳴る。
子供はどうしていつもあんなに元気がいいだろう、元気を少し分けてくれぇよぉ。
「夜は静かにせんかい!」
また口に出してしまった。でも確かに夜に大声で叫んだら迷惑だ。
反省しつつ、ベットに潜り込む。結局寝たのはいつもと同じ時間だった。
次の朝、俺はいつもより一時間早く、朝の五時に起きた。
昨日よりもさらに暗く、空気はひややかで、とても起きたいような状況じゃなかった。
それでも無理やりに体を起こして、学校の支度を始める。
朝食はパン一枚だけだった。勿論、口にくわえながら家を出ることはない。
曲がり角で居巨乳美人姉さんとぶつかって、実は同じ学校の先輩で、パンの事件で仲良くなって、最終的には付き合うなんての話は、夢にも出てこない。
夢といえば、今日も見た。
転校生が来る、それもすごい美人。なんて虫のいい夢ではなく、
魂が抜けたような憔悴とした顔で、生徒会室から出てくる俺自身と、そんな姿を目の当たりにしてにやにやしていた速水会長
の夢だった。
どんな夢だよ、失敗フラグを立ててどうする。
俺の考えが間違えるはずがない。
なら、その夢は何を意味するのだろう。なんて夢話してたら、だいぶ時間が過ぎてしまった。
俺は急いで家を出て、学校へと向かう。
学校についたのは、七時ちょうど。まだ廊下と教室の電気がついてなく、薄暗かった。
この時間帯なら、生徒も少なく、話し合いにはもってこいのだった。
二階に上がって、生徒会室から光があるのを確認したら、扉まで小走りで移動する。
それから呼吸を整えて、軽く頬を叩いた、
「あまね、お前ならできる。」
小さな声で自分を元気づけて、三回ノックする。
「どうぞ。」
速水会長の声だった。それ以外の者の声は聞こえず、安心してしまって、力入ってた肩を落とし、扉を開けた、
「失礼します。」
俺を見ると、真正面のデスクに座っている速水会長はすこし口角を上げた。よく見ないと分からないくらい、小さく。
「また君か、今度こそ、名前を聞こう。」
「雨谷周です。昨日は別れの挨拶もせず、ごめんなさい。」
ペコリ頭を下げる。
「今日はどんな用件で来た、また告白のことを聞きに来たのか。」
下げた頭を上げる、そして近くのソファーを意味気に見る。
「また話が長くなりそうだな。そこに腰かけてくれ、でも今日はそんなに時間ないぞ、今日は忙しい。」
言われた通り軽くソファーに腰を掛けて、会長が来るのをじっと待つ。
会長は手元の書類を軽く整理して、足幅大きく、一歩一歩確実に俺の向かい側まで歩いてきて、ソファーに腰をかけた。
会長がいろいろと質問をつける前に、俺は切り出した、
「会長の書いたラブレターの相手は、近衛先生ですよね。」
あんなに自分の考えは間違ってないと言い続けたくせに、最後は疑問形だ。俺ながら恥ずかしい。
会長は一瞬目を大きく開き、驚いた様子を見せたがすぐにいつも通りの表情に戻った、
「おもしろい、どうしてそう思う。」
やはり当たりだ。
今朝の夢はフラグなんかじゃない。しいて言うなら、勝利のペナントだ。
順に追って、説明しよう。
「会長は、始業式の日、普通ならだれもいない時間帯である朝五時を選んで、学校に行き、土間のところでラブレターをもって、うろつきました。わざわざ学校でラブレターを出して、渡そうか渡さまいかを迷うということは、
その相手はほぼ学校の人物とみなしていいだろう。」
「それからどうやって、近衛さん宛てだと分かったのだ。」
興味持ってもらえたそうな様子だったので、俺はさらに続ける、
「ある人から聞きました、会長は人目を気にしない人だ、人の目を気にするのなら、それは何か大事なことだと。最初は半信半疑だったけど、昨日会長と話をして、確信を持てました。会長は、自分よりも他人を優先する、人よしであること。」
「だから、昨日の最後にあんな言い方をしたのか。」
何のことか思い出せず、相打ちをしないまま、続ける、
「昨日の時、お……僕は、会長にいくつか質問をしました。覚えていますか。」
軽くうなずく。
「一年生は「知らない」、三年生は「受験」、二年生は「恋愛対象として見ていない」、を理由に、会長はその相手が生徒であることの可能性をすべて否定しました。あくまで、これは会長の言葉が真実の場合の話なんですが。」
「もちろん、真実だ。言ったじゃない、かわいい後輩にうそはつけないと。」
昨日の最後って、これのことか。てか、かわいいとか言うな、恥ずかしい。
「信じます、会長じゃなくて、会長が人よしだと信じて疑わないあの人のことです。先の続きですが、会長は学校のすべての生徒を否定した。なら、残った選択肢は自然と決まってきます。」
「高校の先生や清掃員など合わせて、四十人近くいる。この人数の中で、どうして近衛さんに決まるのだ。」
俺は質問を質問で返す、
「では答えてください。会長は、どうして春休みを挟んで、わざわざ始業式という先生たちがみんな集まる日に、ラブレターを渡そうとしたのですか。」
「逆に、今年に新しく入って来たのは近衛さんだけで、彼女以外は、去年でも渡せたはず、と言いたいのか。」
「そうです。始業式の朝になって、突然ラブレターを渡そうとするほど、会長は思慮浅くないと思います。」
「思慮あさくない......ね……。でも僕は、確かに始業式の朝になって、突然渡そうとしたのだ。」
そうだ、俺はここがずっと解せなくて、自分の出した答えを正解と言えなかったのだ。
「自分が集めた情報では、どうしてもここで躓きます。なぜ会長は見知らぬ人に告白しようとしたのか。でも、あの人は、決定的な証拠をくれたのです。」
ここで一息吸って、わざとらしく間を開けた。じらすのも大事、
「中学の時、会長の家庭教師が、近衛先生でした。先生のことを来る前から知っていれば、話は別です。近衛先生が来ることを当日の朝に、もしくは前日ぐらいに知り、慌ててラブレラーを書いた。当日の朝早く渡そうとしたのですが、生徒と先生が付き合ったら、生徒よりも先生に対する批判が多いことに気づいたでしょう、それもギリギリ渡す直前に。それで引き返して、諦めました。」
長々と話し終えて、少し疲れたので、ソファーにもたれかかった。
「僕は、当日の朝になってチキンになる男に見えるのか。」
からかうように、少し体を乗り出して俺に言った。
「いいえ、まったく思っていません。むしろ逆です。ギリギリ渡す前に、相手のことを思って、引き下がれるほど、会長は他人思いの強い男です。」
聞き終えると、会長は咳払いして、さらに問う、
「家庭教師だからって、必ず好きになるのか。」
「ここだけは、何の証拠もありません。男の勘です。」
別に好きになっても丘しくないんじゃないか、だってあんなにデカいんだよ、じゃなくて、素敵な女性だよ。
「君がどうして、四十人の先生の中から、最初から近衛先生がその相手だと決めつけ、ほかの違う選択肢を一つずつつぶしていくか、の理由も、その男の勘なのか。」
言われてみれば、確かにそうだ。
俺は、その相手が生徒でないのに気づいてから、ズーと近衛先生と決めつけた。
そしてそれが答えとなるように、論理を組み立てた。どうしてそう思った丘、さっぱり分からない。
やはり、男の勘っていうやつかな。
完全勝利に思わずにやけてしまった。
「あの人が、会長の気持ちが伝わってほしいと言ったんです。伝えるとしたら、直接ではなく、匿名にして送れば……」
だが、予想外なこといつも予想外の時に起こる。
「なかなかおもしろかった。ここまで推測できたのはほめよう。でもな、君は一つ大きな勘違いをしている。いや、二つだ。」
完全勝利とは思えない展開に、戸惑いを隠せず、俺は声も出なかった。
勘違い、それも二つ。俺は一体どこを見逃した、どこを見間違えた。
俺の様子を見て、話をつづけた、
「一つ目、僕は手紙を渡したのだ、それも近衛さんにな。」
そうだ、俺はその日の夢で見たのは、土間でうろうろして、結局カバンにそのラブレターしまったところまでだ。
その後に渡したかどうか、俺はどうして知ることができよう。なのに、渡せなかったと決めつけた。
これはひどい。
「いつかといえば、昨日君が話に来た直前だ。」
俺が会長に話をかけようと廊下の角で様子をうかがってた時に渡したのか。
「そして二つ目、それも君が犯した最も大きな勘違い。これを間違えて、よくここまでたどり着いた、感心した。」
まだどこかで間違えたのか、どこだ、いつだ。なんて頭も働かなかった。
その続きの言葉を待つように、俺はただボウと会長の方を見ていた。
「君はどうして、それをラブレターだと思ったのだ。」
自分の体か凍てつくのを感じた、あたまも、心臓も止まってしまった。まるで世界がこの一瞬を切り取ったように、周りがすべて凍てつくのを感じた。
俺はどうして、こんなとんでもない勘違いを犯したのだろう。
その手紙には、「速水より」としか書かれていない。
なのに、どうして俺はそれをラブレターだと思い込んだのだろうか。
ほんとに図々しすぎるにもほどがある、勝手に勘違いして、勝手に証拠を思うように組み立て、勝手に知った風で本人の前でペラペラしゃべる。
それも、調子に乗って、すべてを理解したと勝手に思い込んで、ついには、にやけてしまう。
ほんとに図々しすぎるにも程がある。
俺は、最初からすべてを間違えた、すべてを知った風にした。ほんとのことは何一つつかんでいないのに、自分の思った一面をその事象のすべてだと思って疑わなかった。
またこうだ。
俺はいつも勝手に勘違いをする、他人の一面をその人のすべてだと思い込んだり、物事の一角をその本質だと思い込んだりする。
俺はとんでもないバカヤロウだ。
俺は何も知らない、無知なやつだ。
だから知りたくもなる、その人の本心、そのことの真実を。
なので、俺は聞かなければいけない、
「……その手紙は……どんな内容なものですか……」
聞こえたのだろうか、自分でもよく聞こえなかった、それくらい弱く、虚ろだった。
「感謝の気持ちを伝えるのだ。中学の時にいろいろ迷惑かけたからな、伝えるとしたら、なるべく早い方がいいだろう。」
「……ならどうして朝あんなに早く学校に来たんですか……」
「部活動勧誘の手伝いだ。テニス部部長の奏に頼まれてな。」
奏?もしかして花本さんのお兄さんか。
「ところで、君が言うあの人は一体で誰だ、僕のことよく知ってそうだ。」
「は……奏花です。」
「花ちゃんか、なるほど。近衛さんが家庭教師やっていたのを、花ちゃんの兄がばらしたってことだな。」
顎に手を当てて、窓の方を見ながら「あいつ、おしおきだな」とつぶやいた。
「はあ……」
俺といえば、病院のベットで始めて覚めた時のように、意識が模糊としてて、体に力が入らない。
会長はその後、壁にかけてある時計を見上げて、「もう八時になる」などと言って、最初にいた場所に戻る。
デスクの上の書類をペラペラめくりながら、
「面白くて、ついつい話が長くなってしまった。君はそろそろ教室に戻った方がいい。」
その言葉に従って、俺は生徒会室を後にした。
廊下の窓には、
魂が抜けたような憔悴とした顔で、生徒会室から出てくる俺自身と、そんな姿を目の当たりにしてにやにやしていた速水会長
がいた。
ほんとにフラグだったんだ。俺の夢侮れないな。
幼馴染詩乃の送信部を設立するために、周は速水会長の恋を成就させようと決心。マクドサルドから学校へ向かう、
店出て十五分で学校についた。途中から無意識に足を速めたかもしれない。
部活帰りの生徒に聞いたりして、二階の生徒会室に辿り着いたのはいいが、鍵がかけられてあり、会長はいないようだ。
もうだいぶ生徒が下校していて、校舎内は静まり変えていたのだ。
わざわざ戻って損したと後悔しながら引き返そうとしたときに、職員室の方から話し声が聞こえた。
この時間まだ学校内に残ってるとしたら、先生か掃除のおばちゃんくらいだろうと思いながら、その声につられて、ゆっくり近づいた。
声がするすぐそこの曲がり角に身を隠し、少し覗いて見ると、職員室の扉のところで速水会長と近衛先生がいた。
盗聴するのは良くないと知りながらも、気になってついつい聞き耳を立てる。あれだ、やるなって言われるとやりたくなるのと同じだ。
「こう改まってやる必要はないぞ、速水くん。」
「いえ、これくらいは当然です。」
「水臭いぞ。」
「先生。」
「まあまあ、話はこれくらいにしよう。私はこれから仕事だ、子供の君と違ってね。」
会長は「では失礼します」と言って、一礼する。
扉を閉めたところで、俺は声をかける、
「速水会長、少しいいですか。」
「君は?」
少し戸惑って目を細めるが、俺はそれに答えず、
「少し長くなりますので、場所変えましょう」
と言って先導するように外へと向かう。
速水会長は不思議そうに、急に出てきた見知らぬ後輩の背中を見て、後を追うように、外へと移動。
会長も靴を履き替え、扉に寄りかからず立つ俺の隣に来て、
「名も乗らず、勝手に場所を変えるのは、あまり感心しないな。」
俺は足元を確認するように地面を軽く踏み直す。
「すみません、少し焦ってました。お……僕はこの学校の二年生です。名前は」
名乗れるわけ無いだろう。
裏で勝手に会長の好きな相手を探ってると知られたら、「雨谷って人も会長が好きらしいよ」と、男なのに勘違いされかねない。
いや、男もあり得るか、だって俺からしても会長かっこいいもん。
「名前は、会長が知ってもすぐ忘れますので、また今度に。」
「面白いやつだ。結局名乗らないのか、まあいい。要件を聞こう。」
俺だって「ですます」をつける長話はしたくない。焦らさないのも大事だ。
なら単刀直入に、
「もし、会長がうちの高校一年生に愛の告白をされたら、どうしますか。」
よくこんなこと口に出したわ。すごい恥ずかしいけど、覆水盆に返らず。
こういうことを散々聞かれたように、会長は少しも驚いた様子を見せず、のびすぎ太眼鏡をかけなおして、
「そもそも、新一年のことはよく知らない。」
と、俺が思ったと通りの回答が返ってきた。
「なら、三年生が会長に付き合うように頼んだら、どうしますか。」
三年生、一緒に二年間を過ごした人たち。
これは「知らない」で済ませられない。
「僕たちはあと一年で大学受験だ。もしその人が勉強に身を置かず、恋愛に気がそれて、思うような結果にならなれば、後悔するに違わない。そんな思いさせたくないし、させない。だから、丁寧に断る。」
屁理屈に聞こえて、会長なりの考えなのかもしれない、ならおれはそれについて口出すべきじゃないだろう。他人の考えが簡単に変わるのなら、世界平和はとっくに達成しているはずだ。
でも納得できない、何かが引っかかる。
「もし会長がすごくその人のことが気になり、その人のことが大事でしょうがなくて、その相手も同じ気持ちでいるとして、なのに受験を理由に、気持ちを伝えないのですか。」
「君の言う通り、もしその相手のことが大事でしょうがないなら、もっと言えないだろう。」
将来その人が後悔しないために、か。
なんとなく分かった、会長の屁理屈は、他人優先の人よし性格が根本だ。先から返ってくる答えに、自分のことに関しては一切語らない、すべてほかの人。
自分がどうこうよりも、いつも相手がどうなるか、が優先される。
花本さんの言うとおりだ。
この人は自分に関する噂がたっても、まったく気にしないだろう。逆に言えば、人目を気にするのは、誰かのことを思っている証拠だ。
三年生でもなけれれば、
「では、二年生ならどうですか。やはり相手のことを思って、それを理由にして断るのですか。」
言わなくていいことまで口に出してしまった。
相手のことを思ってないかもしれないじゃん、なにすべてを見通したような言い方になってんの、俺のバカ。
会長の口から返ってきたのは予想外の答えだった、
「二年生と一年間過ごしてきたが、ずっと弟や妹としてしか扱ったことがなくて、恋愛対象として見たことがない。何度か付き合うと言われたことがあるんだが、こんな気持ちで付き合っても、そっちが傷つくだけだと思って、断ってきた。これからも同じだ。」
なにかすごい単語を聞いた気がして、俺は動揺した。ふつうこういう時は、弟という単語を出さないでしょう。そもそも最初から、俺は女子についてしか聞いていないのだ。もしかして、会長は男子にも告られたことあるんですか、ね、速水先輩!?
先からの質問で、ずっと女子という単語を省略してきた。
俺は当然のごとく、付き合うとしたら異性だろうという先入観にとらわれていた。しかし、現代社会において、同性愛も大目に見られるようになったのだ。
これは俺の配慮が足りなかった、ほんとにすみませんでした。
「そうでしたか。」
会長は同性についても考えて、そして否定した。おかげで、男性について、これまでの質問を繰り返す必要がなくなった。
会長は一年生とも、三年生とも、ニ年生とも付き合わないらしい、それもすべて他人のことが理由で。
ほんとにおかしくて、俺は納得できない。
どれだけ他人思いなんだよ。
もしかして、その理由はただの嘘で、実は好きな人がいて、恥ずかしくて伝えられていないだけなのかもしれない。
でも、俺は花本の言葉を信じる。
会長をあんなにも大切そうにしている彼女の言葉なら、信じられる気がする。
いや、信じてみたくなった。
「「速水先輩はそういうことに一切関心を持ちませんでした」」
言い換えれば、
「会長は自分の恋話を隠そうとして、かわいい後輩が傷つくようなうそはつきません、ですよね。」
会長はなぜか少し勝ち誇った笑顔を浮かべ、
「ああ、勿論だ。」
その考え方は納得できないが、悪いとは思はない、むしろ感心した。ここまで堂々としていると、「結局は自己満足だ」とは言えなかった。
だとしたら、そのラブレターの宛先の名前を、可愛い弟にでも絶対言わないだろう。理由は言うまでもなく、「相手のことを思って」だ。
「まだなんか質問あるか、ないなら僕はそろそろ帰るぞ。明日も早いのだ。」
俺が思索にふけるのを見て、会長はさらに「じゃあ」と言って、その場を去った。
なら、会長の好きな人はいったい誰だ。
うちの学校の生徒でなければ……
まあ、その正解は知らなくとも、俺はだいぶ近い答えを見つけた。
後は詩乃たちの方がうまくやれればだが。
あの二人は今どうなってるんだろう、まだマクドサルドで抱き合っているのだろうか、ちゃんと噂を広められたかな、なんて考えたら、急に詩乃の顔が浮かんで、一瞬どん底に落ちた気分になった。
でも、一応花本さんがいるから、何とかなるんじゃない。
だよね、好々さん。
スマホで時間を確認すると、もう三時くらいになる。
西の空はすでに橙色に染まり、夜が来るのを教えてくれる。
「そろそろ帰るか。」
帰ろうとしたら、何かが足元に落ちたのに気づいた。
紙飛行機だった。
見てしまってはしょうがない、校舎をキレイにするのは生徒一人一人の義務だからな。
俺はそいつを拾い上げ、乱暴にカバンへとつっこんだ。
高校生になって何やってんだ、なんて文句一つぐらいかけてやると思って、飛んできた方向へ体を回す。
そこには誰もいなかったが、広々としたグランドと二階校舎の窓から風に誘われ、外へ出ようとするカーテンが目尻に入る。
窓閉めんかい、窓。
誰もいない校舎に向かって肩をすくめて見せる。
踵を返して家に帰った。
カバンを机の近くに放り投げ、そのままベットに顔を埋めるように飛びつく。
ラブレターの相手は、間違いなく学校の人、それも生徒ではない。
どんな人に渡そうとしたら、朝の五時に学校の土間でうろうろするだろうか、自分をその状況に置き換えてみたが、さっぱりわからなかった。
これはすべて、会長の言葉に嘘がないとしたらの話だ。
速水会長は花本さんよく似ている。
彼も、彼女も、自分の気持ちにうそをつかない。
俺は、そんなまぶしすぎる、まっすぐな考え方に、裏があるのではないかとついつい考えてしまう。
でも今は、花本さんが涙流しながら口に出した言葉を信じて、その裏を見ないようにしよう、そして彼の言葉を素直に受け止めよう。
例え俺の考えがすべて間違いで、彼や彼女の嘘に遊ばれたとしても、この選択を後悔しない。
失敗は成功の母、だからだ。
でも母は一人でいい……
「人生に一度は女に遊ばれろ」とおやじに言われ、小さかった頃の俺はほんとに信じた挙句、それを半ば自分の将来の夢にしたから、もう一人母が増えことにやぶさかではない。って、変なこと息子に教えんじぁねぇよ。
一人で盛り上がったところに、一本の電話が水を差す。
うそ、水に漬けたらぶっ壊れる。
この時間誰だろう、詩乃かそれとも天馬か。
スマホ画面を確認すると、見たことない番号だった。
「もしもし。」
「こんばんは、いきなり電話かけてすみません、今大丈夫ですか。」
花本さんの声だった。でもいつの間に電話番号を……詩乃だな。
「まあ、大丈夫だ。で、どうしたんだ。」
「はい、少し手掛かりになりそうなことを耳にしたので、少しでも早く雨谷君に伝えようと、電話をしました。ちなみに、番号は篠崎さんからもらいました。」
やはりそうか。俺の個人情報を勝手に漏出するんじゃない。
「そうか、どんな手掛かりだ。」
電話の向こうで、息をのみこむのが聞こえた。それに続き、
「近衛先生は、速水先輩の中学時代の家庭教師だったのです。もしかしてと思って……やはりこれは手掛かりになりなさそうですか。」
いや、これでほぼ確定だ。
よくやった、好々さん。
「それは誰から聞いたんだ。噂がこんな短時間で広まるとは思えないが。」
「一つ上のお兄さんです。あの二人は、昔からの仲良しで、パンツも履き合う仲です。何か知ってるいるのではないかと思って、話を聞きました。そうしたら、」
そうか、俺と天馬みたいな関係か。
彼女は少し間を開けて、息を整えた。
花本さん、じらさないでね。
「そうしたら?」
「お兄さんは私にこう言ったのです、
まさか近衛さんがうちの学校に来るなんて、びっくりしたぁ
と。私は少し気になってさらに話を聞きました。そうしたら、お兄さんは、
近衛さんが昔、誠の家庭教師をやってたんだよ
と教えてくれました。誠は速水先輩の下の名です。」
お兄さんの真似が面白くて、吹き出しそうになった。
もう一回やってもらおう。
「へえ、なんて言った、よく聞こえなかった。」
「からかわないでください、セクハラって、先生に言いますよ。」
「やめてくれ、花本さんが言ったら、セクハラでチクられて、ほんとに刑務所行くまである。」
電話の向こうから笑い声が聞こえた。
「教えてくれてありがとう、おかげで解決しそうだ。」
「どういたしまして。詳しいことは明日の朝に教えてくださいね。その気持ちが伝わらばいいのですが......」
急に思い出した。
先、花本さんのためにわざわざ一三ニ年生に分けて会長に聞いたからな、伝えないと、
「あまり言いたくないけど。その……おまえ、速水に告白とかしても……失敗するだけだから、やめとけ。」
お前を妹としか見てない、は喉から出かけて、戻った。
「はい、知ってます。好きになるなんて、図々しすぎます。妹をして見られただけで十分です。」
思ったのと違う答えが返ってきた。
まただ。
マクドサルドであんなに会長のことで意地になってたから、てっきり会長のことが好きだと思い込んでしまった。
また他人を知った風に振舞ってしまった。図々し過ぎるにも程がある。
「すまん、勝手に勘違いして悪かった。」
「いいえ、気にしていません。」
もう一つ思い出して、
「そうだ、噂は流さなくてもいいぞ、もう必要はない。」
「分かりました、篠崎さんにも伝えておきます。」
「頼んだ。」
そして、軽く別れの挨拶をして、電話を切った。
電話を切ったあと、俺は勝ち誇ったように、「フン」と笑った。家に人いなかったら、叫んでしまうまである。
これまでの考えがすべて当たったことに、電話帳に女の子が一人増えたことに、俺は喜びを隠せなかった。
「やっと見つけ出したぞ。」
速水会長が書いたラブレターの宛先、それは間違いなく近衛先生だった。
なら、明日の早起きに備えて、今日は早く寝るべきだろう、と思って時計を見上げたところ、まだ六時くらいだった。
夕ご飯ができたらしく、俺は飯の匂いに誘われ、部屋の電気を消して、一階に降りた。
かつ丼だった。
これ食べたら、横になるや否や吐き出してしまいそうで、すぐには寝れなさそうだ。
母に不満げな視線を送ると、いたずらっぽくウインクを返された。
いい年にしてそういうことをやるな、かわいいけどね。
夕食後、親戚が訪問に来た。その家の子供と遊んだ、いや、遊ばれたせいで、俺のベットはすっかり彼らのジャンプ台となって、今でもバキバキ鳴る。
子供はどうしていつもあんなに元気がいいだろう、元気を少し分けてくれぇよぉ。
「夜は静かにせんかい!」
また口に出してしまった。でも確かに夜に大声で叫んだら迷惑だ。
反省しつつ、ベットに潜り込む。結局寝たのはいつもと同じ時間だった。
次の朝、俺はいつもより一時間早く、朝の五時に起きた。
昨日よりもさらに暗く、空気はひややかで、とても起きたいような状況じゃなかった。
それでも無理やりに体を起こして、学校の支度を始める。
朝食はパン一枚だけだった。勿論、口にくわえながら家を出ることはない。
曲がり角で居巨乳美人姉さんとぶつかって、実は同じ学校の先輩で、パンの事件で仲良くなって、最終的には付き合うなんての話は、夢にも出てこない。
夢といえば、今日も見た。
転校生が来る、それもすごい美人。なんて虫のいい夢ではなく、
魂が抜けたような憔悴とした顔で、生徒会室から出てくる俺自身と、そんな姿を目の当たりにしてにやにやしていた速水会長
の夢だった。
どんな夢だよ、失敗フラグを立ててどうする。
俺の考えが間違えるはずがない。
なら、その夢は何を意味するのだろう。なんて夢話してたら、だいぶ時間が過ぎてしまった。
俺は急いで家を出て、学校へと向かう。
学校についたのは、七時ちょうど。まだ廊下と教室の電気がついてなく、薄暗かった。
この時間帯なら、生徒も少なく、話し合いにはもってこいのだった。
二階に上がって、生徒会室から光があるのを確認したら、扉まで小走りで移動する。
それから呼吸を整えて、軽く頬を叩いた、
「あまね、お前ならできる。」
小さな声で自分を元気づけて、三回ノックする。
「どうぞ。」
速水会長の声だった。それ以外の者の声は聞こえず、安心してしまって、力入ってた肩を落とし、扉を開けた、
「失礼します。」
俺を見ると、真正面のデスクに座っている速水会長はすこし口角を上げた。よく見ないと分からないくらい、小さく。
「また君か、今度こそ、名前を聞こう。」
「雨谷周です。昨日は別れの挨拶もせず、ごめんなさい。」
ペコリ頭を下げる。
「今日はどんな用件で来た、また告白のことを聞きに来たのか。」
下げた頭を上げる、そして近くのソファーを意味気に見る。
「また話が長くなりそうだな。そこに腰かけてくれ、でも今日はそんなに時間ないぞ、今日は忙しい。」
言われた通り軽くソファーに腰を掛けて、会長が来るのをじっと待つ。
会長は手元の書類を軽く整理して、足幅大きく、一歩一歩確実に俺の向かい側まで歩いてきて、ソファーに腰をかけた。
会長がいろいろと質問をつける前に、俺は切り出した、
「会長の書いたラブレターの相手は、近衛先生ですよね。」
あんなに自分の考えは間違ってないと言い続けたくせに、最後は疑問形だ。俺ながら恥ずかしい。
会長は一瞬目を大きく開き、驚いた様子を見せたがすぐにいつも通りの表情に戻った、
「おもしろい、どうしてそう思う。」
やはり当たりだ。
今朝の夢はフラグなんかじゃない。しいて言うなら、勝利のペナントだ。
順に追って、説明しよう。
「会長は、始業式の日、普通ならだれもいない時間帯である朝五時を選んで、学校に行き、土間のところでラブレターをもって、うろつきました。わざわざ学校でラブレターを出して、渡そうか渡さまいかを迷うということは、
その相手はほぼ学校の人物とみなしていいだろう。」
「それからどうやって、近衛さん宛てだと分かったのだ。」
興味持ってもらえたそうな様子だったので、俺はさらに続ける、
「ある人から聞きました、会長は人目を気にしない人だ、人の目を気にするのなら、それは何か大事なことだと。最初は半信半疑だったけど、昨日会長と話をして、確信を持てました。会長は、自分よりも他人を優先する、人よしであること。」
「だから、昨日の最後にあんな言い方をしたのか。」
何のことか思い出せず、相打ちをしないまま、続ける、
「昨日の時、お……僕は、会長にいくつか質問をしました。覚えていますか。」
軽くうなずく。
「一年生は「知らない」、三年生は「受験」、二年生は「恋愛対象として見ていない」、を理由に、会長はその相手が生徒であることの可能性をすべて否定しました。あくまで、これは会長の言葉が真実の場合の話なんですが。」
「もちろん、真実だ。言ったじゃない、かわいい後輩にうそはつけないと。」
昨日の最後って、これのことか。てか、かわいいとか言うな、恥ずかしい。
「信じます、会長じゃなくて、会長が人よしだと信じて疑わないあの人のことです。先の続きですが、会長は学校のすべての生徒を否定した。なら、残った選択肢は自然と決まってきます。」
「高校の先生や清掃員など合わせて、四十人近くいる。この人数の中で、どうして近衛さんに決まるのだ。」
俺は質問を質問で返す、
「では答えてください。会長は、どうして春休みを挟んで、わざわざ始業式という先生たちがみんな集まる日に、ラブレターを渡そうとしたのですか。」
「逆に、今年に新しく入って来たのは近衛さんだけで、彼女以外は、去年でも渡せたはず、と言いたいのか。」
「そうです。始業式の朝になって、突然ラブレターを渡そうとするほど、会長は思慮浅くないと思います。」
「思慮あさくない......ね……。でも僕は、確かに始業式の朝になって、突然渡そうとしたのだ。」
そうだ、俺はここがずっと解せなくて、自分の出した答えを正解と言えなかったのだ。
「自分が集めた情報では、どうしてもここで躓きます。なぜ会長は見知らぬ人に告白しようとしたのか。でも、あの人は、決定的な証拠をくれたのです。」
ここで一息吸って、わざとらしく間を開けた。じらすのも大事、
「中学の時、会長の家庭教師が、近衛先生でした。先生のことを来る前から知っていれば、話は別です。近衛先生が来ることを当日の朝に、もしくは前日ぐらいに知り、慌ててラブレラーを書いた。当日の朝早く渡そうとしたのですが、生徒と先生が付き合ったら、生徒よりも先生に対する批判が多いことに気づいたでしょう、それもギリギリ渡す直前に。それで引き返して、諦めました。」
長々と話し終えて、少し疲れたので、ソファーにもたれかかった。
「僕は、当日の朝になってチキンになる男に見えるのか。」
からかうように、少し体を乗り出して俺に言った。
「いいえ、まったく思っていません。むしろ逆です。ギリギリ渡す前に、相手のことを思って、引き下がれるほど、会長は他人思いの強い男です。」
聞き終えると、会長は咳払いして、さらに問う、
「家庭教師だからって、必ず好きになるのか。」
「ここだけは、何の証拠もありません。男の勘です。」
別に好きになっても丘しくないんじゃないか、だってあんなにデカいんだよ、じゃなくて、素敵な女性だよ。
「君がどうして、四十人の先生の中から、最初から近衛先生がその相手だと決めつけ、ほかの違う選択肢を一つずつつぶしていくか、の理由も、その男の勘なのか。」
言われてみれば、確かにそうだ。
俺は、その相手が生徒でないのに気づいてから、ズーと近衛先生と決めつけた。
そしてそれが答えとなるように、論理を組み立てた。どうしてそう思った丘、さっぱり分からない。
やはり、男の勘っていうやつかな。
完全勝利に思わずにやけてしまった。
「あの人が、会長の気持ちが伝わってほしいと言ったんです。伝えるとしたら、直接ではなく、匿名にして送れば……」
だが、予想外なこといつも予想外の時に起こる。
「なかなかおもしろかった。ここまで推測できたのはほめよう。でもな、君は一つ大きな勘違いをしている。いや、二つだ。」
完全勝利とは思えない展開に、戸惑いを隠せず、俺は声も出なかった。
勘違い、それも二つ。俺は一体どこを見逃した、どこを見間違えた。
俺の様子を見て、話をつづけた、
「一つ目、僕は手紙を渡したのだ、それも近衛さんにな。」
そうだ、俺はその日の夢で見たのは、土間でうろうろして、結局カバンにそのラブレターしまったところまでだ。
その後に渡したかどうか、俺はどうして知ることができよう。なのに、渡せなかったと決めつけた。
これはひどい。
「いつかといえば、昨日君が話に来た直前だ。」
俺が会長に話をかけようと廊下の角で様子をうかがってた時に渡したのか。
「そして二つ目、それも君が犯した最も大きな勘違い。これを間違えて、よくここまでたどり着いた、感心した。」
まだどこかで間違えたのか、どこだ、いつだ。なんて頭も働かなかった。
その続きの言葉を待つように、俺はただボウと会長の方を見ていた。
「君はどうして、それをラブレターだと思ったのだ。」
自分の体か凍てつくのを感じた、あたまも、心臓も止まってしまった。まるで世界がこの一瞬を切り取ったように、周りがすべて凍てつくのを感じた。
俺はどうして、こんなとんでもない勘違いを犯したのだろう。
その手紙には、「速水より」としか書かれていない。
なのに、どうして俺はそれをラブレターだと思い込んだのだろうか。
ほんとに図々しすぎるにもほどがある、勝手に勘違いして、勝手に証拠を思うように組み立て、勝手に知った風で本人の前でペラペラしゃべる。
それも、調子に乗って、すべてを理解したと勝手に思い込んで、ついには、にやけてしまう。
ほんとに図々しすぎるにも程がある。
俺は、最初からすべてを間違えた、すべてを知った風にした。ほんとのことは何一つつかんでいないのに、自分の思った一面をその事象のすべてだと思って疑わなかった。
またこうだ。
俺はいつも勝手に勘違いをする、他人の一面をその人のすべてだと思い込んだり、物事の一角をその本質だと思い込んだりする。
俺はとんでもないバカヤロウだ。
俺は何も知らない、無知なやつだ。
だから知りたくもなる、その人の本心、そのことの真実を。
なので、俺は聞かなければいけない、
「……その手紙は……どんな内容なものですか……」
聞こえたのだろうか、自分でもよく聞こえなかった、それくらい弱く、虚ろだった。
「感謝の気持ちを伝えるのだ。中学の時にいろいろ迷惑かけたからな、伝えるとしたら、なるべく早い方がいいだろう。」
「……ならどうして朝あんなに早く学校に来たんですか……」
「部活動勧誘の手伝いだ。テニス部部長の奏に頼まれてな。」
奏?もしかして花本さんのお兄さんか。
「ところで、君が言うあの人は一体で誰だ、僕のことよく知ってそうだ。」
「は……奏花です。」
「花ちゃんか、なるほど。近衛さんが家庭教師やっていたのを、花ちゃんの兄がばらしたってことだな。」
顎に手を当てて、窓の方を見ながら「あいつ、おしおきだな」とつぶやいた。
「はあ……」
俺といえば、病院のベットで始めて覚めた時のように、意識が模糊としてて、体に力が入らない。
会長はその後、壁にかけてある時計を見上げて、「もう八時になる」などと言って、最初にいた場所に戻る。
デスクの上の書類をペラペラめくりながら、
「面白くて、ついつい話が長くなってしまった。君はそろそろ教室に戻った方がいい。」
その言葉に従って、俺は生徒会室を後にした。
廊下の窓には、
魂が抜けたような憔悴とした顔で、生徒会室から出てくる俺自身と、そんな姿を目の当たりにしてにやにやしていた速水会長
がいた。
ほんとにフラグだったんだ。俺の夢侮れないな。
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