流星の徒花

柴野日向

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13章 ほうきぼし

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「随分、懐かしい話しとるねえ」いつもの晩、台拭きを手にした悦子が、元さんたちのつくテーブルを拭きに来た。「もう一年になるんや」感慨深げに言う。
 結局、雨宮翔太の失踪は夜逃げとして世間では処理された。佐々木勝也の事件で若葉町に住みにくくなり、雨宮美沙子の窃盗が完全にとどめを刺した。伯母と共に、もしくは一人で、彼は部屋を捨てて逃げたのだと認識されることになった。
 榎本凛の失踪は、ちょっとした話題にはなった。記憶を失い足を悪くし、遠くに引っ越す予定だった彼女は、春が来る頃にいなくなった。彼女の叔父や叔母は一応彼女を探したが、見つからないと分かるとすぐに諦め、二度と若葉町には戻ってこなくなった。明るく元気な少女の家出を皆が不審がったが、彼女の後遺症について知ると、自分たちには理解しがたい想いがあったのだということにした。
 だが、ここにいる人たちは知っている。翔太と凛は、流れ星に乗って遠い街へ行ったのだ。ひとりとひとりはふたりになり、今も助け合って生きている。
 三人いる作業着姿の一人が、レジの方に視線を向けた。つられて皆がそちらを向く。レジ横には、可愛らしい柴犬の子犬を模した小さなぬいぐるみが飾ってある。
「こんな春の夜だったなあ」
 懐かしげに元さんが言うと、皆がしんみりと黙ってしまった。
 静まり返った空間で、テレビの音だけがやけに遠く聞こえる。今日は長閑な三月の終わり。冬に凍えていたものたちを生き返らせるかのように、昼の日差しは暖かく、夜はうたた寝を誘う優しさに満ちる。
「ほら」そんな中、いち早くその音を聞き取った元さんが言った。
「あいつは言ったんだ。約束するって」
 足音が近づく。ひとりとひとりがふたりになった、迷いのない、彼らの足音。
 戸の前で立ち止まった。その引き戸が、からからと開く。
「おかえり」皆が声をそろえる。
「ただいま」ふたりは笑った。
 穏やかに吹く春の夜風が、紺色のマフラーを揺らしていった。
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