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3章 待ちて焦がれる
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神野辺中央病院。廃病院である植田記念病院よりも一回り大きな総合病院だ。三階の個室で、彰と晴斗は四人の大学生と対面した。
頭を打って意識を失っていた彩華は、その頃には目を覚ましていた。頭と左腕に包帯を巻いた姿で、ベッドの上に起き上がっていた。その傍らには、不安を顔いっぱいに湛えた渚。そして、二人の男子学生。彼らは渚から説明を聞いていたのか驚く様子はなかったが、初対面の男の姿に警戒しているようだった。
「どういうことだよ!」
彰の名前を聞いた途端、男子学生の一人が声を荒げて詰め寄る。髪を明るい茶色に染めた彼が、彩華の恋人である谷川純希だった。
「あんた、彩華を助けてくれるんじゃなかったのかよ!」
「おい、やめろよ」
もう一人の学生が、止めに入る。純希よりも少し背の高い彼が、長谷部遼太郎だ。少し垂れ気味な目元のおかげで落ち着いた印象を受ける。
「祓えるように努力はするっていうだけだ」
「なんだよえらそーに! そんなんなんとでも言えるじゃねえか!」
「書類にはサインさせたぞ」
「そういう問題じゃねえよ!」
「純希!」
彩華が鋭い声で彼を呼ぶ。全員が振り向くと、彼女は深くため息をついた。
「やめてよ、恥ずかしいから」
「そんなこと言ってもよ」
「あたしは平気だから」
彼女に窘められ、純希はようやく口を閉じた。それでも物言いたげに、憮然とした表情をしている。
「で、何があったんだ」
問いかける彰に、渚が説明をする。一緒に大学へ向かっていた道で、前方不注意の車とぶつかったのだ。車道側を歩いていた彩華は怪我を負ったが、幸い渚は無事だった。彩華の怪我も大したことはなく、一日様子を見て異常がなければ明日にでも退院できるらしい。
それでも事故は事故だ。四人は青い顔を見合わせている。
「これって、やっぱり関係あるんすか」神妙な面持ちの遼太郎。「あの、俺らが肝試しに行ったことと」
「あってもおかしくないな。このタイミングじゃな……」
「僕たち、廃病院に行ってたんです。そこで、慰霊碑のお供え物が散らばっていたのを直していました」
晴斗が付け足す。
「お供え物? そんなんあったっけ」
遼太郎が首を傾げ、仲間三人も不思議そうな顔をする。
「あったんだよ。蹴っ飛ばしたんだろうな。それを直して、手を合わせようとしたところに、電話だ」
親指と小指を立てたこぶしを耳に近づけ、電話をかけるポーズを取る。「邪魔してるんだろうな」
「邪魔っていうのは……」
「あんたらが持ち帰ったケータイの持ち主だ」勘付いている渚に頷いた。「そいつは、あの碑に抑えられていた霊たちの力も使って、あんたらを祟ろうとしている。だから、俺たちが慰霊碑を直そうとしたところで、邪魔したんだな」
想像以上に深刻な事態に、学生たちは言葉を失う。
「……一体、そいつは何が目的なんだ。星を怪我させて、満足してはないのか」
「恐らく。最悪の場合、あんたらをつれていくまでちょっかいをかけるかもしれない」
「つれていく……」
遼太郎が絶句した。この場合、連れていかれる先は、あの世である。
白い病室に沈黙が満ちる。
「どうしたらいいの」
渚が悲痛な声で呟いた。「私たち、どうしたら許してもらえるの」
「ケータイも返したんだろ、それならそこまで呪う必要ないだろうが」歯噛みする純希。
「やつらの常識やら価値観は、俺たちには想像できない。それに入院していた患者の霊にとって、ケータイは外界と接触の取れる大事なものだったんだろう。それを奪われて怒るのは当然だ」
「そこをどうにかするのがあんたの仕事だろ!」
「やめなってば!」
彰に食って掛かる純希を、再び彩華が諫めた。ただでさえ体調の悪い彼女の一喝に、純希は口をつぐむ。
「だいたい、肝試しなんて言いだしたのも、ケータイを持って帰ってのもあんたでしょ。なのに人のせいにするなんて、みっともなさすぎじゃない」
「……ごめん」
ため息をついて額を抑える彩華の体調を「大丈夫?」と渚が気遣う。頷く彼女はそれでも青い顔をしている。
「全部俺が悪いんだ。でもどうしようもないうちに、こんなになっちまった」
「別に純希一人のせいじゃないって。俺らも乗っかったんだし」
肩を落とす友人を遼太郎は励ますが、そんな彼も浮かない顔をしている。
「なあ、東雲さん。なんとかならないか。俺ら、なんでもするから」
腕を組み、四人を見て彰は考える。大本のケータイ電話の持ち主を宥める方法。そして、周囲の霊たちに帰ってもらう術。隣に立つ晴斗がこちらを見上げる。何とかするしかない。
「こうなりゃ、直接話すしかないな」
「直接って……幽霊と?」
「ああ」驚く渚に頷いた。「方法は俺が何とかする。けどそん時は、あんたらにも協力してもらう必要がある。いいな」
不安そうな四人だが、命には替えられない。わかったと頷いた。
頭を打って意識を失っていた彩華は、その頃には目を覚ましていた。頭と左腕に包帯を巻いた姿で、ベッドの上に起き上がっていた。その傍らには、不安を顔いっぱいに湛えた渚。そして、二人の男子学生。彼らは渚から説明を聞いていたのか驚く様子はなかったが、初対面の男の姿に警戒しているようだった。
「どういうことだよ!」
彰の名前を聞いた途端、男子学生の一人が声を荒げて詰め寄る。髪を明るい茶色に染めた彼が、彩華の恋人である谷川純希だった。
「あんた、彩華を助けてくれるんじゃなかったのかよ!」
「おい、やめろよ」
もう一人の学生が、止めに入る。純希よりも少し背の高い彼が、長谷部遼太郎だ。少し垂れ気味な目元のおかげで落ち着いた印象を受ける。
「祓えるように努力はするっていうだけだ」
「なんだよえらそーに! そんなんなんとでも言えるじゃねえか!」
「書類にはサインさせたぞ」
「そういう問題じゃねえよ!」
「純希!」
彩華が鋭い声で彼を呼ぶ。全員が振り向くと、彼女は深くため息をついた。
「やめてよ、恥ずかしいから」
「そんなこと言ってもよ」
「あたしは平気だから」
彼女に窘められ、純希はようやく口を閉じた。それでも物言いたげに、憮然とした表情をしている。
「で、何があったんだ」
問いかける彰に、渚が説明をする。一緒に大学へ向かっていた道で、前方不注意の車とぶつかったのだ。車道側を歩いていた彩華は怪我を負ったが、幸い渚は無事だった。彩華の怪我も大したことはなく、一日様子を見て異常がなければ明日にでも退院できるらしい。
それでも事故は事故だ。四人は青い顔を見合わせている。
「これって、やっぱり関係あるんすか」神妙な面持ちの遼太郎。「あの、俺らが肝試しに行ったことと」
「あってもおかしくないな。このタイミングじゃな……」
「僕たち、廃病院に行ってたんです。そこで、慰霊碑のお供え物が散らばっていたのを直していました」
晴斗が付け足す。
「お供え物? そんなんあったっけ」
遼太郎が首を傾げ、仲間三人も不思議そうな顔をする。
「あったんだよ。蹴っ飛ばしたんだろうな。それを直して、手を合わせようとしたところに、電話だ」
親指と小指を立てたこぶしを耳に近づけ、電話をかけるポーズを取る。「邪魔してるんだろうな」
「邪魔っていうのは……」
「あんたらが持ち帰ったケータイの持ち主だ」勘付いている渚に頷いた。「そいつは、あの碑に抑えられていた霊たちの力も使って、あんたらを祟ろうとしている。だから、俺たちが慰霊碑を直そうとしたところで、邪魔したんだな」
想像以上に深刻な事態に、学生たちは言葉を失う。
「……一体、そいつは何が目的なんだ。星を怪我させて、満足してはないのか」
「恐らく。最悪の場合、あんたらをつれていくまでちょっかいをかけるかもしれない」
「つれていく……」
遼太郎が絶句した。この場合、連れていかれる先は、あの世である。
白い病室に沈黙が満ちる。
「どうしたらいいの」
渚が悲痛な声で呟いた。「私たち、どうしたら許してもらえるの」
「ケータイも返したんだろ、それならそこまで呪う必要ないだろうが」歯噛みする純希。
「やつらの常識やら価値観は、俺たちには想像できない。それに入院していた患者の霊にとって、ケータイは外界と接触の取れる大事なものだったんだろう。それを奪われて怒るのは当然だ」
「そこをどうにかするのがあんたの仕事だろ!」
「やめなってば!」
彰に食って掛かる純希を、再び彩華が諫めた。ただでさえ体調の悪い彼女の一喝に、純希は口をつぐむ。
「だいたい、肝試しなんて言いだしたのも、ケータイを持って帰ってのもあんたでしょ。なのに人のせいにするなんて、みっともなさすぎじゃない」
「……ごめん」
ため息をついて額を抑える彩華の体調を「大丈夫?」と渚が気遣う。頷く彼女はそれでも青い顔をしている。
「全部俺が悪いんだ。でもどうしようもないうちに、こんなになっちまった」
「別に純希一人のせいじゃないって。俺らも乗っかったんだし」
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「なあ、東雲さん。なんとかならないか。俺ら、なんでもするから」
腕を組み、四人を見て彰は考える。大本のケータイ電話の持ち主を宥める方法。そして、周囲の霊たちに帰ってもらう術。隣に立つ晴斗がこちらを見上げる。何とかするしかない。
「こうなりゃ、直接話すしかないな」
「直接って……幽霊と?」
「ああ」驚く渚に頷いた。「方法は俺が何とかする。けどそん時は、あんたらにも協力してもらう必要がある。いいな」
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