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4章 記憶の行き先
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夜が明け、時間が空いた午後、陽向は山の図書館に向かった。入道雲が真っ青な空にもくもくと湧き、木の幹にへばりつく蝉がミンミンと喚いている。額の汗を腕で拭いつつ、図書館の扉を押し開けた。
ひんやりと涼しい館内に足を踏み入れ、受付の前を通り過ぎる。挨拶をしようと思ったが、スミレの姿が見つからない。どこかの棚で本の整理をしているのかもしれない。地下に書庫があると言っていたから、そちらだろうか。ただの客に過ぎない自分が無断で探るのも無作法なので、適当に本棚から抜いた本を手にカウンター席へ向かった。正面の窓から、青く広々とした海原が見える。ため息が出るほど美しい光景にしばらく見惚れてから、ぺらぺらと本のページをめくった。世界の昔話を綴った短編集で、分厚い一冊だったが、すっかり入り込んでしまう。
気が付くと、海の上の空にはほんのりと朱がさしていた。傾いた太陽が、足湯のように海に入りかけている。随分長居をしてしまった。
集中していたせいか、自分が立てる物音以外は聞こえてこなかった。館内には足音もなく、誰も訪れなかったように思う。本を戻しつつ本棚の列をちらちらと覗いたが、スミレの姿は見当たらなかった。
家に戻り食卓を囲んでいると、ふと律が言った。
「陽向、今日図書館行くって言ってたよね」
「うん」
「スミレ見かけた?」
彼女の質問に嫌な予感が込み上げる。「いや、見てない」
律が眉根を寄せて凪の方を見た。彼も難しい顔をして頷く。
「どうしたの。スミレさん、もしかして……」
「今朝、店に来たんだ。その後、図書館に戻るって言ってたんだけど……行き違いになったのかもしれない」
「行き違いって、俺、昼から夕方までいたけど、誰もいなかったと思う。書庫とか、そういう所にいたらわからないけど」
早々と食事を終え、陽向は凪と他の住民の元へ向かうこととなった。律も行きたがったが、不安げな小夜を残すわけにいかなかったので、玄関先で二人とは別れた。
スミレが島の中で行方不明になった。その話はあっという間に島内に広がり、総出での捜索となった。
「彼女以外だったら、壬春が書庫の予備の鍵を持っているはずだ」
スミレの次に図書館に詳しい壬春を交え、三人で再び図書館に向かう。決して歩きやすいとはいえない暗い山道を、風のように壬春が駆けて行き、陽向と凪は追いつくので精いっぱいだった。送り狼の力だろうと、陽向は思った。
二人で道を上り切った時には、図書館の扉は開かれ、壬春の姿はなかった。窓から煌々と灯りが漏れている。凪と頷き合い、図書館に入った。
「スミレは」
凪が尋ねると、奥から出てきた壬春が首を横に振る。
「一階にはいない」
彼は鍵束を握りしめている。受付カウンターの奥には下に続く階段があり、扉が閉ざされていた。鍵の一つで扉を開き、真っ暗な中に向けて壬春がスミレを呼んだ。
「スミレ、どこだ!」
彼の声は暗闇に吸い込まれ、返事はない。明かりを点けると、埃っぽい中に本棚がずらりと並び、整然と本が詰め込まれているのが見えた。三人で手分けをして探したが、人影どころか鼠一匹そこにはいなかった。
壬春の持っている鍵で二階の部屋も探索した。そこはスミレの居住空間だが、しのごの言ってはいられない。綺麗に片付いた部屋には探せる場所も少なく、机の引き出しからベッドの下まで探したが、やはり彼女の姿も手がかりも見当たらなかった。
彼女は生活の大半を図書館で送っている。外出していたとしても、ほとんどが山で構成されている島内では、生活空間そのものが決して広くはない。陽向も外に出てスミレの名を声いっぱい叫んで探したが、返事はどこからも聞こえてこなかった。
深夜に一度帰宅し、夜が明けてから再び探したが、誰一人スミレを見つけることはできなかった。
もしかして、何らかの用事で山深くにわけ入り、戻ってこられなくなったのでは。陽向には焦りが募る。しかし、海鳥に集まった十人程の島民には諦めの空気が漂っていた。今日一日探して見つからなければ、捜索は打ち切りだという。彼女は島の一員なのに、あまりに冷たくはないだろうか。
「もっと、島の裏側まで探しに行こう。もしかしたら、ケガレに襲われたのかもしれない」
「ケガレは、妖を襲ったりはしないんだ。そもそも俺たちが、妖の一部だからな」
座敷で凪が言うが、だからといって引き下がることはできない。
「ケガレについて分からないことが多いんだろ。俺の時みたいに、襲われてどこかで倒れてるかもしれない……」
そんな台詞で食い下がるが、島民たちは賛同せず黙ったままだ。なんでだよ。陽向は口の中で呻いた。スミレの涼やかな笑顔が脳裏に蘇る。つい二日前、街で買った本を手渡した時も、心底嬉しそうな顔を見せてくれた。あんなに優しい彼女を早々に諦めるなんて、どうかしている。
ひんやりと涼しい館内に足を踏み入れ、受付の前を通り過ぎる。挨拶をしようと思ったが、スミレの姿が見つからない。どこかの棚で本の整理をしているのかもしれない。地下に書庫があると言っていたから、そちらだろうか。ただの客に過ぎない自分が無断で探るのも無作法なので、適当に本棚から抜いた本を手にカウンター席へ向かった。正面の窓から、青く広々とした海原が見える。ため息が出るほど美しい光景にしばらく見惚れてから、ぺらぺらと本のページをめくった。世界の昔話を綴った短編集で、分厚い一冊だったが、すっかり入り込んでしまう。
気が付くと、海の上の空にはほんのりと朱がさしていた。傾いた太陽が、足湯のように海に入りかけている。随分長居をしてしまった。
集中していたせいか、自分が立てる物音以外は聞こえてこなかった。館内には足音もなく、誰も訪れなかったように思う。本を戻しつつ本棚の列をちらちらと覗いたが、スミレの姿は見当たらなかった。
家に戻り食卓を囲んでいると、ふと律が言った。
「陽向、今日図書館行くって言ってたよね」
「うん」
「スミレ見かけた?」
彼女の質問に嫌な予感が込み上げる。「いや、見てない」
律が眉根を寄せて凪の方を見た。彼も難しい顔をして頷く。
「どうしたの。スミレさん、もしかして……」
「今朝、店に来たんだ。その後、図書館に戻るって言ってたんだけど……行き違いになったのかもしれない」
「行き違いって、俺、昼から夕方までいたけど、誰もいなかったと思う。書庫とか、そういう所にいたらわからないけど」
早々と食事を終え、陽向は凪と他の住民の元へ向かうこととなった。律も行きたがったが、不安げな小夜を残すわけにいかなかったので、玄関先で二人とは別れた。
スミレが島の中で行方不明になった。その話はあっという間に島内に広がり、総出での捜索となった。
「彼女以外だったら、壬春が書庫の予備の鍵を持っているはずだ」
スミレの次に図書館に詳しい壬春を交え、三人で再び図書館に向かう。決して歩きやすいとはいえない暗い山道を、風のように壬春が駆けて行き、陽向と凪は追いつくので精いっぱいだった。送り狼の力だろうと、陽向は思った。
二人で道を上り切った時には、図書館の扉は開かれ、壬春の姿はなかった。窓から煌々と灯りが漏れている。凪と頷き合い、図書館に入った。
「スミレは」
凪が尋ねると、奥から出てきた壬春が首を横に振る。
「一階にはいない」
彼は鍵束を握りしめている。受付カウンターの奥には下に続く階段があり、扉が閉ざされていた。鍵の一つで扉を開き、真っ暗な中に向けて壬春がスミレを呼んだ。
「スミレ、どこだ!」
彼の声は暗闇に吸い込まれ、返事はない。明かりを点けると、埃っぽい中に本棚がずらりと並び、整然と本が詰め込まれているのが見えた。三人で手分けをして探したが、人影どころか鼠一匹そこにはいなかった。
壬春の持っている鍵で二階の部屋も探索した。そこはスミレの居住空間だが、しのごの言ってはいられない。綺麗に片付いた部屋には探せる場所も少なく、机の引き出しからベッドの下まで探したが、やはり彼女の姿も手がかりも見当たらなかった。
彼女は生活の大半を図書館で送っている。外出していたとしても、ほとんどが山で構成されている島内では、生活空間そのものが決して広くはない。陽向も外に出てスミレの名を声いっぱい叫んで探したが、返事はどこからも聞こえてこなかった。
深夜に一度帰宅し、夜が明けてから再び探したが、誰一人スミレを見つけることはできなかった。
もしかして、何らかの用事で山深くにわけ入り、戻ってこられなくなったのでは。陽向には焦りが募る。しかし、海鳥に集まった十人程の島民には諦めの空気が漂っていた。今日一日探して見つからなければ、捜索は打ち切りだという。彼女は島の一員なのに、あまりに冷たくはないだろうか。
「もっと、島の裏側まで探しに行こう。もしかしたら、ケガレに襲われたのかもしれない」
「ケガレは、妖を襲ったりはしないんだ。そもそも俺たちが、妖の一部だからな」
座敷で凪が言うが、だからといって引き下がることはできない。
「ケガレについて分からないことが多いんだろ。俺の時みたいに、襲われてどこかで倒れてるかもしれない……」
そんな台詞で食い下がるが、島民たちは賛同せず黙ったままだ。なんでだよ。陽向は口の中で呻いた。スミレの涼やかな笑顔が脳裏に蘇る。つい二日前、街で買った本を手渡した時も、心底嬉しそうな顔を見せてくれた。あんなに優しい彼女を早々に諦めるなんて、どうかしている。
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