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12章 世界は輝く
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日が暮れると、三月の空気は次第に冷えてくる。
ゆっくりと松葉杖を動かし、凛は遠回りをして帰ることにした。これほど外を歩いたのは久しぶりで、随分と身体は疲れている。だがこれで最後だと思えば、いくら散歩をしても足りない気がする。
通りかかった公園に入り、遊歩道で立ち止まると、あたりを見渡した。遊具のある遊び場に子どもの姿はなく、その向こうのグラウンドで大学生風の数人がボールを蹴っているだけだ。街灯に灯がともり、歩道脇の池の水は黒々としている。
――本当に、さよならなんだ。
今日の終わりが、この町での終わり。そしてそれは、着実に近づいている。
家に帰れば、未練を持っていることに何かと嫌味を言われるのだろう。覚えていないくせに、と叔父が吐き捨てるのを昨日聞いたばかりだ。
ため息を飲み込んで再び歩き出した時、振った杖の先が何かに当たった。
見下ろした先で、左から右に丸いものが転がっていく。何だろうと目を凝らし、それが小さなビー玉であることに気が付いた。どうしてこんなところに。そう思って転がってきた方に視線をやる。
そこには、銀色のアルミの容器が一つだけ置いてあった。杖はこれに当たったようだ。容器には何かがたくさん入っている。そこに杖がぶつかった衝撃で、積まれていたビー玉が転がってしまったらしい。
中に入っているのは、ビー玉、ガラスのおはじき、短いリボンに服のボタン。小さな女の子の好みそうなものがたくさん。かなりの数が、小さな山になっている。
「あ……」小さく開けた口から、声が漏れた。
彼と交わした合図を思い出す。自分が会いたいと思っていることを、相手に知らせる二人だけの合図。
見上げた先には、急な階段。丘の上に続いている。
まさか。そんな――。
凛は段に足をかけた。
左足で段を踏みしめて身体を持ち上げ、右足と杖で次の段を踏む。気持ちが先走り、杖を使う手間が鬱陶しい。薄暗い階段を必死に上る。もし足を踏み外せば更にひどい怪我を負ってしまうが、そんな恐怖さえ湧いてこない。
早く、早く、早く。
疲れた体で杖を使い、一段一段踏みしめる。口から切れ切れの呼吸が漏れ、次第に汗が首筋を伝う。うっかり右足に体重をかけてしまい、嫌な痛みが走る。手すりにしがみつく右腕に力を入れる。階段に伸びる枝葉が顔や身体を擦るが、それを振り払うのももどかしい。
息を切らしながらやっとの思いで、最後の一段を上った。
丘の上は夜空に覆われている。空の下には、星空のような街の灯り。愛しい若葉町の光。
少し先でそれを見つめていた背中が、振り返った。
凛は左足を踏み出し、次に松葉杖を振る。想いがどんどん先に行く。身体が前にのめる。左足で地面を蹴る。松葉杖を放り、右足を踏み出す。足のことなど気にならない。両手を伸ばして、駆け寄る。
彼は、待っていた。毎日毎日合図を送り続け、この丘の上に凛が来るのを、あの日からずっと待っていた。
痛みによろける凛を、彼の腕がしっかりと抱きとめた。
「ごめんなさい!」顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を零す凛は叫ぶ。「ごめんなさい。ごめんなさい……こんなに遅くなって、ごめんなさい!」
「大丈夫」彼は静かに言う。「俺は、信じてたから」紺色のマフラーを巻いた翔太は、優しく笑った。
ゆっくりと松葉杖を動かし、凛は遠回りをして帰ることにした。これほど外を歩いたのは久しぶりで、随分と身体は疲れている。だがこれで最後だと思えば、いくら散歩をしても足りない気がする。
通りかかった公園に入り、遊歩道で立ち止まると、あたりを見渡した。遊具のある遊び場に子どもの姿はなく、その向こうのグラウンドで大学生風の数人がボールを蹴っているだけだ。街灯に灯がともり、歩道脇の池の水は黒々としている。
――本当に、さよならなんだ。
今日の終わりが、この町での終わり。そしてそれは、着実に近づいている。
家に帰れば、未練を持っていることに何かと嫌味を言われるのだろう。覚えていないくせに、と叔父が吐き捨てるのを昨日聞いたばかりだ。
ため息を飲み込んで再び歩き出した時、振った杖の先が何かに当たった。
見下ろした先で、左から右に丸いものが転がっていく。何だろうと目を凝らし、それが小さなビー玉であることに気が付いた。どうしてこんなところに。そう思って転がってきた方に視線をやる。
そこには、銀色のアルミの容器が一つだけ置いてあった。杖はこれに当たったようだ。容器には何かがたくさん入っている。そこに杖がぶつかった衝撃で、積まれていたビー玉が転がってしまったらしい。
中に入っているのは、ビー玉、ガラスのおはじき、短いリボンに服のボタン。小さな女の子の好みそうなものがたくさん。かなりの数が、小さな山になっている。
「あ……」小さく開けた口から、声が漏れた。
彼と交わした合図を思い出す。自分が会いたいと思っていることを、相手に知らせる二人だけの合図。
見上げた先には、急な階段。丘の上に続いている。
まさか。そんな――。
凛は段に足をかけた。
左足で段を踏みしめて身体を持ち上げ、右足と杖で次の段を踏む。気持ちが先走り、杖を使う手間が鬱陶しい。薄暗い階段を必死に上る。もし足を踏み外せば更にひどい怪我を負ってしまうが、そんな恐怖さえ湧いてこない。
早く、早く、早く。
疲れた体で杖を使い、一段一段踏みしめる。口から切れ切れの呼吸が漏れ、次第に汗が首筋を伝う。うっかり右足に体重をかけてしまい、嫌な痛みが走る。手すりにしがみつく右腕に力を入れる。階段に伸びる枝葉が顔や身体を擦るが、それを振り払うのももどかしい。
息を切らしながらやっとの思いで、最後の一段を上った。
丘の上は夜空に覆われている。空の下には、星空のような街の灯り。愛しい若葉町の光。
少し先でそれを見つめていた背中が、振り返った。
凛は左足を踏み出し、次に松葉杖を振る。想いがどんどん先に行く。身体が前にのめる。左足で地面を蹴る。松葉杖を放り、右足を踏み出す。足のことなど気にならない。両手を伸ばして、駆け寄る。
彼は、待っていた。毎日毎日合図を送り続け、この丘の上に凛が来るのを、あの日からずっと待っていた。
痛みによろける凛を、彼の腕がしっかりと抱きとめた。
「ごめんなさい!」顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を零す凛は叫ぶ。「ごめんなさい。ごめんなさい……こんなに遅くなって、ごめんなさい!」
「大丈夫」彼は静かに言う。「俺は、信じてたから」紺色のマフラーを巻いた翔太は、優しく笑った。
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