影の消えた夏

柴野日向

文字の大きさ
上 下
24 / 51
4章 記憶の行き先

しおりを挟む
 夜が明け、時間が空いた午後、陽向は山の図書館に向かった。入道雲が真っ青な空にもくもくと湧き、木の幹にへばりつく蝉がミンミンと喚いている。額の汗を腕で拭いつつ、図書館の扉を押し開けた。
 ひんやりと涼しい館内に足を踏み入れ、受付の前を通り過ぎる。挨拶をしようと思ったが、スミレの姿が見つからない。どこかの棚で本の整理をしているのかもしれない。地下に書庫があると言っていたから、そちらだろうか。ただの客に過ぎない自分が無断で探るのも無作法なので、適当に本棚から抜いた本を手にカウンター席へ向かった。正面の窓から、青く広々とした海原が見える。ため息が出るほど美しい光景にしばらく見惚れてから、ぺらぺらと本のページをめくった。世界の昔話を綴った短編集で、分厚い一冊だったが、すっかり入り込んでしまう。
 気が付くと、海の上の空にはほんのりと朱がさしていた。傾いた太陽が、足湯のように海に入りかけている。随分長居をしてしまった。
 集中していたせいか、自分が立てる物音以外は聞こえてこなかった。館内には足音もなく、誰も訪れなかったように思う。本を戻しつつ本棚の列をちらちらと覗いたが、スミレの姿は見当たらなかった。

 家に戻り食卓を囲んでいると、ふと律が言った。
「陽向、今日図書館行くって言ってたよね」
「うん」
「スミレ見かけた?」
 彼女の質問に嫌な予感が込み上げる。「いや、見てない」
 律が眉根を寄せて凪の方を見た。彼も難しい顔をして頷く。
「どうしたの。スミレさん、もしかして……」
「今朝、店に来たんだ。その後、図書館に戻るって言ってたんだけど……行き違いになったのかもしれない」
「行き違いって、俺、昼から夕方までいたけど、誰もいなかったと思う。書庫とか、そういう所にいたらわからないけど」
 早々と食事を終え、陽向は凪と他の住民の元へ向かうこととなった。律も行きたがったが、不安げな小夜を残すわけにいかなかったので、玄関先で二人とは別れた。
 スミレが島の中で行方不明になった。その話はあっという間に島内に広がり、総出での捜索となった。
「彼女以外だったら、壬春が書庫の予備の鍵を持っているはずだ」
 スミレの次に図書館に詳しい壬春を交え、三人で再び図書館に向かう。決して歩きやすいとはいえない暗い山道を、風のように壬春が駆けて行き、陽向と凪は追いつくので精いっぱいだった。送り狼の力だろうと、陽向は思った。
 二人で道を上り切った時には、図書館の扉は開かれ、壬春の姿はなかった。窓から煌々と灯りが漏れている。凪と頷き合い、図書館に入った。
「スミレは」
 凪が尋ねると、奥から出てきた壬春が首を横に振る。
「一階にはいない」
 彼は鍵束を握りしめている。受付カウンターの奥には下に続く階段があり、扉が閉ざされていた。鍵の一つで扉を開き、真っ暗な中に向けて壬春がスミレを呼んだ。
「スミレ、どこだ!」
 彼の声は暗闇に吸い込まれ、返事はない。明かりを点けると、埃っぽい中に本棚がずらりと並び、整然と本が詰め込まれているのが見えた。三人で手分けをして探したが、人影どころか鼠一匹そこにはいなかった。
 壬春の持っている鍵で二階の部屋も探索した。そこはスミレの居住空間だが、しのごの言ってはいられない。綺麗に片付いた部屋には探せる場所も少なく、机の引き出しからベッドの下まで探したが、やはり彼女の姿も手がかりも見当たらなかった。
 彼女は生活の大半を図書館で送っている。外出していたとしても、ほとんどが山で構成されている島内では、生活空間そのものが決して広くはない。陽向も外に出てスミレの名を声いっぱい叫んで探したが、返事はどこからも聞こえてこなかった。
 深夜に一度帰宅し、夜が明けてから再び探したが、誰一人スミレを見つけることはできなかった。
 もしかして、何らかの用事で山深くにわけ入り、戻ってこられなくなったのでは。陽向には焦りが募る。しかし、海鳥に集まった十人程の島民には諦めの空気が漂っていた。今日一日探して見つからなければ、捜索は打ち切りだという。彼女は島の一員なのに、あまりに冷たくはないだろうか。
「もっと、島の裏側まで探しに行こう。もしかしたら、ケガレに襲われたのかもしれない」
「ケガレは、妖を襲ったりはしないんだ。そもそも俺たちが、妖の一部だからな」
 座敷で凪が言うが、だからといって引き下がることはできない。
「ケガレについて分からないことが多いんだろ。俺の時みたいに、襲われてどこかで倒れてるかもしれない……」
 そんな台詞で食い下がるが、島民たちは賛同せず黙ったままだ。なんでだよ。陽向は口の中で呻いた。スミレの涼やかな笑顔が脳裏に蘇る。つい二日前、街で買った本を手渡した時も、心底嬉しそうな顔を見せてくれた。あんなに優しい彼女を早々に諦めるなんて、どうかしている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あなたと私のウソ

コハラ
ライト文芸
予備校に通う高3の佐々木理桜(18)は担任の秋川(30)のお説教が嫌で、余命半年だとウソをつく。秋川は実は俺も余命半年だと打ち明ける。しかし、それは秋川のついたウソだと知り、理桜は秋川を困らせる為に余命半年のふりをする事になり……。 ―――――― 表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...