なばり屋怪奇譚

柴野日向

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3章 待ちて焦がれる

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 一週間が経ったが、学生たちから音沙汰はなかった。事態は収束に向かっているのだと彰が思っていたその日、事務所のチャイムが鳴った。ピンポン。その音は一度では終わらず、二度、三度と続く。
 様子を見に行った晴斗はすぐに戻ってくると、彰を呼んだ。
「渚さんだった」
 なぎさ、と聞いて彰は少し考える。その名が先週事務所を訪れた大学生のものだと気付き、途端に嫌な予感を覚える。
「この前来た大学生か」
 そう、と晴斗は頷く。
「相談したいことがあるんだって」
「なんだいきなり」
「いいから来てよ。すごく焦ってるから」
 マジかよ、と嘆息しつつパソコンの画面を閉じる。ようやく執筆の勢いがついてきたというのに。彼女らは就業意欲を邪魔させる能力でもあるのだろうか。
「おきゃくさんあいたい!」
「あいたい!」
 まとわりつく双子を追い払う。「出てくんなよ、ややこしいから」
「いじわる!」
 頬を膨らませるチヨとトワを背に、事務室に移った。
「ああ、よかった! いらっしゃったんですね」
 晴斗に促され、中に通された渚は、眼鏡の向こうで明らかに安堵の目を見せた。
「なんだよ。来るなら事前に電話しろ」
「すみません。どうしても急いで相談したいことがあって……!」
 ここまでも走って来たのか、彼女は息を切らしている。
「私、彩華ちゃんを見ちゃったんです!」
「……どういう意味だ」
「だから、今朝、見ちゃったんです!」
 取り合えず、彰は渚をソファーに座らせた。

 気を利かせ、晴斗がクーラーのスイッチを入れる。彼が手渡したコップの麦茶を口にし、渚はようやく一息ついた。今日はワンピースではなく、若草色のサマーセーターにジーンズを履いている。
「彩華ってのは、この前一緒に来たもう一人のことだよな」
「そうです」グレーのソファーで背筋を伸ばし、渚は未だに少し緊張した面持ちだ。
「言っただろ、あのケータイは戻した。けどそれじゃ解決しなかったってことか」
「一時は収まったんです。私たちも、幽霊は帰ってくれたんだって思ってました。純希くんの熱も下がって」
「それならいいじゃないか」
「その純希くんを、遼太郎くんが見たんです」
 はてな、という顔をする彰と晴斗。渚は膝の上で両手を握りしめる。
「授業が始まる前、遼太郎くんがコンビニに行って、その時に純希くんを見かけたそうなんです。でも急いでたから声はかけなくって。それで授業終わりに連絡したら、純希くんはその時間コンビニに行ってなかったって。病院で熱さましの薬貰って、帰って寝てたんだって」
「人違いじゃないのか」
 当然の反応に、渚は首を横に振った。
「みんな最初はそう思ったけど、今度は彩華ちゃんが遼太郎くんを見たり、純希くんを見たり、あちこちでいるはずのない姿を見るようになったんです。通りの向こうとか、学校の図書館とか、いろんなところで。私の姿も見たって」
「声はかけてないのか。お前ら仲良しなんだろ」
「あれって思って振り返ると、いないんだって。それで不思議に思って相手に連絡すると、そんな場所にはいなかったってみんな言うんです。これって、あの、名前がありましたよね。自分が見えるっていう……」
「ドッペルゲンガー」
「それ!」
 晴斗の言葉に渚は力強く反応する。「それです!」
「確か自分を見ちゃうことでしたよね。だから、ちょっと違うかもしれないですけど……」
「いや、言葉としてはいるはずのない他人を見ることも含まれる。だから、まあ、間違っちゃいないが。……それで、あんたも彩華ってを見たのか」
「さっき……っていっても二時間ぐらい前ですけど。私、学校の近くで一人暮らししてて、今朝、七時ぐらいに目が覚めて。カーテンを開けたら道に彩華ちゃんが見えたんです。アパートの入口の方に歩いて来てて、遊びに来たんだなって思ったんです。朝が早かったので、何かあったのかって心配になったんですけど。……でも、待ってても部屋に誰も来なくって。外に出てみたけど、彩華ちゃんはいなくって」
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