ゆる断罪ENDと油断してたら、ピンチです!

朧月ひより

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 遠くで雷が鳴り始め、使用人たちは城の戸締りを始めていた。

 そんな中、馬のいななきとともに、兵士たちが慌ただしく駆け込んでくる。
 少しも経たないうちに、櫓に掛けられた鐘が勢いよく鳴らされる。

 やがて一部の見張りを除いた場内のすべての者が、広間に集められた。

「大規模な魔物の群れの発生が確認された。街にやってくる可能性が高い。兵士たちは二手に分かれ、先陣は森へ。後陣は城の防衛と町の警備兵への連絡にあたるように。それ以外の者は避難の準備を」
 アリエル様が号令をかけると、兵士たちはいっせいに持ち場に散っていく。
 普段から、こういったときの訓練を受けているのだろう。
 勤めだして日の浅い使用人の中にはうろたえる者もいたが、そのほかの者たちは淡々とすべきことをこなしていた。
「ロゼット様、避難についてご説明します」
 幾人かの使用人に連れられて、城内の守りが硬い場所へと誘導された。
 城から逃げ出す場合の道筋や、避難部屋での過ごし方などについて教えを受ける。

 まだ、先陣が魔物たちと接触するまで少し時間があるという。
 手に持てる程度であれば、荷物を持って避難しても良いとのことだったので、私はいったん部屋に戻ることにした。
 取るものとりあえずこの城にやってきたので、なくてはならないものはそう多くない。
 避難が長引いたときに役に立つだろうと、森に行ったときに用意された軽装と、読みかけの本を鞄に入れて自室を出た。
 ホールを通り過ぎようとすると、アリエル様が一人で先ほどの位置に立っていた。

「兵士たちの報告をお待ちなのですか」
「ああ、何かあればすぐに指示できるよう、ここに居ることにしている」
 アリエル様は門扉を見据えたまま私に受け答えする。
「いまさらこんなことを言うと思われるかもしれませんが……以前の魔物の森のように、私の呪いを役立ててもらうわけにはいきませんか」
 怖いけれど。でも、緊急事態だというならやぶさかではない。
「気持ちだけ受け取っておこう。だが、今は魔物たちの気が立っている。先日のようにうまくはいかないだろう」
 アリエル様は私を見て少し微笑んだ。
「心配はいらない。この城では恒例行事だ」


 それから一時間ほどで、魔物の群れが城壁近くへと差し掛かかった。
 兵士たちは総力戦で群れを切り崩していく。

 避難所の中にも、獣の唸り声と兵士たちの武器の音が聞こえてくる。
「大丈夫ですからね。我らがクリゾンテームの兵士たちは怪我ひとつ負うことなく守ってくれますから」

 年配の使用人たちがそう励ますとおりに、兵士たちは危なげなく群れを削っていった。
 しかし、数が多く殲滅にはかなりの時間を要した。



 群れの大部分を崩すころには、日が暮れて星が出ていた。
 兵士の多くが帰還し、使用人たちの多くは兵士たちの世話のために避難所を離れていた。

 群れの一部が森の奥へと逃げ帰ったらしく、再び戻ってくる可能性を考えて、アリエル様たちは待機しているそうだ。

 使用人たちが気遣って、部屋に戻って夕食を取るかと聞いてきた。ありがたく好意に甘えることにした。

 夕食を終え、部屋の窓から外の様子を眺める。
 城壁の上にはかがり火が焚かれ、幾人かの兵士たちが見張りに立っている。
 その中に、アリエル様の背中を見つけた。

 何となくその姿を眺めていると、視界の端で何かが光った。
 目線を動かすと、誰かが梯子を登ってきているようだ。

 嫌な予感がした。
 あとになって考えれば、兵士らしからぬ服装や動きに違和感を感じたのだろう。

 何事もなければそれでいい。とにかく確認しないと。
 咄嗟に窓を開けようとしたが、羽目殺しになっている。

 たしか、前の廊下を右に進めば、外側に抜けられたはず。
 部屋を飛び出し、一秒でも早くと廊下を走り抜ける。
 突きあたりの扉を開けると、一階部分の屋根にあたる箇所に出た。

 梯子を登ってきた人物の手に、かがり火に反射して光るクロスボウが見えた。
「アリエル様!!!」
 叫ぶと同時に、クロスボウから矢が放たれる。

 矢は胸のあたりに突き刺さり、アリエル様は振り向きかけた姿勢のままに倒れていく。

「っ、……かはっ……」

 叫びを上げようとした喉は、息をすることさえ忘れてしまったようだった。
 苦しい、怖い。
 胸の鼓動が頭にまで響いてくる。

 足のふらつきに耐えきれず、そのまま倒れこみそうになった時、アリエル様が兵士たちに肩を貸されて起き上がるのが見えた。

 大丈夫、彼は生きてる。大丈夫。

 私はできる限り呼吸に集中し、数分かけてようやく肺に空気を満たすことができた。
 心配して駆けつけてきた使用人に導かれ、部屋へと戻る。



 医師の処置が終わったと知らせを受け、アリエル様を見舞いに行く。
 幸い、矢は胸当てに刺さり、傷は浅く済んだとのことだ。
「ですが、矢に毒が塗られていました。毒への耐性はお持ちですが、しばらくはお辛いでしょう」
 医師はそう言って、眉根を寄せてベッドに横たわるアリエル様を見る。
 苦しげな表情を浮かべているが、意識があるわけではないようだ。

「……しばらく、ここに居てもいいかしら」
 医師たちからの許可を得て、私は居残った。
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