影の消えた夏

柴野日向

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6章 ケガレ

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 徐々に目が覚めていく。ぼんやりとした視界は真っ青で、ところどころに柔らかそうな白が浮いている。
 指先に砂の感触があった。頭を動かすと、自分の名前を大声で呼ぶ千宙がいた。涙に濡れた顔だ。
「陽向、陽向! 目、覚めたの?」
 口を開いて返事をしたつもりが、何も音が出てこない。同じように名前を呼ぶ声に反対側を向くと、そこには祐司の顔があった。狼狽と安堵を混ぜこぜにした表情だ。
 身体に力が入らない。頭の芯が抜けてしまったようにぼうっとする。
 祐司に支えられ半身を起こしたが、そこにいつもの身体はなかった。身体の線を形どる真っ黒な影があるだけだった。見下ろす胸も腰も足も腕も、全てが真っ黒の影だった。
 懐かしい声に顔を上げる。砂浜に凪がいる。見慣れた妖たちがいる。中から小夜が駆け出し、抱き着いてきた。
「ひなただよね。おかえりなさい」
 全く怖がる素振りのない彼を抱き返したいが、力が出ない。そばに膝をついて彼の肩を抱く律が、「おかえり」と言う。彼女の顔を涙が伝い、頬に光の筋ができた。
 そのまま、彼女の姿は淡い光を放った。小夜も、他の妖たちも。言葉にならない鳴き声が聞こえて見上げると、こんもり茂る山の向こうから、黒い影が空に向かって煙のように舞い上がっている。
 円を描くように妖たちに囲まれ、光に包まれた。
「おかえり、陽向。本当によくやってくれた」
 地面に膝をつく凪の手が、砂に落ちた真っ黒な手を両手で握った。それはケガレの中で最後に聞いたのと、全く同じ声だった。
「俺たちは、全部思い出したよ。陽向のおかげで、人だったころの記憶を取り戻すことができたんだ」
 そうか、よかった。安堵のおかげか、意識まで消えてしまいそうになる。なんとかそれを保っていると、彼の仄かに輝く手のひらが、そっと頭を撫でた。
「陽向の分を、俺たちが全部持っていく。代わりに、俺たちの半分をきみの中に置いていく。だから消えることはない。これからは、ずっと一緒だ」
 そっと、彼の手のひらが胸元に押し当てられた。真っ黒な身体が温もりで満たされる。みんなが自分を呼ぶ声が聞こえる。陽向、ひなた。
 ここにいるよと返しながら、ゆっくりと意識を手放した。
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