影の消えた夏

柴野日向

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6章 ケガレ

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 船の甲板で目を覚ますと、まだ遠くに見慣れた島は見えていた。
 だが、次第に島は陽炎のように揺らめき、瞬きを繰り返すうちに、跡形もなく消え去っていった。残るのは青い海だけで、そこに島があった痕跡など、一つも残ってはいなかった。
 すっかり人の姿を取り戻した陽向に千宙と祐司が語るには、割れた真っ黒な地面に陽向が飲まれてからしばらくの後、影が浜辺に現れたとのことだった。紛れもない陽向の影は、少しだけ妖たちとやり取りをした後、気を失ってしまった。そして船の上で黒が剥がれるように、徐々に人の姿を取り戻したのだという。
 ぼんやりしながら二人の話を聞いていたが、意識がはっきりしてくると同時に、慌てて自分の身体にあちこち触れてみた。いつもと変わらない、生まれた時から付き合いのある身体だ。ケガレに喰われて影になったというのに、今は何の異変もない。
 港につくと、武藤が教えてくれた。
 ケガレに喰われた陽向が妖となった姿が、あの真っ黒な影だったのだ。ケガレと人間の半分ずつ入り混じった妖だ。
「じゃあ、なんで、ケガレが消えても俺は残ってるんだ……」
 まさかケガレは消えていないのでは。青ざめる陽向に、武藤は煙草を吸いながら続ける。
 ケガレの一部である限り、ケガレが消えれば共に消える。だから、島の妖たちは、陽向に自分の人間としての魂を分け与え、代わりにケガレを引き取ったのだ。
「誰か、そんな風なことを言ってなかったか」
 武藤に言われ、凪の言葉を思い出す。陽向の分を、俺たちが全部持っていく――。
「じゃあ……皆はもう、消えちゃったんだ」
「阿呆か。ちゃんと話を聞け。あいつらは半分をおまえに分けていったんだ。つまり、おまえの中であいつらは生きてるってことだぞ」
 煙草を持っていない反対の左手で、軽く陽向の胸元を叩く。思わずそこを抑えて、陽向は思い出した。凪が手のひらを押し付けた時、温もりを感じたこと。あの時に彼らの魂が流し込まれ、同時に助けられたのだ。
「せっかく助かったってえのに、辛気臭い面すんな」
 武藤が背を向けて桟橋を歩き出す。咄嗟に陽向はその背を呼び止めた。
「武藤さんは、これからどうするんですか」
 立ち止まり、こちらを振り向いた武藤はキャップを脱ぎ、ガシガシと頭をかく。「さあ、どうっすっかねえ」
「もう、暝島には行けないんですよね」
「あたぼうよ。ない場所には行けねえ。……まあ、なんとかやるさ」
 再び背を向け、ひらひらと手を振って老人は歩き出す。
 隣で千宙があっと声をあげたので、陽向も彼女の視線を目で辿った。
 桟橋に伸びる武藤の影が動いている。それは身体とは全く異なる動きでくねり、大きな身体に鋭い爪を持った熊のような姿を見せると、息を呑む間にしゅるしゅると小さくなって消えていった。
 顔を上げると、老人の姿は港から綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
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