ゆる断罪ENDと油断してたら、ピンチです!

朧月ひより

文字の大きさ
上 下
11 / 13

11

しおりを挟む
 私はベッド脇の椅子に腰掛け、アリエル様を見つめた。

 先代の辺境伯は、数年前に亡くなられた。
 奥方を幼いアリエル様を残して、早くに亡くなられたと聞いている。

 このためひとり残されたアリエル様が、若くして当主となり奮闘されている。
 こんな風に、傷付くことも恐れず先陣に立つアリエル様を、周囲は慕っているのがわかる。

「……私、本当に情けない」
 前世の記憶なんかに甘えて。
 運命なら仕方がないと言い訳して、楽な道を選ぼうとしていた。

 私だって、彼のように守るべきものが、大切な家族がいたのに。
 その人たちのために、どうして全力を尽くそうとしなかったんだろう。

 どうして、こんなに懸命なアリエル様が傷つかなきゃいけないんだろう。

 後悔と、悲しみと、何もできないもどかしさがぐるぐる渦巻いて。

 どうすれば良かったのか、何が正解だったのか。今でもわからない。
 きっとこれからも、わかることはないんだろう。

 だけどもう、何もせず後悔するのだけは嫌だった。

「アリエル様」
 布団から投げ出された片腕を取り、強く握る。
「私は、もう逃げません」

 結末なんて誰にもわからない。
 辛くても、悲しくても、それが私の選択の結果なら……。

 全力で受け止めて前に進もう。

 それが私にできる、唯一の償いだ。



 アリエル様の意識が戻るには、もうしばらく時間がかかるようだった。
 私は家令に頼み込んで、呼んでもらった公証人と兵士を引き連れて、城内の留置所へと向かった。
 面会部屋で待機していると、兵士が、襲撃犯を連れて現れた。

 襲撃犯は、私の顔を見て無邪気ともいえる笑みを浮かべた。
「やあ、姉さん。来てくれたんだね。嬉しいな」


 襲撃犯が私の義弟だったと告げられたのは、アリエル様の襲撃から間もなくのことだった。

 抵抗もなく捕縛されたマリウスは、すぐに自分が何者かを明かした。
 しかし動機やその他については何も語らず、姉を返せと繰り返し要求した。

 本物のマリウスなのか否か、この城で唯一身元の証明ができるのは私だ。
 しかし、私自身を要求している以上、何を企んでいるのかと慎重にならざるを得ない。

 そこで王都からマリウスを知る身内でない第三者を呼び寄せることになっていた。
 私もはじめはその案に賛成していた。

 だって、もし本当にマリウスだったとしたら。

 義弟が取り返しのつかない罪を犯したと、認めるのが怖かった。
 彼の動機が、私のとった行動に関係しているとしたら。

 後悔してもしきれない。

 だけど、決めたのだ。もう逃げないと。

「マリウス、教えてちょうだい。どうしてアリエル様を襲ったの」
 私はつとめて冷静に、穏やかに聞こえるように言った。
「そんなの、あいつが姉さんを攫っていったからに決まっているじゃないか。俺のいない隙をついて、卑怯極まりない」
「あなた、事情は聞いていないの? アリエル様は政敵から身を守るために、私を匿ってくださったのよ」
 マリウスは、ケタケタと笑い出した。
「ああ、姉さん。純粋なあなたはすっかりあいつに騙されてしまったんだね。ねえ、どうして姉さんがあのひどい牢獄に閉じ込められたと思う? 姉さんが国を欺く大罪を犯したから? 違うよ。そんな嘘っぱちを信じる人間なんか、あの場に居やしなかった。あれははじめからあの男、アリエルが仕組んでいたことなんだ」
「ありえないわ。あの方にそんなことをする理由がないもの」
 マリウスは笑いを収め、悲しげに吐き出した。
「ずいぶんあの男を信用しているんだね。悲しいよ、家族の僕よりあいつを信じるなんて」
「そういうことじゃ……」
「でもさ、証拠も理由もあるんだよね。姉さんが捕まった日の午前中、あいつは国王と会談している。会談内容は申請すればすぐに閲覧できたよ。姉さんを拘束して、貴族用でない重罪人の牢獄に閉じ込めるようあいつは進言したんだ」
 マリウスは自信たっぷりに話す。
 そこまで言うからには、本当にあったことなのだろう。

 だけど、私はもうアリエル様がどういう人か知ってしまった。
 理由もなく理不尽なことをする人ではない。

「理由は簡単なことさ。あいつは第二王子の派閥。王太子を廃嫡することが狙いだ。プリムヴェール子爵家を唆し、メロディを近づけた。だけど王太子もしたたかで、キャメリア侯爵家の後ろ盾がある姉さんを手放そうとはしない。だから罪をでっちあげて、姉さんを罪人にして王太子から引きはがそうとしたのさ」
 なるほど筋は通っている。
 その企みをアリエル様が主導で行った、という部分がどうにも現実味に欠ける以外は。

「マリウス、あなたの言い分はわかったわ。だけど、大切なことに答えていない。どうして、アリエル様を襲ったの。たとえ私があの方の都合のいいように使われていたとしても、命を狙うほどのことではないわ」
「姉さんは貴族令嬢としての名誉を傷つけられたんだぞ!」
「それを言うなら、あなたはどうなの。こんなことをして……あなたはキャメリア侯爵家の後継者なのよ! それをこんな形で……どうして。罪に問われれば無事では済まないことくらい、わかっているでしょう」
 マリウスは恍惚とした表情を浮かべた。
「ああ、嬉しいなあ、姉さんはやっぱり僕のことを一番に心配してくれるんだね。優しい姉さん」
 その様子が、牢獄で見たレオニード様やメロディ様の姿と重なる。
「マリウス、ひょっとしてあなたも呪いを……」

「その男は魅了の呪いの影響など受けていない」
 背後の声に振り向くと、アリエル様が立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

処刑から始まる私の新しい人生~乙女ゲームのアフターストーリー~

キョウキョウ
恋愛
 前世の記憶を保持したまま新たな世界に生まれ変わった私は、とあるゲームのシナリオについて思い出していた。  そのゲームの内容と、今の自分が置かれている状況が驚くほどに一致している。そして私は思った。そのままゲームのシナリオと同じような人生を送れば、16年ほどで生涯を終えることになるかもしれない。  そう思った私は、シナリオ通りに進む人生を回避することを目的に必死で生きた。けれど、運命からは逃れられずに身に覚えのない罪を被せられて拘束されてしまう。下された判決は、死刑。  最後の手段として用意していた方法を使って、処刑される日に死を偽装した。それから、私は生まれ育った国に別れを告げて逃げた。新しい人生を送るために。 ※カクヨムにも投稿しています。

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~

八重
恋愛
【全32話+番外編】 「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」  伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。  ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。  しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。  そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。  マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。 ※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

この異世界転生の結末は

冬野月子
恋愛
五歳の時に乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したと気付いたアンジェリーヌ。 一体、自分に待ち受けているのはどんな結末なのだろう? ※「小説家になろう」にも投稿しています。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

処理中です...