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3章 待ちて焦がれる
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「最近、あたしたちの周りで変なことがたくさん起きてるんです。物が勝手に倒れたり、白い影が視界の隅を走ったり、あと無言電話とか。非通知でかかってきて、出ても何も言わなくって」
「たちっていうのは、誰のことだ」
「あたしたちと、彼氏の純希と、友だちの遼太郎」
「男連中は来てないのか」
「純希が高熱出して、動けなくって。遼太郎が看病してくれてるんです。今まで熱どころか風邪だって全然ひかなかったって言ってたのに。病院に行ってもよくわからなくって、安静にしてろって言われて」
彩華は落ち着きなく、腿の上で組んだ指先を動かす。
「もう、あたしたち怖くって……。もっとひどいことになったらどうしようって、ずっと不安で。やっと寝られても、何度か金縛りにあったりもして……」
彩華は言葉を切った。晴斗が、盆に四人分の麦茶を入れたコップを乗せて戻ってきた。一人ずつ前に置いていく。それに小声で礼を言い、彼女は続けた。
「怖くて怖くて仕方ないの。もしかして、祟られて死ぬんじゃないかって」
「祟られて?」
ソファーに腰掛けた晴斗の横で、彰は眉根を寄せた。
「まさかおまえら、心当たりがあるのか」
よほど霊現象が怖いのか、目の端に涙を浮かべて彩華は首を微かに引く。彼女に代わり、返事は渚が引き継いだ。
「……私たち、肝試しに行ったんです」
気まずい告白に、彰はため息をついた。なんて馬鹿なことを。彼の呆れを知りつつ、彩華は腕で目元を拭った。
「馬鹿なことしたのは、わかってる。全部あたしたちのせい。でも、こんなことになるとは思わなくって……」
「あのな、みんなそう言うんだよ。肝試しだなんて馬鹿な真似して祟られるやつは、漏れなく全員言うんだ。こうなるとは思わなかったってな」
返す言葉もなく、少女たちは口を閉ざした。
「どこに行ったんだ」
「……病院です」渚がおずおずと返事をする。「山の中にある、植田記念病院。あそこに行きました」
「ああ、有名なとこだな」
心霊スポットとしてだけではない。本当に怨念渦巻く負の場所として界隈では有名だ。
「やっぱり、まずいところだったんですか」
「おまえらも噂を聞いていったんだろ、心霊スポットだとかって。火のないとこに煙は立たねえ。なにかしらそういうものがあるから、噂が立つんだ」
「病院はたくさん人も亡くなってるから、その、そういうのがいるってこと?」
彩華は、幽霊という言葉を口にするのも今は恐ろしいのだろう。言葉を濁す。
「病院っていうだけじゃない、元々の土地も悪い」
「土地?」
女子二人がきょとんとする。
「あの病院がある植田町ってのはな、昔は飢えるに田んぼって書く土地だったんだ。飢餓の飢、飯が食えない方の飢えるって字だ。あまりに縁起が悪いってんで、今の植田に町名が変わったらしい」
彼女たちの絶句が手に取るように伝わる。
「名前だけで察するだろ。田を作っても口に糊するのがやっとで、何度も飢饉で甚大な被害が出た。もう何人が飢え死にしたかもわからない土地なんだよ」
「そんな……なんでそんな所に病院なんか」渚が青白い顔で言う。
「まあ、その辺は土地の値段だの立地だので建てたんだろうな。事故物件だって気にせず住むやつはいる、縁起がどうこう言ってられなかったんだろ。町名も今の植田に変わったしな。……だが、ことはそう簡単じゃなかったっていうだけだ。いくら信じねえっていっても、そこにはそういった負の念っつうのかな、所謂ネガティブなものが溜まってんだ」
コップの麦茶を一口含み、舌を湿らせる。
「俺がこの土地に来る前にとっくに潰れてたから、詳細はよく知らねえが、なにか影響があったのかもしれん。ただ言えるのは、あそこにはよくないものが渦巻いてるってことだけだ」
意外な事実に、彩華と渚は二人して押し黙ってしまった。窓を開けて扇風機をつけているだけの部屋なのに、汗をかくどころか顔面蒼白で俯いている。
「多分、そこから連れて帰ったんだろうな」
「全員……?」彩華が唇を震わせる。
「それはわからん。一人が複数連れ帰ってる可能性はあるし、人によっても感じ方は様々だ。おまえさんの彼氏ってのに、特別強いのが憑いてるのかもしれんし、身体の不調が重なっただけかもしれない」
「あの……私たちにも、何か憑いてるんでしょうか」
渚が不安をあらわに問いかける。
「俺はな、相談事は受けるが、霊感はそこまで強くない。なんか嫌な予感ってのはあるが……」
彰には、実際、彼女たちを白い煙がゆるく巻いているのが視えていた。そこまで強いものだとは思えないが、これが悪影響を及ぼしているのだろう。この程度なら店にあるもので祓えそうではあるのだが。
「たちっていうのは、誰のことだ」
「あたしたちと、彼氏の純希と、友だちの遼太郎」
「男連中は来てないのか」
「純希が高熱出して、動けなくって。遼太郎が看病してくれてるんです。今まで熱どころか風邪だって全然ひかなかったって言ってたのに。病院に行ってもよくわからなくって、安静にしてろって言われて」
彩華は落ち着きなく、腿の上で組んだ指先を動かす。
「もう、あたしたち怖くって……。もっとひどいことになったらどうしようって、ずっと不安で。やっと寝られても、何度か金縛りにあったりもして……」
彩華は言葉を切った。晴斗が、盆に四人分の麦茶を入れたコップを乗せて戻ってきた。一人ずつ前に置いていく。それに小声で礼を言い、彼女は続けた。
「怖くて怖くて仕方ないの。もしかして、祟られて死ぬんじゃないかって」
「祟られて?」
ソファーに腰掛けた晴斗の横で、彰は眉根を寄せた。
「まさかおまえら、心当たりがあるのか」
よほど霊現象が怖いのか、目の端に涙を浮かべて彩華は首を微かに引く。彼女に代わり、返事は渚が引き継いだ。
「……私たち、肝試しに行ったんです」
気まずい告白に、彰はため息をついた。なんて馬鹿なことを。彼の呆れを知りつつ、彩華は腕で目元を拭った。
「馬鹿なことしたのは、わかってる。全部あたしたちのせい。でも、こんなことになるとは思わなくって……」
「あのな、みんなそう言うんだよ。肝試しだなんて馬鹿な真似して祟られるやつは、漏れなく全員言うんだ。こうなるとは思わなかったってな」
返す言葉もなく、少女たちは口を閉ざした。
「どこに行ったんだ」
「……病院です」渚がおずおずと返事をする。「山の中にある、植田記念病院。あそこに行きました」
「ああ、有名なとこだな」
心霊スポットとしてだけではない。本当に怨念渦巻く負の場所として界隈では有名だ。
「やっぱり、まずいところだったんですか」
「おまえらも噂を聞いていったんだろ、心霊スポットだとかって。火のないとこに煙は立たねえ。なにかしらそういうものがあるから、噂が立つんだ」
「病院はたくさん人も亡くなってるから、その、そういうのがいるってこと?」
彩華は、幽霊という言葉を口にするのも今は恐ろしいのだろう。言葉を濁す。
「病院っていうだけじゃない、元々の土地も悪い」
「土地?」
女子二人がきょとんとする。
「あの病院がある植田町ってのはな、昔は飢えるに田んぼって書く土地だったんだ。飢餓の飢、飯が食えない方の飢えるって字だ。あまりに縁起が悪いってんで、今の植田に町名が変わったらしい」
彼女たちの絶句が手に取るように伝わる。
「名前だけで察するだろ。田を作っても口に糊するのがやっとで、何度も飢饉で甚大な被害が出た。もう何人が飢え死にしたかもわからない土地なんだよ」
「そんな……なんでそんな所に病院なんか」渚が青白い顔で言う。
「まあ、その辺は土地の値段だの立地だので建てたんだろうな。事故物件だって気にせず住むやつはいる、縁起がどうこう言ってられなかったんだろ。町名も今の植田に変わったしな。……だが、ことはそう簡単じゃなかったっていうだけだ。いくら信じねえっていっても、そこにはそういった負の念っつうのかな、所謂ネガティブなものが溜まってんだ」
コップの麦茶を一口含み、舌を湿らせる。
「俺がこの土地に来る前にとっくに潰れてたから、詳細はよく知らねえが、なにか影響があったのかもしれん。ただ言えるのは、あそこにはよくないものが渦巻いてるってことだけだ」
意外な事実に、彩華と渚は二人して押し黙ってしまった。窓を開けて扇風機をつけているだけの部屋なのに、汗をかくどころか顔面蒼白で俯いている。
「多分、そこから連れて帰ったんだろうな」
「全員……?」彩華が唇を震わせる。
「それはわからん。一人が複数連れ帰ってる可能性はあるし、人によっても感じ方は様々だ。おまえさんの彼氏ってのに、特別強いのが憑いてるのかもしれんし、身体の不調が重なっただけかもしれない」
「あの……私たちにも、何か憑いてるんでしょうか」
渚が不安をあらわに問いかける。
「俺はな、相談事は受けるが、霊感はそこまで強くない。なんか嫌な予感ってのはあるが……」
彰には、実際、彼女たちを白い煙がゆるく巻いているのが視えていた。そこまで強いものだとは思えないが、これが悪影響を及ぼしているのだろう。この程度なら店にあるもので祓えそうではあるのだが。
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