影の消えた夏

柴野日向

文字の大きさ
上 下
26 / 51
4章 記憶の行き先

しおりを挟む
「ねえねえ、ひなた。なにしてるの」
 昼食を終え、部屋で座卓にノートを広げる日向に小夜が尋ねた。陽向のへその高さまでの身長しかない彼は、そばに膝を折ってノートを覗き込んでいる。「記憶」という漢字が、彼にはまだ読めなかった。
 スミレがいなくなってから、陽向は妖たちのことを考えた。彼らを少しでも幸福にする方法として思いついたのが、記憶を取り戻すというものだった。
「小夜は、人間だった時のこと、思い出したい?」
 反対に問いかけると、彼は黒い耳をぴくぴく動かし、意味を考えている。
「この島に来る前、何をしてたとか、思い出してみたい?」
 うーんと声を出す小夜には、質問の意味がよくわからないらしい。まだミートソースがこびりついている口元を、陽向は指先で拭ってやった。
「何してるの。小夜くん困らせてたら許さないよ」
 暇を持て余した律が、ずかずかと縁側から部屋に入ってくる。ノートを覗き込み、「記憶」と言葉を口に出した。
「律はさ、人間だったころのこと、思い出したいとか思う」
「なに、いきなり」
「いや、もしかしたら思い出す方法がどこかにあるかもしれないと思って」
 はー、と律は大きなため息をついた。「また陽向は変なことやってるねえ」
「で、どうなんだよ」
「まあ思い出せたなら面白いかな。万が一出来たらの話だけど」
 隣にあぐらをかいて座り、小夜を抱き寄せてその中に入れた。彼女はすっかり彼が気に入ったらしい。彼も律の狐耳を「おそろい」と言って喜んでいる。
「もし、二人が実は姉弟とかだったら面白いのにな」
「あー、それいいかも! 年の離れた姉弟とか。そんな事実だったら大歓迎だわ」
 すっかり気をよくした律は、「ねー」と膝の中の小夜に呼びかけている。目をぱちくりさせながら、小夜も「ねー」と同じ風に言って笑顔を見せた。

「記憶の行き先、か」
 凪にも相談を持ち掛けたが、彼も心当たりがないようだった。
「考えたことがないわけじゃないが、ケガレに喰われてお終いだと思ってたからな。身体と一緒に消え去ってるんだと信じてたけど」
「本当に、記憶も消えたのかな。身体が消えても魂は残るんだろ。なんとなく、記憶は魂の方にくっついてるような気がする」
 店からの夕刻の帰り道、凪は隣を歩きながら腕を組んで考えていたが、結局は「わからない」と肩をすくめた。
「肉体と一緒に消えたのか。そうでなければ俺たちの中に残ってて、どうにかすれば戻せるのかもしれないな」
「もし戻せたら、みんなは喜ぶかな」
「どうかな……。俺は、人間の頃のことに興味はあるけど」
 妖として島で生きることを決めた島民に、記憶を取り戻させるのは却って迷惑なのではないか。陽向の悩みを聞き、彼は目を見張った後に微笑を浮かべた。
「思い出すことを良しとするかは、人によるとしか言えない。けど、選択肢が増えるのはいいことかもな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あなたと私のウソ

コハラ
ライト文芸
予備校に通う高3の佐々木理桜(18)は担任の秋川(30)のお説教が嫌で、余命半年だとウソをつく。秋川は実は俺も余命半年だと打ち明ける。しかし、それは秋川のついたウソだと知り、理桜は秋川を困らせる為に余命半年のふりをする事になり……。 ―――――― 表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

処理中です...