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第ニ幕 詩乃と送信部
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「こっちのセリフよ。」
散らばった紙を拾ってくれるらしく、彼女はスカートを抑えるようにして腰のところに手を当てながら屈めこむ。
俺も腰を落として、紙くずに手を伸ばした。
「すまん。退学するとかお前ので口滑って悪かった。」
「ほんと退学したと思ってる?!」
少し上目遣いで睨んでくる。
目があった。直視するのが恥ずかしくて。すぐに目線と話をそらす、
「あのさ、俺が退院したのなんで知ってんの。」
「な、な、なんでって、知ってるから知ってるだけだし。」
ちらっと彼女を見ると、顔が赤みを帯びている。
俺は相手の弱いとこ突くほどたち悪くない、だからこれ以上聞かないことにした。
無言のままゴミ屑、ではなく、紙くずを拾う時間が続いた。
静寂を破るように突然彼女は口を開けた、
「なっつかしいー。これ、去年あたしが書いたものじゃん。」
何だろうとそちらの方見たら、彼女はラブレタを手にしていた。先ゴミクズと一緒に落としたのらしい。
「それのこと聞こうと思ったところだった。いやあぁ、俺宛だったからスゲーびっくりした。」
「あまねだけじゃないし、一年全員の靴箱に入れたし。って、ここで話する?長くなるよ。」
俺一人だけじゃないのか、ちょっとショック。
小さい声でありがとうって言って彼女からゴミクズを受け取る。
「ちょうどいい。やることなくて、ひましてたところだ。」
「じゃあ、部室、行く?」
頬が少し赤みがかって、何故か上目遣いで俺を見る。
ホントやめてほしい、そんなの見たら「じゃあ、ホテル、行く?」と聞き間違えるじゃないかよ。
男子殺しはみんな無意識に成長していくんだな、恐ろしい。まあ、かわいいからいいけど。
うんとだけ頷いて、彼女の後ろについていく。
天馬を見送ったのと同じ方向で、廊下の突き当りの踊り場から上に向かう。一番上の四階に着くと、目の前に部室があった。
四階に教室はなく、科学実験室や倉庫のような部屋たちとなっていて、放課後とはいえす、静かすぎる。
「入って、入って。」
言われるままに俺は「しつれいします」とひとごとかけて中に入る。
部屋は大きくなく、真ん中に長方形の長い机が置かれ、それを囲むように椅子が三脚置かれていた。机を挟んでドアの向かい側に窓がある。
彼女はカバンを机に投げ出し、そのまま歩調を遅めず窓に向かった。
俺はドアに一番近い左側の椅子に腰掛けて、ゴミクズを適当なところにおいた。
「詩乃、おまえは何組だ。」
「1組だし、廊下であたしの名前叫んでたじゃん。」
1組ってことは、一番奥のとなりクラスか。
「だからって、いきなり後ろから驚かすなよ、驚いて口から目玉飛び出したらどうすんだよ。」
「呼ばれたきがして教室出たら、あまねがいたんだよ。ブツブツ変なこと言うから声かけただけだし。それに、目玉は口から飛び出ないし、ばかにしないでよ。」
文句をぶつけながら、彼女はぷくっと頬を膨らませ不満げに俺を睨む。俺は「いや、目からも飛び出さないぞ」と言うのをやめて、代わりに話を変えた、
「それで、あのラブ、じゃなくて、部活勧誘は一体なんだ。そもそも、送信部って何だ。」
彼女は俺にも聞こえるくらい大きくため息をついてから、諦めたように肩を竦めて見せ、向かい側の席に腰掛けた。
「高校入学して、何か部活入ろうと色々見て回ったけど、特にやりたいのもなかったから自分で部を作った。作ったのはいいけど、五人以上いないと、「部」として認めてもらえなかったんだよ。」
「それでこの勧誘か。」
「そう。いろいろやったけど結局五人しか集まらなくてさ、その中の三人がついこの前卒業していなくなったんだよ。」
「てことは、廃部?」
「ううん、来週までにあと、ええと、三人集めれば大丈夫。そうだ、あまね、って行きたい部活ないよね、だったらうち入らない?」
彼女は前のめりの姿勢で、机に体を乗せて聞いてくる。
「か、か、考えとく。」
近づいた分だけ、彼女から放つ淡いシャンプーの香りがはっりきと鼻につく、恥ずかしさのあまり、顔をそらしてしまった。マリアナ海溝が見えそうになったから顔をそらしたんじゃないぞ、断じて違う。
それと、まだ四月で寒いから、一番上のボタンはちゃんとつけようね。ていうか、つけろ!誰かが学校で鼻血出しすぎて、大量出血で死んだらどうすんだよ。
「うちに入ったほうがいいよ、あまねのためだし。」
「おほ、その心は?」
「あまね、ってさ、退院したばっかだし、体力面考えたら運動部はだめでしょう。だからと言って、文化系の部活もそんな入りやすくないよ。コンピューターにしても手芸部にしても、あまねあんまり興味なさそうだし、不器用だから歓迎されなさそうだし......」
どうして最後になるにつれ、声が小さくなるのかな、篠崎さん。そんな直球で言われたら、こっちだって傷つくんだぞ、何ならうまくキャッチできなくて、ショック死してしまうぞ。
「心を揺さぶるにはまだ物足りないな。」
彼女は視線をずらし、考えるふりをして、手を口に当てて黙り込んだ。
そして、アイデアが思いついたのか、パット顔を上げ、上目づかいで目をぱちぱちさせてこっちを向く。
「まだなんかあるのか。」
「お、幼馴染からのお願いでも、だめ?」
おっ、おお。
これは参ったな。とことんと女子に弱い俺が、女子に願い事なんてされたら、なんだって叶えて上げたくなるのだ。それも幼馴染からなら、断れるはずがない。
なんて冗談はおいといて、
「わかったよ、入ればいいでしょう。」
「なんか言うことないかな、雨谷くん?」
面倒くせぇ。でもかわいいから許す。
「篠崎部長、今後ともぜひよろしくお願いします。」
俺が立ち上がってわざとらしく一礼をすると、彼女はおかしくて、腹を抱えて笑ってしまった。
「んで、まだ二人足りないんでしょう、どうするつもりだ。」
机についた右ひじに顎を乗せる。顔は窓のほうに向いているが、視線はどこでもなく、部屋を泳ぐ。
「そうだね、どうしようか。へへ」
彼女は少し考えるふりしてから、馬鹿そうな笑顔を浮かべて俺に水を向ける。
「じゃあ、この草木部って何やってるんだ。それがわからないと、手も足も、亀なら首も出さないぞ。」
「送・信・部だし。学校の生徒から普通の手紙を書いてもらって、それを書いてある宛先に渡す、たぶん郵便局のようなものだと思う。あれだ、一石二鳥。」
「これなら、一鳥に二石ではないか。で、なんでこんな部を作ろうと思ったの、お前の性格に合わないと思うけど。」
「合わなくてもいいの、私が好きでやってるだけだし。」
口調こそは穏やかだったが、だれが見てもわかるくらい、表情はすごく悲しそうだった。
本よりもボール、家よりも外が好きな彼女のような活発さだと、手紙を届けるような単純作業に目もくれないものだとてっきり思い込んでしまった。
確かに理由もなく、自分の性格と関係なく、ただそれが好きで、興味があって、やり始めたことは、俺にだって二つ三つくらいはある。なのに、幼馴染とはいえ、日常生活でしか触れてない他人の一面をその人のすべてだと決めつけるのは、傲慢すぎる。
例えば、学校の昼食でピーマンだけ食べない人は、ピーマン以外の野菜を好くのに、勝手に野菜嫌いと決めつけること。
「すまない、前言撤回だ、おまえをよく知ったふりして悪かった。」
「いいよいいよ、気にしてないから。それよりも、話続けようよ。」
いま彼女はどんな表情を浮かべているのか、頭を下げているのでよく見えなかった。その言葉を機に、また話を進める。
それから、三十分。
俺は、彼女からこの部の活動内容、設立目的などいろいろ聞いて、部員を増やすにはどうすればいいか、の結論を出した。
「今のままだと、新一年生は誰も入ってくれないだろう。校門前のあの数の部活動勧誘を見たら、こんな活動内容不明、設立目的不明なよくわからん部に入ってはくれないだろう。」
一息ついて、また続ける。
「去年は五人いたものの、ほとんどお前が無理やり連れてきた幽霊部員で、実質部員はおまえ一人だ。でも、部員増やす方法はなくもない。」
それを三十分の間で思い付いた俺をちょっとほめてほいものだ。
「なになに。」
わざとらしく間を開け、一呼吸してからさらに言葉を続ける。
「部の改革と実績だ。」
そういうと、彼女は少し首をかしげて、口をロの形にしてぽかんと開けた。それから二三秒経って、ふっと我に返ったように聞き返す、
「え、ええと、どういうこと?」
「つまりだ、活動内容を面白くしなければ人は興味を惹かれない、実績を出さないと、その興味は、よくわからん部活に入るリスクと釣り合わない。だから、興味に見合うくらいの実績を出せばいいんだ。」
長々としゃべり終え、カバンのから取り出した水に手を出す。
彼女といえば、「実績か」と小さな声で呟きながら、分かったかどうかもよくわからんな表情を浮かべて、さらに説明を求めるように視線を送る。
「具体的に何するかも、決めといた。」
ほんとに、三十分の間で思い付いた俺をちょっとほめてほいものだ。
カバンからペンと紙を取り出して、彼女がわかるくらいの計画説明の発表を始める。
ていうか、この部は収入ないんだね、こんなにいろいろ考えてマネジメントしているのに、ノー報酬って、小学校のカウンセリングする人でさえ収入あるぜ。なにこれ、まだ社会人にもなってないのにすでにブラック部活に心体ともに蝕まれてただの社畜になるのか。絶対嫌だ。
何としてもこの部活を変えてやる。
そう思うと、すげーやる気出てきた。なにこれ、俺もう社畜では?
「この部活には改革と実績が必要だ。」
言葉を繰り返す。
今までの送信部は、頼まれた手紙を頼まれたところに届くという郵便局と同じく、もしくは、その以下の役割しか果たせていなかった。
それももっともなことで、真似したら、それ以上のものはできない。
「どうする、どうする?」
「改革と実績の両方に当てはまる方法は見当ついている。その前に、詩乃、もしおまえの好きな人もしくはすげー嫌いな人が、だれかと付き合ったら、どうする?」
「す、す、すきなひとが、ど、どうするって。うん、たぶん、あたしなら、それは祝うしかな。悔しいけど。でもしょうがないじゃん、誰かを好きになるなんで、理由のなければ、他人にどうこう言われて簡単に変わるも出でもないんだし。あたしだって………」
顔がみるみるに赤くなっていき、最初こそトーンが高かったが、話していくにつれ、だんだん声は小さくなって、顔の表情も見えなくなった。最後は消え入りそうなくらい小さく、机一個分の距離じゃよく聞こえなかった。
「まあ、でもやっぱり気になるでしょう。気になるその人がだれと付き合うのか、それがどうやって付き合うに至ったか、とか。」
彼女は顔を上げず、ただ顎を上下に二三回小さく動かした。
「その人が学校中の人気者だとしても、話は一緒だ。その人を気にする目が多ければ、噂でも、悪口でも、学校という狭い世界では、すぐに知り渡ってしまう。ここで詩乃に聞くが、学校の人気者に一番近い存在といえばだーれだ」
「速水会長?」
俺はうなずいて見せた。そしておでこに手を添えた。
やはり「速水」がその人の名前だったのか。
また思っていることが口に出たらしく、彼女は大人げな笑顔で優しく尋ねる、
「あまね、大丈夫?中二病はすぐには治らないよ。」
せめて高ニ病と呼んでほしい、あと、中二病でもないぞ。なんて言い訳するのも面倒くさい、その代わりに、「しょうがないやつだな詩乃ったら」と視線だけ向ける。
無理やりに略して、生姜詩乃。ふむ、気に入った。
「話をずらすな。で、もしその会長が誰かと付き合ったら?」
「学校中で話題になる、と思う。」
「ではでは、さらに、その会長の恋愛を成就させたのはこの送信部って知られたら?」
「なるほど!それでみんな気になって来てくれるのか。」
すべてを理解したように、胸の前で軽く手を合わせた。その手の奥に、無駄にデカい何かが、合掌と一緒に軽く上下に揺れた。ボタン付けようね、なんか黒色のが見えたぞ。何とは言わない、言わぬがブラ。
「そんで、実績を出した最短経路、最も効率がいい方法に従って新たに部活を変える。これで先言った改革と実績が同時コンプリートってわけだ。」
これこそが一石二鳥。
満足そうに言い終えると、再び口に水を運ぶ。俺ながら完璧な計画だ。
「速水会長を利用するのは分かったけど。でも、あまね、って速水会長のこと知ってたの?」
軽くうなずいて見せた。
「でもどうやって。その、あまね、ってさ、高校に来るのは今日が初めで、会長とはかかわりないんじゃないかなと思って。まさか昔から速水会長と知り合いとかなの?」
すごく解せない表情を浮かべて、明後日のほうを見ながら、独り言のようにつぶやく。
生姜詩乃ったら。昨日夢で見たんだよ、夢で。って言えるわけねえだろう。
また変な目で見られるところだった。
床に就き、目をつむって、そのあとに認識した世界を、俺は夢と呼んできた。それを見るようになったのは生まれてすぐかもしれない、幼稚園からだったかもしれない。正確な時期は覚えいない。
だが、その夢というときに見たことはすべて現実に起きる、それも一ミリもたがわず、ぴったりと。
最初は何だこれって意識していなかったが、それがあまりにも現実と一致するのに気づいて、だんだん恐怖を覚えるようになりながらも、面白く感じてたまらなかった。
幼稚園に入って、周りの友達に夢のことを面白味半分でペラペラしゃべったら、「あたまおかしい」、「ねたあとはなにもみないよ、ばか」って言われるようになって初めて気づいた、夢を見るのは自分だけだということを。周りから友達が一人また一人と遠くなった。
そんなある日に、「かなちゃんのおじいちゃんがしんで、かなちゃんすごくかないんでいた」って口走ったら、加奈ちゃんのお爺さんがほんとに心臓病でその日なくなった。
それまで、ただの戯言として聞き流した先生たちの間では「このこやっぱりおかしいよ」とそんな会話が増えた。それがいつの間にか親にも届いたらしく、すぐに引っ越したのだ。「へんなこというのおやめなさい」が引っ越した先で親から一番多く聞く言葉となった。
小学校に上がってからは、夢のことを無意識に避けるようになり、いつの間にか見なくなったのだ。
詩乃と出会ったのもその時だった。
生まれて初めて友達になってくれた。そしてずっとそばにいてくれた。どれくらい感謝しても感謝しきれないくらい、そばにいてくれたこの十年間は俺にとって人生の宝物だ。
だから、「部員になってよ」って言われたら、拒めないのだ。
そして、だれよりも彼女だけには変な目で見られたくない。夢のこと、彼女だけには知られたくない。彼女まで遠く行ったら、なんて考えたら、胸がずんずん痛くなる。
なら、ここは適当にごまかさないと。
こいつ頭悪いから、どうせ気づかないだろうと思って、
「実は、昨日サンタがうちにやってき、教えてくれたんだ。速水会長に好きな人ができたってね。」
「ばっ、ばかにしないでよ、あたし知ってるし、サンタさんが来るのはクリスマスだけだし。」
ぷくっと顔を膨れて、そっぽを向いた。
なんて子供だ、こんなでごまかせるとは、お前の将来が心配だ。でもこれでいいんだ、お前はこのままで、変わらなくていいんだ。
詩乃のところに毎年サンタが来るように、と彼女の親の顔を浮かべながら、両手を合わせて天井に向かって言う、
「おじさん、おばさん、詩乃を失望させないでください。」
「はあ、なんかもうどうでもよくなってきた。ていうか、あたし、お腹空いたなぁ~」
部室を一回り見たが、時計らしきものは見当たらなかった。
さすが無償労働を提供するブラック部活、時間がわからなくなるまで働かせるんだね、なんて恐ろしい。
俺は制服のポケットからスマホを取り出して、時間を確認する。
「これ以上座ってると、オタクになる。家付近のラーメン屋でいいか。」
「オタクなめすぎ!!ていうか、ラーメン屋じゃ話できないし。あたし、マックがいい。」
「へいへい、マクドサルドね、分かりました。」
適当に返事して、立ち上がるとそのまま部屋を出る。
彼女も荷物片づけたから立ち上がって、こちらを向かって歩き出す。
「鍵忘れてる。」
「ここにあるし。」
「いや、部室のカギじゃなくて、窓。」
「むっ、言い方紛らわしい。」
急いで踵を返して、窓を乱暴に閉める。そしてまたこちらへ向かう。
窓を閉めただけじゃ、泥棒を止めることはできないよ、鍵かけないと。言おうとしてやめた。見た限り、この部屋にはわざわざ四階まで登ってきて盗むようなものはない。
それはさておき、こいつほんと部長か、いつか鍵だけじゃなくて、自分の頭までどっかに忘れてしまうんじゃないか
散らばった紙を拾ってくれるらしく、彼女はスカートを抑えるようにして腰のところに手を当てながら屈めこむ。
俺も腰を落として、紙くずに手を伸ばした。
「すまん。退学するとかお前ので口滑って悪かった。」
「ほんと退学したと思ってる?!」
少し上目遣いで睨んでくる。
目があった。直視するのが恥ずかしくて。すぐに目線と話をそらす、
「あのさ、俺が退院したのなんで知ってんの。」
「な、な、なんでって、知ってるから知ってるだけだし。」
ちらっと彼女を見ると、顔が赤みを帯びている。
俺は相手の弱いとこ突くほどたち悪くない、だからこれ以上聞かないことにした。
無言のままゴミ屑、ではなく、紙くずを拾う時間が続いた。
静寂を破るように突然彼女は口を開けた、
「なっつかしいー。これ、去年あたしが書いたものじゃん。」
何だろうとそちらの方見たら、彼女はラブレタを手にしていた。先ゴミクズと一緒に落としたのらしい。
「それのこと聞こうと思ったところだった。いやあぁ、俺宛だったからスゲーびっくりした。」
「あまねだけじゃないし、一年全員の靴箱に入れたし。って、ここで話する?長くなるよ。」
俺一人だけじゃないのか、ちょっとショック。
小さい声でありがとうって言って彼女からゴミクズを受け取る。
「ちょうどいい。やることなくて、ひましてたところだ。」
「じゃあ、部室、行く?」
頬が少し赤みがかって、何故か上目遣いで俺を見る。
ホントやめてほしい、そんなの見たら「じゃあ、ホテル、行く?」と聞き間違えるじゃないかよ。
男子殺しはみんな無意識に成長していくんだな、恐ろしい。まあ、かわいいからいいけど。
うんとだけ頷いて、彼女の後ろについていく。
天馬を見送ったのと同じ方向で、廊下の突き当りの踊り場から上に向かう。一番上の四階に着くと、目の前に部室があった。
四階に教室はなく、科学実験室や倉庫のような部屋たちとなっていて、放課後とはいえす、静かすぎる。
「入って、入って。」
言われるままに俺は「しつれいします」とひとごとかけて中に入る。
部屋は大きくなく、真ん中に長方形の長い机が置かれ、それを囲むように椅子が三脚置かれていた。机を挟んでドアの向かい側に窓がある。
彼女はカバンを机に投げ出し、そのまま歩調を遅めず窓に向かった。
俺はドアに一番近い左側の椅子に腰掛けて、ゴミクズを適当なところにおいた。
「詩乃、おまえは何組だ。」
「1組だし、廊下であたしの名前叫んでたじゃん。」
1組ってことは、一番奥のとなりクラスか。
「だからって、いきなり後ろから驚かすなよ、驚いて口から目玉飛び出したらどうすんだよ。」
「呼ばれたきがして教室出たら、あまねがいたんだよ。ブツブツ変なこと言うから声かけただけだし。それに、目玉は口から飛び出ないし、ばかにしないでよ。」
文句をぶつけながら、彼女はぷくっと頬を膨らませ不満げに俺を睨む。俺は「いや、目からも飛び出さないぞ」と言うのをやめて、代わりに話を変えた、
「それで、あのラブ、じゃなくて、部活勧誘は一体なんだ。そもそも、送信部って何だ。」
彼女は俺にも聞こえるくらい大きくため息をついてから、諦めたように肩を竦めて見せ、向かい側の席に腰掛けた。
「高校入学して、何か部活入ろうと色々見て回ったけど、特にやりたいのもなかったから自分で部を作った。作ったのはいいけど、五人以上いないと、「部」として認めてもらえなかったんだよ。」
「それでこの勧誘か。」
「そう。いろいろやったけど結局五人しか集まらなくてさ、その中の三人がついこの前卒業していなくなったんだよ。」
「てことは、廃部?」
「ううん、来週までにあと、ええと、三人集めれば大丈夫。そうだ、あまね、って行きたい部活ないよね、だったらうち入らない?」
彼女は前のめりの姿勢で、机に体を乗せて聞いてくる。
「か、か、考えとく。」
近づいた分だけ、彼女から放つ淡いシャンプーの香りがはっりきと鼻につく、恥ずかしさのあまり、顔をそらしてしまった。マリアナ海溝が見えそうになったから顔をそらしたんじゃないぞ、断じて違う。
それと、まだ四月で寒いから、一番上のボタンはちゃんとつけようね。ていうか、つけろ!誰かが学校で鼻血出しすぎて、大量出血で死んだらどうすんだよ。
「うちに入ったほうがいいよ、あまねのためだし。」
「おほ、その心は?」
「あまね、ってさ、退院したばっかだし、体力面考えたら運動部はだめでしょう。だからと言って、文化系の部活もそんな入りやすくないよ。コンピューターにしても手芸部にしても、あまねあんまり興味なさそうだし、不器用だから歓迎されなさそうだし......」
どうして最後になるにつれ、声が小さくなるのかな、篠崎さん。そんな直球で言われたら、こっちだって傷つくんだぞ、何ならうまくキャッチできなくて、ショック死してしまうぞ。
「心を揺さぶるにはまだ物足りないな。」
彼女は視線をずらし、考えるふりをして、手を口に当てて黙り込んだ。
そして、アイデアが思いついたのか、パット顔を上げ、上目づかいで目をぱちぱちさせてこっちを向く。
「まだなんかあるのか。」
「お、幼馴染からのお願いでも、だめ?」
おっ、おお。
これは参ったな。とことんと女子に弱い俺が、女子に願い事なんてされたら、なんだって叶えて上げたくなるのだ。それも幼馴染からなら、断れるはずがない。
なんて冗談はおいといて、
「わかったよ、入ればいいでしょう。」
「なんか言うことないかな、雨谷くん?」
面倒くせぇ。でもかわいいから許す。
「篠崎部長、今後ともぜひよろしくお願いします。」
俺が立ち上がってわざとらしく一礼をすると、彼女はおかしくて、腹を抱えて笑ってしまった。
「んで、まだ二人足りないんでしょう、どうするつもりだ。」
机についた右ひじに顎を乗せる。顔は窓のほうに向いているが、視線はどこでもなく、部屋を泳ぐ。
「そうだね、どうしようか。へへ」
彼女は少し考えるふりしてから、馬鹿そうな笑顔を浮かべて俺に水を向ける。
「じゃあ、この草木部って何やってるんだ。それがわからないと、手も足も、亀なら首も出さないぞ。」
「送・信・部だし。学校の生徒から普通の手紙を書いてもらって、それを書いてある宛先に渡す、たぶん郵便局のようなものだと思う。あれだ、一石二鳥。」
「これなら、一鳥に二石ではないか。で、なんでこんな部を作ろうと思ったの、お前の性格に合わないと思うけど。」
「合わなくてもいいの、私が好きでやってるだけだし。」
口調こそは穏やかだったが、だれが見てもわかるくらい、表情はすごく悲しそうだった。
本よりもボール、家よりも外が好きな彼女のような活発さだと、手紙を届けるような単純作業に目もくれないものだとてっきり思い込んでしまった。
確かに理由もなく、自分の性格と関係なく、ただそれが好きで、興味があって、やり始めたことは、俺にだって二つ三つくらいはある。なのに、幼馴染とはいえ、日常生活でしか触れてない他人の一面をその人のすべてだと決めつけるのは、傲慢すぎる。
例えば、学校の昼食でピーマンだけ食べない人は、ピーマン以外の野菜を好くのに、勝手に野菜嫌いと決めつけること。
「すまない、前言撤回だ、おまえをよく知ったふりして悪かった。」
「いいよいいよ、気にしてないから。それよりも、話続けようよ。」
いま彼女はどんな表情を浮かべているのか、頭を下げているのでよく見えなかった。その言葉を機に、また話を進める。
それから、三十分。
俺は、彼女からこの部の活動内容、設立目的などいろいろ聞いて、部員を増やすにはどうすればいいか、の結論を出した。
「今のままだと、新一年生は誰も入ってくれないだろう。校門前のあの数の部活動勧誘を見たら、こんな活動内容不明、設立目的不明なよくわからん部に入ってはくれないだろう。」
一息ついて、また続ける。
「去年は五人いたものの、ほとんどお前が無理やり連れてきた幽霊部員で、実質部員はおまえ一人だ。でも、部員増やす方法はなくもない。」
それを三十分の間で思い付いた俺をちょっとほめてほいものだ。
「なになに。」
わざとらしく間を開け、一呼吸してからさらに言葉を続ける。
「部の改革と実績だ。」
そういうと、彼女は少し首をかしげて、口をロの形にしてぽかんと開けた。それから二三秒経って、ふっと我に返ったように聞き返す、
「え、ええと、どういうこと?」
「つまりだ、活動内容を面白くしなければ人は興味を惹かれない、実績を出さないと、その興味は、よくわからん部活に入るリスクと釣り合わない。だから、興味に見合うくらいの実績を出せばいいんだ。」
長々としゃべり終え、カバンのから取り出した水に手を出す。
彼女といえば、「実績か」と小さな声で呟きながら、分かったかどうかもよくわからんな表情を浮かべて、さらに説明を求めるように視線を送る。
「具体的に何するかも、決めといた。」
ほんとに、三十分の間で思い付いた俺をちょっとほめてほいものだ。
カバンからペンと紙を取り出して、彼女がわかるくらいの計画説明の発表を始める。
ていうか、この部は収入ないんだね、こんなにいろいろ考えてマネジメントしているのに、ノー報酬って、小学校のカウンセリングする人でさえ収入あるぜ。なにこれ、まだ社会人にもなってないのにすでにブラック部活に心体ともに蝕まれてただの社畜になるのか。絶対嫌だ。
何としてもこの部活を変えてやる。
そう思うと、すげーやる気出てきた。なにこれ、俺もう社畜では?
「この部活には改革と実績が必要だ。」
言葉を繰り返す。
今までの送信部は、頼まれた手紙を頼まれたところに届くという郵便局と同じく、もしくは、その以下の役割しか果たせていなかった。
それももっともなことで、真似したら、それ以上のものはできない。
「どうする、どうする?」
「改革と実績の両方に当てはまる方法は見当ついている。その前に、詩乃、もしおまえの好きな人もしくはすげー嫌いな人が、だれかと付き合ったら、どうする?」
「す、す、すきなひとが、ど、どうするって。うん、たぶん、あたしなら、それは祝うしかな。悔しいけど。でもしょうがないじゃん、誰かを好きになるなんで、理由のなければ、他人にどうこう言われて簡単に変わるも出でもないんだし。あたしだって………」
顔がみるみるに赤くなっていき、最初こそトーンが高かったが、話していくにつれ、だんだん声は小さくなって、顔の表情も見えなくなった。最後は消え入りそうなくらい小さく、机一個分の距離じゃよく聞こえなかった。
「まあ、でもやっぱり気になるでしょう。気になるその人がだれと付き合うのか、それがどうやって付き合うに至ったか、とか。」
彼女は顔を上げず、ただ顎を上下に二三回小さく動かした。
「その人が学校中の人気者だとしても、話は一緒だ。その人を気にする目が多ければ、噂でも、悪口でも、学校という狭い世界では、すぐに知り渡ってしまう。ここで詩乃に聞くが、学校の人気者に一番近い存在といえばだーれだ」
「速水会長?」
俺はうなずいて見せた。そしておでこに手を添えた。
やはり「速水」がその人の名前だったのか。
また思っていることが口に出たらしく、彼女は大人げな笑顔で優しく尋ねる、
「あまね、大丈夫?中二病はすぐには治らないよ。」
せめて高ニ病と呼んでほしい、あと、中二病でもないぞ。なんて言い訳するのも面倒くさい、その代わりに、「しょうがないやつだな詩乃ったら」と視線だけ向ける。
無理やりに略して、生姜詩乃。ふむ、気に入った。
「話をずらすな。で、もしその会長が誰かと付き合ったら?」
「学校中で話題になる、と思う。」
「ではでは、さらに、その会長の恋愛を成就させたのはこの送信部って知られたら?」
「なるほど!それでみんな気になって来てくれるのか。」
すべてを理解したように、胸の前で軽く手を合わせた。その手の奥に、無駄にデカい何かが、合掌と一緒に軽く上下に揺れた。ボタン付けようね、なんか黒色のが見えたぞ。何とは言わない、言わぬがブラ。
「そんで、実績を出した最短経路、最も効率がいい方法に従って新たに部活を変える。これで先言った改革と実績が同時コンプリートってわけだ。」
これこそが一石二鳥。
満足そうに言い終えると、再び口に水を運ぶ。俺ながら完璧な計画だ。
「速水会長を利用するのは分かったけど。でも、あまね、って速水会長のこと知ってたの?」
軽くうなずいて見せた。
「でもどうやって。その、あまね、ってさ、高校に来るのは今日が初めで、会長とはかかわりないんじゃないかなと思って。まさか昔から速水会長と知り合いとかなの?」
すごく解せない表情を浮かべて、明後日のほうを見ながら、独り言のようにつぶやく。
生姜詩乃ったら。昨日夢で見たんだよ、夢で。って言えるわけねえだろう。
また変な目で見られるところだった。
床に就き、目をつむって、そのあとに認識した世界を、俺は夢と呼んできた。それを見るようになったのは生まれてすぐかもしれない、幼稚園からだったかもしれない。正確な時期は覚えいない。
だが、その夢というときに見たことはすべて現実に起きる、それも一ミリもたがわず、ぴったりと。
最初は何だこれって意識していなかったが、それがあまりにも現実と一致するのに気づいて、だんだん恐怖を覚えるようになりながらも、面白く感じてたまらなかった。
幼稚園に入って、周りの友達に夢のことを面白味半分でペラペラしゃべったら、「あたまおかしい」、「ねたあとはなにもみないよ、ばか」って言われるようになって初めて気づいた、夢を見るのは自分だけだということを。周りから友達が一人また一人と遠くなった。
そんなある日に、「かなちゃんのおじいちゃんがしんで、かなちゃんすごくかないんでいた」って口走ったら、加奈ちゃんのお爺さんがほんとに心臓病でその日なくなった。
それまで、ただの戯言として聞き流した先生たちの間では「このこやっぱりおかしいよ」とそんな会話が増えた。それがいつの間にか親にも届いたらしく、すぐに引っ越したのだ。「へんなこというのおやめなさい」が引っ越した先で親から一番多く聞く言葉となった。
小学校に上がってからは、夢のことを無意識に避けるようになり、いつの間にか見なくなったのだ。
詩乃と出会ったのもその時だった。
生まれて初めて友達になってくれた。そしてずっとそばにいてくれた。どれくらい感謝しても感謝しきれないくらい、そばにいてくれたこの十年間は俺にとって人生の宝物だ。
だから、「部員になってよ」って言われたら、拒めないのだ。
そして、だれよりも彼女だけには変な目で見られたくない。夢のこと、彼女だけには知られたくない。彼女まで遠く行ったら、なんて考えたら、胸がずんずん痛くなる。
なら、ここは適当にごまかさないと。
こいつ頭悪いから、どうせ気づかないだろうと思って、
「実は、昨日サンタがうちにやってき、教えてくれたんだ。速水会長に好きな人ができたってね。」
「ばっ、ばかにしないでよ、あたし知ってるし、サンタさんが来るのはクリスマスだけだし。」
ぷくっと顔を膨れて、そっぽを向いた。
なんて子供だ、こんなでごまかせるとは、お前の将来が心配だ。でもこれでいいんだ、お前はこのままで、変わらなくていいんだ。
詩乃のところに毎年サンタが来るように、と彼女の親の顔を浮かべながら、両手を合わせて天井に向かって言う、
「おじさん、おばさん、詩乃を失望させないでください。」
「はあ、なんかもうどうでもよくなってきた。ていうか、あたし、お腹空いたなぁ~」
部室を一回り見たが、時計らしきものは見当たらなかった。
さすが無償労働を提供するブラック部活、時間がわからなくなるまで働かせるんだね、なんて恐ろしい。
俺は制服のポケットからスマホを取り出して、時間を確認する。
「これ以上座ってると、オタクになる。家付近のラーメン屋でいいか。」
「オタクなめすぎ!!ていうか、ラーメン屋じゃ話できないし。あたし、マックがいい。」
「へいへい、マクドサルドね、分かりました。」
適当に返事して、立ち上がるとそのまま部屋を出る。
彼女も荷物片づけたから立ち上がって、こちらを向かって歩き出す。
「鍵忘れてる。」
「ここにあるし。」
「いや、部室のカギじゃなくて、窓。」
「むっ、言い方紛らわしい。」
急いで踵を返して、窓を乱暴に閉める。そしてまたこちらへ向かう。
窓を閉めただけじゃ、泥棒を止めることはできないよ、鍵かけないと。言おうとしてやめた。見た限り、この部屋にはわざわざ四階まで登ってきて盗むようなものはない。
それはさておき、こいつほんと部長か、いつか鍵だけじゃなくて、自分の頭までどっかに忘れてしまうんじゃないか
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