42 / 80
7章 夏の海に咲く
1
しおりを挟む
二人は相談して、この関係は他人に隠さないでおくことに決めた。つまりは、巷で言う彼氏と彼女の関係になったこと。今後からかわれた時に嘘をつきたくなかったし、少し恥ずかしいがこれで怪しまれることなく堂々と会話ができるのだ。
「だろうな。見てれば時間の問題ってことはすぐにわかった」
翔太はまず五十川にそのことを話した。恐る恐る口にしたのだが、相手は至極冷静に返事をする。
「あんなに榎本さんがアタックしてたのに。なんとも思わない方がおかしいって」
知り合ってほんの数か月の彼にも、翔太の鈍さは見抜かれていた。
「時間の問題って思ってたんなら、なんで。修も、その、凛に告白したんだろ」
「何度聞いても翔太が否定するからだよ。本気で興味ないのかと思ったからさ、それなら俺にもチャンスがあるかもって思うだろ」
五十川は翔太と違って随分行動力のある生徒だった。
「俺は、その……気付かなくって……」
「幸せもんだよ、翔太は」
一時限目が終わり、生物室から教室に帰る途中、五十川は嘆息した。だがそれに謝罪するのも嫌味に思える。言い淀む翔太に対し、彼は眼鏡の向こうの目でいたずらっぽく笑った。
「榎本さんはいい子だよ。だから、幸せにしろよ。悲しませたら俺が怒るからな」
凛の言う通りだ。五十川は、いいやつだ。
「わかった」
そう思ったから、翔太も頷いて笑い返した。
一学期の期末試験期間、アルバイト先の楠は翔太の学生という身分を気遣って、数日間はシフトを入れないでいてくれた。そのおかげもあってか、翔太はそれなりの順位を取って夏休みを迎えることが出来た。
時間があるのだからバイトに専念しようと翔太は計画していたが、青南高校には夏休みの前半と後半に十日ずつ夏期講習を設けていた。参加は任意だというが、よほどの理由がない限り全ての生徒が登校する、半強制の二十日間だ。それでも午前の講習だけなので、翔太も当然参加した。家でバイトの時間までだらけているよりも、ずっと有意義な時間だ。
前半の最後の講習の日、翔太は凛と五十川と共に中庭で弁当を食べ、話をした。文化部の二人は、そろそろ十一月の文化祭のことを考えなければならないらしい。
「翔太も、荷物運び手伝ってくれよ。男手足りないんだ」
「うんうん。そうしたら、私たちも楽できるしね」
半分本気、半分ふざけて笑い合う時間は、実に楽しい。
やがて教室に荷物を取りに戻り、玄関で五十川と別れた。
今日は珍しく、翔太が凛を放課後に誘っていた。「海を見に行こう」と。しかし八月初旬の午後一時。これから更に暑くなるだろうと、二時間ほど図書室で課題をこなして過ごし、少し日差しが和らいだころに学校を出た。
向こうに見える海を目指してアスファルトを歩きながら、途中に見かけた小さな文房具屋に寄る。目を引いたのは文具ではなく、「アイスクリーム」の旗だ。
バイトをしているなら少しぐらい金を入れろと美沙子に言われ、翔太はやっと稼いだバイト代から一万円を彼女に渡していた。それでも、二百五十円のアイスクリームを買う金は手元に残っている。誰にも気遣う必要なしに口にできるそれは、いっそう美味しく感じられる。
凛のチョコレート味と翔太のバニラ味を一口ずつ交換し、どちらも美味しいと言いながら再び歩き出す。
「暑いねー」
制服の胸元を摘んでぱたぱたとやる凛に頷きながら、翔太は少し残念に思った。
「俺の目が見えてれば、よかったのにな」
「どうして」
「そしたらさ、自転車の二人乗りとか出来たのに。そうすればもっと早く着けるだろ」
彼女が暑いと嘆く時間も短縮できたはずだ。それがなんだか悔しい。
だが、考えた彼女は「そんなことないよ」と言う。「私は、こうして一緒に歩いてるだけで十分嬉しいよ。翔太とのんびり歩いて海まで行くの、去年から憧れてたんだ」
「去年?」
「そう。見学に来た時から」
一年も前から彼女が自分を気にしていたことに、翔太は驚いてしまう。
「来年、一緒に青南高校に通って、放課後に海まで散歩して、たくさん喋って。そんなことが出来たら幸せだなあって、ずっと思ってた」彼女は跳ねるような笑顔を見せる。
「だから今、本当に幸せなの。願ってたことが全部叶っちゃったから。おまけに好き同士になれたし。いいのかな、怖いぐらい幸せ」
少し恥ずかしそうに、凛は翔太の左手を掴んで大きく振る。翔太は何も言えないまま、代わりに彼女の手を強く握りしめた。
「だろうな。見てれば時間の問題ってことはすぐにわかった」
翔太はまず五十川にそのことを話した。恐る恐る口にしたのだが、相手は至極冷静に返事をする。
「あんなに榎本さんがアタックしてたのに。なんとも思わない方がおかしいって」
知り合ってほんの数か月の彼にも、翔太の鈍さは見抜かれていた。
「時間の問題って思ってたんなら、なんで。修も、その、凛に告白したんだろ」
「何度聞いても翔太が否定するからだよ。本気で興味ないのかと思ったからさ、それなら俺にもチャンスがあるかもって思うだろ」
五十川は翔太と違って随分行動力のある生徒だった。
「俺は、その……気付かなくって……」
「幸せもんだよ、翔太は」
一時限目が終わり、生物室から教室に帰る途中、五十川は嘆息した。だがそれに謝罪するのも嫌味に思える。言い淀む翔太に対し、彼は眼鏡の向こうの目でいたずらっぽく笑った。
「榎本さんはいい子だよ。だから、幸せにしろよ。悲しませたら俺が怒るからな」
凛の言う通りだ。五十川は、いいやつだ。
「わかった」
そう思ったから、翔太も頷いて笑い返した。
一学期の期末試験期間、アルバイト先の楠は翔太の学生という身分を気遣って、数日間はシフトを入れないでいてくれた。そのおかげもあってか、翔太はそれなりの順位を取って夏休みを迎えることが出来た。
時間があるのだからバイトに専念しようと翔太は計画していたが、青南高校には夏休みの前半と後半に十日ずつ夏期講習を設けていた。参加は任意だというが、よほどの理由がない限り全ての生徒が登校する、半強制の二十日間だ。それでも午前の講習だけなので、翔太も当然参加した。家でバイトの時間までだらけているよりも、ずっと有意義な時間だ。
前半の最後の講習の日、翔太は凛と五十川と共に中庭で弁当を食べ、話をした。文化部の二人は、そろそろ十一月の文化祭のことを考えなければならないらしい。
「翔太も、荷物運び手伝ってくれよ。男手足りないんだ」
「うんうん。そうしたら、私たちも楽できるしね」
半分本気、半分ふざけて笑い合う時間は、実に楽しい。
やがて教室に荷物を取りに戻り、玄関で五十川と別れた。
今日は珍しく、翔太が凛を放課後に誘っていた。「海を見に行こう」と。しかし八月初旬の午後一時。これから更に暑くなるだろうと、二時間ほど図書室で課題をこなして過ごし、少し日差しが和らいだころに学校を出た。
向こうに見える海を目指してアスファルトを歩きながら、途中に見かけた小さな文房具屋に寄る。目を引いたのは文具ではなく、「アイスクリーム」の旗だ。
バイトをしているなら少しぐらい金を入れろと美沙子に言われ、翔太はやっと稼いだバイト代から一万円を彼女に渡していた。それでも、二百五十円のアイスクリームを買う金は手元に残っている。誰にも気遣う必要なしに口にできるそれは、いっそう美味しく感じられる。
凛のチョコレート味と翔太のバニラ味を一口ずつ交換し、どちらも美味しいと言いながら再び歩き出す。
「暑いねー」
制服の胸元を摘んでぱたぱたとやる凛に頷きながら、翔太は少し残念に思った。
「俺の目が見えてれば、よかったのにな」
「どうして」
「そしたらさ、自転車の二人乗りとか出来たのに。そうすればもっと早く着けるだろ」
彼女が暑いと嘆く時間も短縮できたはずだ。それがなんだか悔しい。
だが、考えた彼女は「そんなことないよ」と言う。「私は、こうして一緒に歩いてるだけで十分嬉しいよ。翔太とのんびり歩いて海まで行くの、去年から憧れてたんだ」
「去年?」
「そう。見学に来た時から」
一年も前から彼女が自分を気にしていたことに、翔太は驚いてしまう。
「来年、一緒に青南高校に通って、放課後に海まで散歩して、たくさん喋って。そんなことが出来たら幸せだなあって、ずっと思ってた」彼女は跳ねるような笑顔を見せる。
「だから今、本当に幸せなの。願ってたことが全部叶っちゃったから。おまけに好き同士になれたし。いいのかな、怖いぐらい幸せ」
少し恥ずかしそうに、凛は翔太の左手を掴んで大きく振る。翔太は何も言えないまま、代わりに彼女の手を強く握りしめた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
カンナの選択
にゃあ
ライト文芸
サクッと読めると思います。お暇な時にどうぞ。
★ある特別な荷物の配達員であるカンナ。
日々の仕事にカンナは憂鬱を抱えている。
理不尽な社会に押し潰される小さな命を助けたいとの思いが強いのだ。
上司はそんなカンナを優しく見守ってくれているが、ルールだけは破るなと戒める。
しかし、カンナはある日規約を破ってしまい、獄に繋がれてしまう。
果たしてカンナの選択は?
表紙絵はノーコピーライトガール様よりお借りしました。
素敵なイラストがたくさんあります。
https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
演じる家族
ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。
大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。
だが、彼女は甦った。
未来の双子の姉、春子として。
未来には、おばあちゃんがいない。
それが永野家の、ルールだ。
【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。
https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

金字塔の夏
阿波野治
ライト文芸
中学一年生のナツキは、一学期の終業式があった日の放課後、駅ビルの屋上から眺めた景色の中に一基のピラミッドを発見する。親友のチグサとともにピラミッドを見に行くことにしたが、様々な困難が二人の前に立ちはだかる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる