影の消えた夏

柴野日向

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6章 ケガレ

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 不思議な気分だった。
 随分と近い存在に感じ始めていた彼らに騙されるのは、辛く悲しく怒りを覚えるはずの事柄で、特に悲しみは胸を裂いていた。
 だが、凪の口から全てを聞き終えた頃には、一種の安堵が心の中に満ちていた。全ての辻褄が合った。この出会いは偶然ではなく、作為的な必然だった。神志名陽向とケガレと暝島。全ての繋がりを理解したことには充足感さえある。
「俺は、信じてるよ、凪の言ったこと。みんなは、俺の無事を祈ってくれてる。俺の味方だって」
 見渡すと、妖たちが頷いた。二十人の島民は、こちらをしっかり見つめている。彼らの顔を見て、陽向は決意した。
「だから俺は行くよ。ケガレのところに」
 一気に場がざわついた。両側の祐司と千宙も驚きの表情を見せる。正面の凪でさえ、「どういう意味だ」と困惑の顔をする。
「みんなは、嘗てケガレを消滅させるため、俺を呼び寄せた。ケガレがいなくなることがみんなの願いなら、俺は叶えたい」
「馬鹿言うな!」白樫の野太い大声。「次にケガレに近づけば、どうなるかわかってるんだろうな」
「どうなるかは、わからないよ。初めてのことだから」
「十中八九死ぬぞ! ケガレが消えれば、おまえは妖に成り代わることもないぞ」
「陽向、ちゃんと考えなよ。凪の言ったことを信じてるんでしょ。あたしたちは、誰も陽向を死なせたくないんだよ」
 そばに来て膝をついた律が肩に手を置く。動揺した姿の悲痛さに胸が痛むが、覚悟は変わらない。
「みんなは、一度、消える覚悟をしたんだよね。むしろ、それを望んでいたはずだ」
 正面の凪を見つめる。妖たちも口を噤み、彼にじっと視線を向ける。
「……ああ」
 凪が頷くと、島民たちは一斉に彼の名を呼んだ。非難の音に聞こえるその声を、凪の言葉が遮る。
「俺たちは、確かに覚悟していた。ケガレはいつまでも犠牲を出し続け、暝島は永遠に夢現ゆめうつつの中に存在する。恐らくこの島そのものが、ケガレなんだ。それを終わりにすることが、俺たちの嘗ての望みだった」
 凪の声が思い詰めたように、微かに震える。さとりの彼は、わかっていた。陽向の覚悟の大きさ、その意思の揺ぎ無さを。何をどう言われようと、陽向は実行するつもりなのだと。
「けれど、陽向は俺たちの思いを覆すほどの人間だった。全員が望みを捨て……いや、望みをきみの無事に変えるほどに、良き住人だった」
 誰かがすすり泣く声がする。陽向は膝に置いた手をきつく握りしめる。この選択は間違っていると、泣き声に揺さぶられる。今はもう、こんなに悲しむ人がいるのに。
「俺も、みんなが大好きだよ。ずっと一緒にいたい」
 だが、自分は陽向であると共に、神志名の人間なのだ。
「それでも、ケガレを消すことができるのは、一人しかいないんだ。これ以上、誰かがケガレの犠牲になるのを止めないといけない」
 逃げ出したとしても、そう遠くない内にケガレが襲ってくるだろう。それまでに、知らない人が喰われてしまうかもしれない。それなら今ここで、全てを終わらせるべきなのだ。
 凪が微笑を浮かべた。いつもの穏やかな顔で、一度深く頷いた。
「俺たちも、きみのことが大好きだ。だから、きみの意見を尊重する」
 陽向も彼の目を見て頷き返した。
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