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31話 選択肢
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うちには、家族を増やす余裕はないのよ。
母はそう言った。帰ってきた母と姉と向かい合い、怯えた風なシノを抱き寄せたまま、ナツは家の中で彼らと向き合った。
「だけど、それでも、一度ぐらいあたしに会わせてくれたって、よかったのに。……シノはあたしを助けるために、薬を持ってきてくれてたのに、礼の一つも言わなかったんだろ。シノは、土下座してたんだ。受け取ってくれって、頭を下げてたんだ」
彼の様子で、全てを察してしまった。母たちがシノの存在に感謝していたのならば、彼は頭を下げ、泥に伏す必要などなかった。家の末娘を想ってくれていることを有り難く感じ、接していたのならば、シノが相手の顔も見られないまま、薬を差し出して俯いているはずがなかったのだ。
ナツの言葉に、姉は肩を落として下を向いたまま、何も言わない。母も強く反論する力などなく、後悔のような言葉を辛うじて紡ぐだけだ。
だからナツも、彼らを頭ごなしに否定することはできなかった。二人は、貧しく、決して楽ではない生活の中で、動けなくなってしまった娘を懸命に看病してくれていたのだ。
しかし、いくら心で彼らを庇い立てしようとも、二人が実際に向けた仕打ちは、こうして孤児院を逃げ出し、ぼろぼろになってやって来たシノに対して、あまりに非礼なものだとナツは思った。
「……その子も、どうして薬を手に入れているのか、分からないのよ」
母がぽつりと零した。
その台詞の意味を解すと、彼らを憎みたくないナツの中にふつふつと怒りが湧き上がる。
「シノはそんなことはしない! 悪いことなんて、するわけがない!」
「だけど、あなたといた時、盗みを働いたこともあったんでしょう」
「それは、死にたくなかったから……どうしても、仕方が無かったんだ……! 飢え死にするほかなかったんだ!」
胸を絞られるような想いで、ナツはシノを振り返った。自分を見上げるシノの、頼りなく真っ黒な瞳を見つめた。祈りを込めて、彼の返事を待った。
そうして、シノは首を横に振った。そんなことなどしていないと、居場所のない彼は崩れそうな足場の上で、弱々しく否定をした。
「母さん、シノは、悪いことなんて何もしてないよ……」
「それでも、本当のことなんて……」
もしも罪を犯した子どもが家を訪ねているのだと他人に知られてしまえば、一層生活は苦しくなる。それを母は案じている。
「万が一、シノが悪いことをしていたとしても、あたしを助けるためにしてくれたんだ。責めることなんて出来やしない。それに、シノは盗みなんてしていない」
ナツは静かに首を振った。彼らの言い分もよく理解できる。シノを家に近づけたくない気持ちも、彼らがナツを助けたいと心から思ってくれていたのも、十二分に分かっている。
二人は、シノのことを知らない。ただそれだけのことだった。彼が持つ愛情も、優しさも、どれほどナツを好いているのかも、知るはずがない。身寄りのない汚れた子どもを、ありのままに受け入れ招く信頼が生まれる時間などなかったのだ。だからナツには、二人を責めることはできなかった。
そうして、ナツは決めた。自分がどちらを選ぶべきなのか、ようやく心は固まってくれた。
母はそう言った。帰ってきた母と姉と向かい合い、怯えた風なシノを抱き寄せたまま、ナツは家の中で彼らと向き合った。
「だけど、それでも、一度ぐらいあたしに会わせてくれたって、よかったのに。……シノはあたしを助けるために、薬を持ってきてくれてたのに、礼の一つも言わなかったんだろ。シノは、土下座してたんだ。受け取ってくれって、頭を下げてたんだ」
彼の様子で、全てを察してしまった。母たちがシノの存在に感謝していたのならば、彼は頭を下げ、泥に伏す必要などなかった。家の末娘を想ってくれていることを有り難く感じ、接していたのならば、シノが相手の顔も見られないまま、薬を差し出して俯いているはずがなかったのだ。
ナツの言葉に、姉は肩を落として下を向いたまま、何も言わない。母も強く反論する力などなく、後悔のような言葉を辛うじて紡ぐだけだ。
だからナツも、彼らを頭ごなしに否定することはできなかった。二人は、貧しく、決して楽ではない生活の中で、動けなくなってしまった娘を懸命に看病してくれていたのだ。
しかし、いくら心で彼らを庇い立てしようとも、二人が実際に向けた仕打ちは、こうして孤児院を逃げ出し、ぼろぼろになってやって来たシノに対して、あまりに非礼なものだとナツは思った。
「……その子も、どうして薬を手に入れているのか、分からないのよ」
母がぽつりと零した。
その台詞の意味を解すと、彼らを憎みたくないナツの中にふつふつと怒りが湧き上がる。
「シノはそんなことはしない! 悪いことなんて、するわけがない!」
「だけど、あなたといた時、盗みを働いたこともあったんでしょう」
「それは、死にたくなかったから……どうしても、仕方が無かったんだ……! 飢え死にするほかなかったんだ!」
胸を絞られるような想いで、ナツはシノを振り返った。自分を見上げるシノの、頼りなく真っ黒な瞳を見つめた。祈りを込めて、彼の返事を待った。
そうして、シノは首を横に振った。そんなことなどしていないと、居場所のない彼は崩れそうな足場の上で、弱々しく否定をした。
「母さん、シノは、悪いことなんて何もしてないよ……」
「それでも、本当のことなんて……」
もしも罪を犯した子どもが家を訪ねているのだと他人に知られてしまえば、一層生活は苦しくなる。それを母は案じている。
「万が一、シノが悪いことをしていたとしても、あたしを助けるためにしてくれたんだ。責めることなんて出来やしない。それに、シノは盗みなんてしていない」
ナツは静かに首を振った。彼らの言い分もよく理解できる。シノを家に近づけたくない気持ちも、彼らがナツを助けたいと心から思ってくれていたのも、十二分に分かっている。
二人は、シノのことを知らない。ただそれだけのことだった。彼が持つ愛情も、優しさも、どれほどナツを好いているのかも、知るはずがない。身寄りのない汚れた子どもを、ありのままに受け入れ招く信頼が生まれる時間などなかったのだ。だからナツには、二人を責めることはできなかった。
そうして、ナツは決めた。自分がどちらを選ぶべきなのか、ようやく心は固まってくれた。
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