流星の徒花

柴野日向

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11章 記憶

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「凛ちゃん、寒ない? 大丈夫?」
「大丈夫です」セーターにダウンジャケットを羽織り、マフラーを巻いた凛は言った。「悦子さんは、寒くないですか」
「平気よ。ほんなら、ちょっと出よか」
 悦子は凛を乗せた車椅子を押し、病院の中庭に出た。年が明けてしばらくし、事故から二か月が経った頃、ようやく院内での散歩が許可された。もちろん車椅子を誰かが押してくれる場合だけだったが、それでもひんやりした外の空気は清々しくて気持ちが良い。
 以前の自分が近所の食堂に通っていたことを、見舞いに来る人々に聞かされて凛は知った。そこで出会ったという大人たちも様々な話をしてくれる。今日はこうして、悦子が外に連れ出してくれた。
「今年はよう雪が降るねえ」
 ゆっくりと車椅子を押しながら、悦子が感心する。昼になり止んでいたはずの雪は、三時になると再びちらちらと降り始めていた。
「凛ちゃんの足、はよう良うなるとええね」
「三月になれば退院できそうって、先生は言ってました」
「やったら、暖かくなったらやね。冬の間は冬眠や」
 凛が笑うと、悦子も可笑しそうに笑う。
「でも春になったら、凛ちゃんも引っ越してしまうんやろ」
「叔母さんは、そう言ってました」
「随分寂しゅうなるわ。またいつでも遊びに来てええからな」両脇の花壇が薄く雪をかむる歩道を、ゆっくりと進む。「去年の今頃は、あんなに賑やかやったのになあ」
「その頃、私、何してたんですか」
「いっつもお店閉まるまで、翔ちゃんと受験勉強しよったよ。微笑ましかったわ」
 悦子は、雨宮翔太のことを翔ちゃんと呼んだ。彼女から、自分たちは食堂で初めて出会ったのだと凛は聞かされた。
「翔ちゃん、いまごろ何しよるんやろなあ」悦子は白い息を吐く。「寒い思いしてなかったらええけど」
 その声を聞いていると、胸の奥が締め付けられる思いがする。どこかに消えた雨宮翔太。彼を心配する声に、切なく悲しくなってくる。
「一度だけでも、訪ねとったらって思うんよ」悦子は後悔を口にする。「あんまり顔見んなったけど、きっと学校やバイトが忙しいんやろうって考えてしまったんよなあ」
 あまりの悲痛さに、凛は軽く唇を噛む。すると温かい手が、髪に絡む雪を払った。
「いつでもええから、帰ってきてな」振り向くと、悦子は寂しそうに笑っていた。「凛ちゃんも翔ちゃんも。どうか元気でおってな」
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