なばり屋怪奇譚

柴野日向

文字の大きさ
上 下
37 / 39
3章 待ちて焦がれる

19

しおりを挟む
 一気に病室の空気が張りつめた。学生たちだけでなく彰までも、緊張感に言葉を失う。
「彼は来ない、だから私は成仏する」美咲は鋭い眼差しで彼らを見やる。「それならせめて、一人だけでも連れていく」
「そんなことをしても、意味はないぞ」
「意味? 意味が必要?」
 彰の言葉に、美咲はくすくすと笑い始めた。そこには先ほどまで見せていた儚い少女の面影はなく、相手を憎悪する悪意が身から滲むほどに溢れていた。
「私には感情があるわ。それは理屈じゃどうしようもないの。正論だけじゃ、幽霊は救えない」
 彼女が抱く、おぞましいほどの力を感じる。土地の霊たちがいなくとも、人一人を殺せるだけの力を彼女は持っている。見誤った。彰は焦りを覚える。和泉への想いの強さは、嘗てその連絡手段を奪われた怒りを増幅させた。彼女の言う通り、正論だけで感情は清算できない。そして彼女にはそれを実行するだけの力がある。
「本来、死者と生者は交わるものじゃない。手を出すな」
「だから黙って大人しく成仏しろって? 勝手ね。そいつらが馬鹿なことをした自業自得よ!」
 バン、と大きな音が響いた。開け放していた引き戸が閉まる音だった。悲鳴を上げて渚と彩華が抱き合い、彼女たちを庇うように純希が前に立つ。遼太郎が力任せに取っ手を引っ張るが、ドアはびくともしない。それを見た少女の哄笑が狭い病室の中に響き渡る。
「逃げられない逃げられない、あんたたちは逃げられない!」
 突風が部屋の中を吹き荒れる。あはははと笑う彼女の声がこだまする。
「おい、もうやめろ!」
 彰は叫んだが、最早悪霊と化した彼女は、止められそうになかった。顎が外れそうなほどに大きく口を開け、げらげらと笑い続けている。
「そんなに言うなら、あんたを連れてってあげてもいいのよ」
 いつの間にか、彼女は真っ黒な鋭いナイフを握りしめていた。純粋な悪意の塊。刃先からはぽたりぽたりと黒い雫が垂れている。
「さあ、だれにしようかな?」
 歌うような口ぶり。その顔がぐにゃりと歪んだ。
 それを見て、彩華が床にへたり込む。
 彩華の顔を持つ美咲は、更にそれを変形させた。同時に首から下の姿も、彼女の目の前にいる者たちと同じになる。渚、彩華、純希、遼太郎、そして彰。めまぐるしく変化する彼女の身体は、やがてそれぞれのパーツが入り乱れ、人のものではなくなっていく。ただ変わらないのは、右手に握られたナイフと、少女のけたたましい笑い声。
「下がってろ!」
「へえ、じゃああんたが代わりに死んでくれるんだ」
 四人を壁際まで下がらせる。禍々しい声がそう言ったかと思うと、ルーレットのように変化していた身体は彰のものになった。ドッペルゲンガーの正体。
 突風に目が開けられない。風の向こうに自分がいる。黒いナイフを構え、疾風のように突っ込んでくる。
「あきら!」
 叫び声と共に、突き飛ばされた。倒れると同時に、その光景が目に入った。
 晴斗の胸に、黒いナイフが深々と突き刺さっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美
キャラ文芸
鮎川千咲は短大卒業後も就職が決まらず、学生時代から勤務していたインターネットカフェ『INARI』でアルバイト中。ずっと日勤だった千咲へ、ある日店長から社員登用を条件に夜勤への移動を言い渡される。夜勤には正社員でイケメンの白井がいるが、彼は顔を合わす度に千咲のことを睨みつけてくるから苦手だった。初めての夜勤、自分のことを怖がって涙ぐんでしまった千咲に、白井は誤解を解くために自分の正体を明かし、人外に憑かれやすい千咲へ稲荷神の護符を手渡す。その護符の力で人ならざるモノが視えるようになってしまった千咲。そして、夜な夜な人外と、ちょっと訳ありな人間が訪れてくるネットカフェのお話です。   ★第7回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...