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終章 雨、時々こんぺいとう
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勉強もそこそこに、私は茶太郎を抱っこしてベッドに座ったまま、スマホで結々と話していた。とんとんと、夜の雨が屋根を叩く音が聞こえる。だけど彼女の声はそれに負けないほど明るくて楽しげだ。合同で作品を制作している他校の男の子といい感じになっているらしい。一年前はあんなに拗ねていたのに。
茶太郎がもぞもぞと私の腕の中で動いて、長電話を察した結々が話を切り上げた。ここで長話をしなくても、明日には一緒に遊びに行く約束をしている。それでも話すことがあるんだから、やっぱり私たちは馬の合う仲良しだ。
ようやく通話を切って、私は茶太郎をベッドの上に解放した。ぶるぶると身体を振って尻尾を左右に揺らす愛犬の頭を撫でてやる。そろそろ私も課題を済ませてお風呂に入らないといけない。外から家族が帰ってくる音を聞きつけて茶太郎が部屋を出ていくのを見送り、ドアを閉めて机に向かった。
夜の雨音は穏やかで、うっかりすると眠ってしまいそうになる。眠気に負けてたまるかと、数学の参考書を開いた。
その時、不思議な音が耳に届いた。
こん、こん。からから。
固いものが落ちて転がる音。鳥が屋根に石でも落としたんだろうか。そう思う端で、いつの間にか雨音ではなく、変わった物音が鳴っているのに気が付いた。
この音には、聞き覚えがある。
窓辺に駆け寄って、カーテンを開けた。
ベランダの小ビンの中に、桃色の金平糖が一粒入っていた。
部屋を飛び出して階段を駆け下りる。同時に、窓の外を見て驚く両親の声が聞こえてきた。今日のふたご座流星群の中継を流しているテレビの音声も。
「いってきます!」
靴を引っ掛けて、私は家を後にした。
いつもの通学路を駆けている間にも、金平糖は次々と空から降ってくる。黄色、白、青、様々な色をした星の粒が、流星のように空を流れて雨のように地面を叩く。
最終バスに飛び乗った。乗客たちは驚いて、一年ぶりの金平糖の雨に目を丸くしている。傘をさそうか迷っている人や、スマホを構えて写真を撮っている人たちが、窓の外に見える。
「どうなってるんだ、いったい」
近くのサラリーマンが呟いた。だけど、私は知っている。この雨を一体誰が降らせているのかを。
図書館前で停車したバスから飛び降りて、私は懸命に走る。冷えた夜の空気が頬を撫で、白い吐息が後ろへ流れていく。
足元を見て、思わず声をあげた。
「ぷち!」
あれから、一度も姿を見なかったぷちが、私のそばを走っていた。どれだけ探しても、ぷちは私の前に現れなかった。この一年間、どこでどうしていたんだろう。毛皮は少し汚れていたけど、今は元気な姿で一目散に駆けている。私を見上げて、一度だけ「にゃん」と鳴いた。懐かしい声だった。
最後の交差点を渡って、全く訪れることのなくなったわかば公園に駆け込む。金平糖の雨はやまない。傘はいらない。息を切らして、私とぷちは懐かしい光景の中をひたすらに走る。まるでこの一年という時間が逆回りしているみたい。
そして、私たちは足を止めた。
ずっと待っていた。ずっとずっと、待っていた。
世界一の雨男。強くて儚くて優しくて、誰より大切でかけがえのない人。
金平糖の降る星空を見上げる背中が、私たちを振り向いた。
「あさひ……」
私は彼の名前を呼ぶ。祈るような名前を、何度でも呼びたい名前を。
ぷちが彼の元に駆け寄った。ずっと彼を待ち続けていたこの子も、今はその名を叫んでいるに違いない。
ぷちを抱き上げて頬を寄せ、愛しい笑顔と共に、その瞳が私を映した。懐かしい彼の声が、私の名前を優しくなぞった。
雨、時々こんぺいとう。不思議で穏やかな夜の公園に、最後の涙は零れて消えていった。
茶太郎がもぞもぞと私の腕の中で動いて、長電話を察した結々が話を切り上げた。ここで長話をしなくても、明日には一緒に遊びに行く約束をしている。それでも話すことがあるんだから、やっぱり私たちは馬の合う仲良しだ。
ようやく通話を切って、私は茶太郎をベッドの上に解放した。ぶるぶると身体を振って尻尾を左右に揺らす愛犬の頭を撫でてやる。そろそろ私も課題を済ませてお風呂に入らないといけない。外から家族が帰ってくる音を聞きつけて茶太郎が部屋を出ていくのを見送り、ドアを閉めて机に向かった。
夜の雨音は穏やかで、うっかりすると眠ってしまいそうになる。眠気に負けてたまるかと、数学の参考書を開いた。
その時、不思議な音が耳に届いた。
こん、こん。からから。
固いものが落ちて転がる音。鳥が屋根に石でも落としたんだろうか。そう思う端で、いつの間にか雨音ではなく、変わった物音が鳴っているのに気が付いた。
この音には、聞き覚えがある。
窓辺に駆け寄って、カーテンを開けた。
ベランダの小ビンの中に、桃色の金平糖が一粒入っていた。
部屋を飛び出して階段を駆け下りる。同時に、窓の外を見て驚く両親の声が聞こえてきた。今日のふたご座流星群の中継を流しているテレビの音声も。
「いってきます!」
靴を引っ掛けて、私は家を後にした。
いつもの通学路を駆けている間にも、金平糖は次々と空から降ってくる。黄色、白、青、様々な色をした星の粒が、流星のように空を流れて雨のように地面を叩く。
最終バスに飛び乗った。乗客たちは驚いて、一年ぶりの金平糖の雨に目を丸くしている。傘をさそうか迷っている人や、スマホを構えて写真を撮っている人たちが、窓の外に見える。
「どうなってるんだ、いったい」
近くのサラリーマンが呟いた。だけど、私は知っている。この雨を一体誰が降らせているのかを。
図書館前で停車したバスから飛び降りて、私は懸命に走る。冷えた夜の空気が頬を撫で、白い吐息が後ろへ流れていく。
足元を見て、思わず声をあげた。
「ぷち!」
あれから、一度も姿を見なかったぷちが、私のそばを走っていた。どれだけ探しても、ぷちは私の前に現れなかった。この一年間、どこでどうしていたんだろう。毛皮は少し汚れていたけど、今は元気な姿で一目散に駆けている。私を見上げて、一度だけ「にゃん」と鳴いた。懐かしい声だった。
最後の交差点を渡って、全く訪れることのなくなったわかば公園に駆け込む。金平糖の雨はやまない。傘はいらない。息を切らして、私とぷちは懐かしい光景の中をひたすらに走る。まるでこの一年という時間が逆回りしているみたい。
そして、私たちは足を止めた。
ずっと待っていた。ずっとずっと、待っていた。
世界一の雨男。強くて儚くて優しくて、誰より大切でかけがえのない人。
金平糖の降る星空を見上げる背中が、私たちを振り向いた。
「あさひ……」
私は彼の名前を呼ぶ。祈るような名前を、何度でも呼びたい名前を。
ぷちが彼の元に駆け寄った。ずっと彼を待ち続けていたこの子も、今はその名を叫んでいるに違いない。
ぷちを抱き上げて頬を寄せ、愛しい笑顔と共に、その瞳が私を映した。懐かしい彼の声が、私の名前を優しくなぞった。
雨、時々こんぺいとう。不思議で穏やかな夜の公園に、最後の涙は零れて消えていった。
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