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第二王子、やり直しをする
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聴衆が固唾を飲んで見守る中、アレクシス様は重い口を開いた。
「オーデリア、君との公約を破棄する」
「アレクシス様、セリフを間違えています」
カット! の声とともに、撮影担当の生徒会役員、ロロ様が、映像石を止めた。
アレクシス様、公約を破る発言は言い間違いでも少々問題です……。
「すまない、もう一度だ」
再度アレクシス様が居住まいを正すと、ロロ様は映像石を起動した。
「オーデリア・エリントン。君との婚約をはきしゅりゅ」
噛んだ。
再度カットの合図が出される。ちなみに監督は、ファンクラブ会長のキーン男爵令息です。
アレクシス様、ガチガチですね。リハーサルの時は気の進まない様子ながらもしっかりとお芝居されていたのですが。
わたくしとファンクラブの皆様は、アリス様に全面協力することで合意した。
アリス様のねらいは、『妖精姫と王子の秘密』の物語の再現そのもの。
アリス様がなぜこのようなことをなさるのか。
はじめからアリス様に悪意があるようには見えなかったのですが、あの物語の二巻の内容を知ったことで、わたくしに不利益なことを考えているわけではないと確信しました。
アリス様に嫌われているわけではない! 大変良かったです。
そこで、少し大胆になったわたくしは、メラニー様やファンクラブの皆様の力を借りて、アリス様の周辺の事情を探った。
アリス様が本当は何をやりたがっていたのか。
注意深くアリス様を見守っていたファンクラブの皆様がいち早くアリス様の目的を看破されたのですが、わたくしには少しばかり信じがたい部分があり、直接アリス様に尋ねてみた。
あの大階段の付近でセバスチャンが見つけた映像石を携えて。
わたくし、ただご協力したいと申し出ただけなのですが……。なぜか映像石をお見せしたらアリス様は意気消沈してしまわれた。
「犯人に証拠品を突き付けてるみたいで、カッコよかったぞ」
なんてセバスチャンが言うのです。ひどいわ。
アレクシス様には、今日はとある方への感謝としてお芝居をするのだとお伝えし、協力してもらえることになった。
わたくしと違って、殿下は噂をあまり気にされていないようだったので、その方面から説得するのは諦めた。お立場上、噂などいちいち気にしていては身が持たないのでしょう。仕方ありません。
「殿下の、ちょっとカッコいいところ見てみたいです。ほら、ファイト! ファイト!」
目をキラキラさせて、固まってしまったアレクシス様を励ましているアリス様を見れば、良かったとも思えますが。
そもそも、アリス様ご自身もここまで衆目を集めての大ごとにするつもりはなかったはず。
これまでも、ちょっぴりお話になぞらえただけで満足なさっていたのですから。
だから、生徒会の皆様や、ファンクラブの方々にご協力をいただいて大々的にお芝居にしたのは、わたくしの方の都合。
アリス様のお芝居に乗じて、不穏な噂を払拭してしまおうと思ったのだ。
アレクシス様がアリス様と仲良くしていたのも、わたくしがアリス様をいじめていると噂が立ったのも、わたくしたちの間に問題があったからではない。すべてはこの余興のための前準備だったのだと。
少々恥ずかしい思いをするのは仕方がない。
すべてお芝居だった、そういうことにすれば、きっとうっかり噂を信じた方々も、笑って納得してくださるだろう。
「なんだ、この催しのためだったのか。すっかり騙されたよ」
と、そんなふうに。
――ですが。
「本当に、これで良かったのかしら」
ちくりと刺す胸の痛みは、どういう種類のものだろう。
テイク3開始の合図がかかり、今度は順調にお芝居が始まった。
これが終わればまた平穏な日常が始まる。
そう、これは楽しいお芝居だったのです。皆様、お楽しみいただけましたか?
そう笑って終わらせるつもりだったのです。
ですが――やっぱり許せませんわ。
「――ですが、これだけは覚えておいてくださいまし。このままで済ませると思ったら、大間違いですわ」
わたくしは台本にない一言を、付け加えた。
わたくしがホールから立ち去ろうとすると、扉の向こうから駆け足の音が聞こえてきた。
セバスチャンが小さく悲鳴を上げて、わたくしの後ろに隠れた。
わたくしの護衛だというのに、困ったことです。
この断罪劇が円滑に進むよう、生徒会の皆様を買収……いえ、ご協力をお願いしておりました。
生徒会は優秀な平民の方々が中心になって運営をされています。仕事のできる彼らですが、貴族とは異なり少々資金の調達まわりが苦手なご様子。
生徒会室にあるのは、数世代前の骨董品のような備品ばかりで、非常にご苦労をなさっていました。
そこで少々、公爵家の方から学園あてに備品の寄付をさせていただいた次第です。
木箱に山盛りの映像石を目の前に、ロロ様などは目をキラキラさせていらっしゃいましたね。
随分と感謝されてしまいました。
それで生徒会役員の皆様に、この断罪劇が終わるまではと、あの方の引き止めをお願いしていたのですが。
リテイクに少々時間がかかりましたから、仕方がないでしょう。
撮れ高は悪くありません。
「アーーーリーーースーーー!!!」
扉が開き、一人の少女が肩を怒らせて立っておりました。
ストロベリーブロンドの髪に、深海の青い瞳。その美貌から、花の妖精と称される令嬢。
ジェローム子爵令嬢、二コラ様だ。
そう、この方がアレクシス様のお気持ちが向いていると噂されていた令嬢だ。
アレクシス様の乳兄妹で、飛び抜けた魔力と愛らしく美しい容貌をお持ちの。
「アリス! これは一体どういうことなの!?」
つかつかとアレクシス様の側に歩み寄り、その腕に抱かれるアリス様を睨みつけるニコラ様。
「あら、お姉様ったら、もう居らしたの」
どこか得意げにツンと上を向くアリス様。そんな姿もお可愛らしいです。
「誰が『お姉様』ですって!」
怒りを募らせるニコラ様に、セバスチャンがヒッ、と声を上げてわたくしの背中に隠れた。
「ちょっと、ジェローム子爵令嬢に説明してくれたんじゃなかったの?」
ロロ様が、ニコラ様の後から息を切らして走ってきた生徒会役員の方に聞く。
「説明してたよ! してたんだけど、オーデリア様に、アリスちゃんが迷惑かけてたって知って、怒りで暴走しちゃったんだよ!」
泣きそうな声でおっしゃった。
「聞いたわよ! あなたが妙なお芝居をするから、あのおかしな噂が拗れて、オーデリア様が誤解を解くために動いてくださったって!」
「妙なお芝居だなんて。わたし以上にヒロインに似合う子なんかいないわ。だってわたし、とってもかわいいんだもの」
ふふん、と鼻を鳴らすアリス様。
「配役の話をしてるんじゃないわよーー!」
頭を抱えるニコラ様。
「わかってるわ。本当はお姉様が主役をやりたかったのに、わたしが取っちゃったから悔しがってるのね。残念だったわね。ヒロインのモデルはお姉様なのに」
「は? わたしがモデルってまさか……? いやそれより、なんでさっきからあなた、わたしのことをお姉様って呼んでくるの?」
「だってその方がヒロインらしいでしょう? 今日のわたしはジェローム子爵令嬢アリス。王子様に見初められたヒロインなの!」
そう言ってくるりと回って見せた。
うーん、確かにヒロイン! アレクシス様も口が緩むのを抑えられないご様子。かわいい。
ニコラ様はがっくりと肩を落とした。いつもアリス様はこうなのでしょう。ご苦労が偲ばれます。
「らしいもなにも、あなたはヒロインどころか人でもないし、ハムスターだし、わたしの使い魔でしょーーーー!」
ニコラ様は、泣き声まじりに叫んだ。
「オーデリア、君との公約を破棄する」
「アレクシス様、セリフを間違えています」
カット! の声とともに、撮影担当の生徒会役員、ロロ様が、映像石を止めた。
アレクシス様、公約を破る発言は言い間違いでも少々問題です……。
「すまない、もう一度だ」
再度アレクシス様が居住まいを正すと、ロロ様は映像石を起動した。
「オーデリア・エリントン。君との婚約をはきしゅりゅ」
噛んだ。
再度カットの合図が出される。ちなみに監督は、ファンクラブ会長のキーン男爵令息です。
アレクシス様、ガチガチですね。リハーサルの時は気の進まない様子ながらもしっかりとお芝居されていたのですが。
わたくしとファンクラブの皆様は、アリス様に全面協力することで合意した。
アリス様のねらいは、『妖精姫と王子の秘密』の物語の再現そのもの。
アリス様がなぜこのようなことをなさるのか。
はじめからアリス様に悪意があるようには見えなかったのですが、あの物語の二巻の内容を知ったことで、わたくしに不利益なことを考えているわけではないと確信しました。
アリス様に嫌われているわけではない! 大変良かったです。
そこで、少し大胆になったわたくしは、メラニー様やファンクラブの皆様の力を借りて、アリス様の周辺の事情を探った。
アリス様が本当は何をやりたがっていたのか。
注意深くアリス様を見守っていたファンクラブの皆様がいち早くアリス様の目的を看破されたのですが、わたくしには少しばかり信じがたい部分があり、直接アリス様に尋ねてみた。
あの大階段の付近でセバスチャンが見つけた映像石を携えて。
わたくし、ただご協力したいと申し出ただけなのですが……。なぜか映像石をお見せしたらアリス様は意気消沈してしまわれた。
「犯人に証拠品を突き付けてるみたいで、カッコよかったぞ」
なんてセバスチャンが言うのです。ひどいわ。
アレクシス様には、今日はとある方への感謝としてお芝居をするのだとお伝えし、協力してもらえることになった。
わたくしと違って、殿下は噂をあまり気にされていないようだったので、その方面から説得するのは諦めた。お立場上、噂などいちいち気にしていては身が持たないのでしょう。仕方ありません。
「殿下の、ちょっとカッコいいところ見てみたいです。ほら、ファイト! ファイト!」
目をキラキラさせて、固まってしまったアレクシス様を励ましているアリス様を見れば、良かったとも思えますが。
そもそも、アリス様ご自身もここまで衆目を集めての大ごとにするつもりはなかったはず。
これまでも、ちょっぴりお話になぞらえただけで満足なさっていたのですから。
だから、生徒会の皆様や、ファンクラブの方々にご協力をいただいて大々的にお芝居にしたのは、わたくしの方の都合。
アリス様のお芝居に乗じて、不穏な噂を払拭してしまおうと思ったのだ。
アレクシス様がアリス様と仲良くしていたのも、わたくしがアリス様をいじめていると噂が立ったのも、わたくしたちの間に問題があったからではない。すべてはこの余興のための前準備だったのだと。
少々恥ずかしい思いをするのは仕方がない。
すべてお芝居だった、そういうことにすれば、きっとうっかり噂を信じた方々も、笑って納得してくださるだろう。
「なんだ、この催しのためだったのか。すっかり騙されたよ」
と、そんなふうに。
――ですが。
「本当に、これで良かったのかしら」
ちくりと刺す胸の痛みは、どういう種類のものだろう。
テイク3開始の合図がかかり、今度は順調にお芝居が始まった。
これが終わればまた平穏な日常が始まる。
そう、これは楽しいお芝居だったのです。皆様、お楽しみいただけましたか?
そう笑って終わらせるつもりだったのです。
ですが――やっぱり許せませんわ。
「――ですが、これだけは覚えておいてくださいまし。このままで済ませると思ったら、大間違いですわ」
わたくしは台本にない一言を、付け加えた。
わたくしがホールから立ち去ろうとすると、扉の向こうから駆け足の音が聞こえてきた。
セバスチャンが小さく悲鳴を上げて、わたくしの後ろに隠れた。
わたくしの護衛だというのに、困ったことです。
この断罪劇が円滑に進むよう、生徒会の皆様を買収……いえ、ご協力をお願いしておりました。
生徒会は優秀な平民の方々が中心になって運営をされています。仕事のできる彼らですが、貴族とは異なり少々資金の調達まわりが苦手なご様子。
生徒会室にあるのは、数世代前の骨董品のような備品ばかりで、非常にご苦労をなさっていました。
そこで少々、公爵家の方から学園あてに備品の寄付をさせていただいた次第です。
木箱に山盛りの映像石を目の前に、ロロ様などは目をキラキラさせていらっしゃいましたね。
随分と感謝されてしまいました。
それで生徒会役員の皆様に、この断罪劇が終わるまではと、あの方の引き止めをお願いしていたのですが。
リテイクに少々時間がかかりましたから、仕方がないでしょう。
撮れ高は悪くありません。
「アーーーリーーースーーー!!!」
扉が開き、一人の少女が肩を怒らせて立っておりました。
ストロベリーブロンドの髪に、深海の青い瞳。その美貌から、花の妖精と称される令嬢。
ジェローム子爵令嬢、二コラ様だ。
そう、この方がアレクシス様のお気持ちが向いていると噂されていた令嬢だ。
アレクシス様の乳兄妹で、飛び抜けた魔力と愛らしく美しい容貌をお持ちの。
「アリス! これは一体どういうことなの!?」
つかつかとアレクシス様の側に歩み寄り、その腕に抱かれるアリス様を睨みつけるニコラ様。
「あら、お姉様ったら、もう居らしたの」
どこか得意げにツンと上を向くアリス様。そんな姿もお可愛らしいです。
「誰が『お姉様』ですって!」
怒りを募らせるニコラ様に、セバスチャンがヒッ、と声を上げてわたくしの背中に隠れた。
「ちょっと、ジェローム子爵令嬢に説明してくれたんじゃなかったの?」
ロロ様が、ニコラ様の後から息を切らして走ってきた生徒会役員の方に聞く。
「説明してたよ! してたんだけど、オーデリア様に、アリスちゃんが迷惑かけてたって知って、怒りで暴走しちゃったんだよ!」
泣きそうな声でおっしゃった。
「聞いたわよ! あなたが妙なお芝居をするから、あのおかしな噂が拗れて、オーデリア様が誤解を解くために動いてくださったって!」
「妙なお芝居だなんて。わたし以上にヒロインに似合う子なんかいないわ。だってわたし、とってもかわいいんだもの」
ふふん、と鼻を鳴らすアリス様。
「配役の話をしてるんじゃないわよーー!」
頭を抱えるニコラ様。
「わかってるわ。本当はお姉様が主役をやりたかったのに、わたしが取っちゃったから悔しがってるのね。残念だったわね。ヒロインのモデルはお姉様なのに」
「は? わたしがモデルってまさか……? いやそれより、なんでさっきからあなた、わたしのことをお姉様って呼んでくるの?」
「だってその方がヒロインらしいでしょう? 今日のわたしはジェローム子爵令嬢アリス。王子様に見初められたヒロインなの!」
そう言ってくるりと回って見せた。
うーん、確かにヒロイン! アレクシス様も口が緩むのを抑えられないご様子。かわいい。
ニコラ様はがっくりと肩を落とした。いつもアリス様はこうなのでしょう。ご苦労が偲ばれます。
「らしいもなにも、あなたはヒロインどころか人でもないし、ハムスターだし、わたしの使い魔でしょーーーー!」
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