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3章 待ちて焦がれる
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晴斗が、テーブルの携帯電話を手に取った。薄汚れたピンク色の機器。所々に、銀色の小さな粒がついている。これがラインストーンという、携帯電話をデコレーションするための装飾品だということを、彰は当然知らない。だがその名は知らなくとも、この電話の持ち主が女性であろうことは予測できる。晴斗は二つ折りの携帯電話をそっと開いた。指先でボタンをいくつか押してみる。しかし当然、真っ黒な画面はうんともすんとも言わない。
「取り合えず、これを戻す」
その様子を横目に、彰は少女たちに告げた。
「明日にでも、俺たちが行ってくる。それで収まればラッキーだ」
お願いします、と渚がぎこちなく頭を下げる。「収まらなかったら……?」彩華が不安そうな顔をする。
「だとしたら厄介だな。まあ仕事だ。方法がねえか探してみるよ」
二人は顔を見合わせ、神妙な面持ちで頷いた。
「しかしだな、百パーセントとは言えない。やれるだけやってみるが、念書には名前書いてもらわないと」
「それは、失敗したらってこと」
「そうだ」
彩華の言葉に頷く。たちまち彼女は不安そうな顔をする。彰も流石に、気を遣う言葉を続ける。
「まあ、一応だよ。形式的なもんだ。それでもこういうのは、必ずってわけにはいかんからな。あとあと何かしら影響が出て、やっぱり祓えてないじゃないかなんて言われたらたまらん」
「お願い」
「お願いします」
彼女たちの意思は固いようだ。初対面の男を信じるほかに頼る術がないというのは、本当らしい。同時に、心底困り果てているのが覗われる。
その時、晴斗が口を開いた。
「和泉高幸……」
誰かの名前に続いて、十一桁の数字を呟く。
「何か視えたのか」
彰の問いかけに頷く。テーブル上にあったボールペンを手にすると、メモ用紙に文字を書きつける。画面を見ながら、彼は「和泉高幸」の名前を綴った。
「……この名前、知ってるか」
少女二人は、「しらない」と彰に首を振った。晴斗が名前の下に書いた数字――電話番号にも身に覚えがないという。
「それ、誰なの。和泉って」綺麗に手入れされた眉を彩華がひそめる。
「この中に残ってた、名前です」
「そのケータイにってこと?」
彼の首肯に、彼女は目を丸くする。「どういうこと」隣の渚も驚いた表情をする。
「晴斗は、残留思念ってのが視えるんだ。……まあ、物に残ってる想いっていうのか。その形を感じ取ることができる」
「じゃあ、その、和泉っていう人は、このケータイの持ち主なんですか」
しかし渚の質問に、晴斗は首を横に振った。
「この電話の持ち主が、最も想いを残していた人。しっかり視たらもっと情報が出てくると思いますが、とにかく一番に浮かび上がりました。……どうやら、持ち主の恋人みたいです」
「恋人?」彩華と渚が同時に声を発した。
晴斗は指先でボタンを押して携帯電話を操作する。当然周囲には彼が壊れた携帯電話を闇雲にいじっているようにしか見えない。しかし彼には、別のものが視えていた。
「電話帳に、和泉高幸の名前と番号だけが残っています。あと、写真も一枚」
「どんな写真だ」
「若い女の人と、男の人が並んでピースしてる。女の人はパジャマで、病室で撮ったみたい」
ふむ、と彰は顎に手をやった。
「その若い女ってのが、このケータイの持ち主だな。多分、あんたらが羨ましくて妬ましいんだろう」
あんたら、と彰は彩華たちを示す。
「植田記念病院に入院していて、恋人がいながら若くしてそこで病死したんだ。だから、わいわい楽しそうな同年代の集団が恨めしい。それにあんた……星、だっけか。彼氏とやらと行ったんだろ」
彩華がぴくんと背筋を伸ばし、ぎこちなく頷いた。
「自分はろくに思い出が作れなかったのに、病気知らずで活き活きしたカップルが肝試しにやって来た。余計に幽霊のツボを刺激したんだ」
「そんな」絶句する彩華。「じゃあ、あたしらのせい……?」
「カップルがいるから祟ってるわけじゃないと思うけどな。このケータイを取ってきたってのが一番でかそうだし、そもそも悪ノリして肝試しに行った全員の責任だ」
全員を強調する。彩華と渚は、苦虫を噛み潰したような居心地の悪い表情を見せる。晴斗の話を胡散臭いと笑い飛ばさない二人は、ことの重大さを改めて噛みしめたらしい。
「取り合えず、さっきも言ったが、このケータイを返してくる」
「あ、それなら、場所は……」
「四〇二号室」
渚の台詞に晴斗が被せた。
「持ち主の思念が残ってる。病室ならわかります」
「そういうことだ。それじゃあ……」
どたどたどた。二階で騒がしい足音。「うるさいぞー」彰が声をかけると足音はぴたりと止む。
「それじゃ、何かあったら連絡くれ。あと書類にサインな」
連絡先を書くべくメモ帳に手を伸ばし、念書を持ってくるよう晴斗を促した。
「取り合えず、これを戻す」
その様子を横目に、彰は少女たちに告げた。
「明日にでも、俺たちが行ってくる。それで収まればラッキーだ」
お願いします、と渚がぎこちなく頭を下げる。「収まらなかったら……?」彩華が不安そうな顔をする。
「だとしたら厄介だな。まあ仕事だ。方法がねえか探してみるよ」
二人は顔を見合わせ、神妙な面持ちで頷いた。
「しかしだな、百パーセントとは言えない。やれるだけやってみるが、念書には名前書いてもらわないと」
「それは、失敗したらってこと」
「そうだ」
彩華の言葉に頷く。たちまち彼女は不安そうな顔をする。彰も流石に、気を遣う言葉を続ける。
「まあ、一応だよ。形式的なもんだ。それでもこういうのは、必ずってわけにはいかんからな。あとあと何かしら影響が出て、やっぱり祓えてないじゃないかなんて言われたらたまらん」
「お願い」
「お願いします」
彼女たちの意思は固いようだ。初対面の男を信じるほかに頼る術がないというのは、本当らしい。同時に、心底困り果てているのが覗われる。
その時、晴斗が口を開いた。
「和泉高幸……」
誰かの名前に続いて、十一桁の数字を呟く。
「何か視えたのか」
彰の問いかけに頷く。テーブル上にあったボールペンを手にすると、メモ用紙に文字を書きつける。画面を見ながら、彼は「和泉高幸」の名前を綴った。
「……この名前、知ってるか」
少女二人は、「しらない」と彰に首を振った。晴斗が名前の下に書いた数字――電話番号にも身に覚えがないという。
「それ、誰なの。和泉って」綺麗に手入れされた眉を彩華がひそめる。
「この中に残ってた、名前です」
「そのケータイにってこと?」
彼の首肯に、彼女は目を丸くする。「どういうこと」隣の渚も驚いた表情をする。
「晴斗は、残留思念ってのが視えるんだ。……まあ、物に残ってる想いっていうのか。その形を感じ取ることができる」
「じゃあ、その、和泉っていう人は、このケータイの持ち主なんですか」
しかし渚の質問に、晴斗は首を横に振った。
「この電話の持ち主が、最も想いを残していた人。しっかり視たらもっと情報が出てくると思いますが、とにかく一番に浮かび上がりました。……どうやら、持ち主の恋人みたいです」
「恋人?」彩華と渚が同時に声を発した。
晴斗は指先でボタンを押して携帯電話を操作する。当然周囲には彼が壊れた携帯電話を闇雲にいじっているようにしか見えない。しかし彼には、別のものが視えていた。
「電話帳に、和泉高幸の名前と番号だけが残っています。あと、写真も一枚」
「どんな写真だ」
「若い女の人と、男の人が並んでピースしてる。女の人はパジャマで、病室で撮ったみたい」
ふむ、と彰は顎に手をやった。
「その若い女ってのが、このケータイの持ち主だな。多分、あんたらが羨ましくて妬ましいんだろう」
あんたら、と彰は彩華たちを示す。
「植田記念病院に入院していて、恋人がいながら若くしてそこで病死したんだ。だから、わいわい楽しそうな同年代の集団が恨めしい。それにあんた……星、だっけか。彼氏とやらと行ったんだろ」
彩華がぴくんと背筋を伸ばし、ぎこちなく頷いた。
「自分はろくに思い出が作れなかったのに、病気知らずで活き活きしたカップルが肝試しにやって来た。余計に幽霊のツボを刺激したんだ」
「そんな」絶句する彩華。「じゃあ、あたしらのせい……?」
「カップルがいるから祟ってるわけじゃないと思うけどな。このケータイを取ってきたってのが一番でかそうだし、そもそも悪ノリして肝試しに行った全員の責任だ」
全員を強調する。彩華と渚は、苦虫を噛み潰したような居心地の悪い表情を見せる。晴斗の話を胡散臭いと笑い飛ばさない二人は、ことの重大さを改めて噛みしめたらしい。
「取り合えず、さっきも言ったが、このケータイを返してくる」
「あ、それなら、場所は……」
「四〇二号室」
渚の台詞に晴斗が被せた。
「持ち主の思念が残ってる。病室ならわかります」
「そういうことだ。それじゃあ……」
どたどたどた。二階で騒がしい足音。「うるさいぞー」彰が声をかけると足音はぴたりと止む。
「それじゃ、何かあったら連絡くれ。あと書類にサインな」
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