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3章 百万回目の大好き
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ただ、五樹のやり方には一つだけ穴がある。思い起こして、夏実は気がついた。
麻斗は鈍い。細かくて過敏なところがあるくせに、言われなければ気づかないことが多々ある。直接言葉にされないと、なかなか理解しないのだ。自分が好きだということも、ちょくちょく小出しにはしていたつもりだったのに、実際に告白されるまでちっとも気がつかなかった。学校の屋上で驚愕していた顔を思い出すと、思わず笑みがこぼれてくる。だからこそ、焦燥感が募る。言わなければ、伝わらない。
しかし朝になっても、チャイムを押す勇気は出なかった。吐息をかけた指先で、そっと画面をなぞる。背中を扉に押し付ける。
「雪が降ってきたよ」
少しして、機器を通し、うんと頷くのが聞こえた。
「今日も、寒いね」
「寒いね」
夏実は知ることはない。背を付けていたドアの向こうで、彼も同じように背中を向けていたことを。ほんの扉一枚の距離で、背中合わせでいたことを。「寒いのに、大丈夫?」と夏実に問いかける言葉が、彼の喉元でくすぶっていたことを。
「私は、いつだって助けになるからね」
五樹の言葉の受け売りだ。だが、彼はこうして言われないときっとわからない。助けて欲しいと口に出すことができない。そうして一人で潰れてしまう。それを見ているだけなのは、辛すぎる。
唐突な言葉に、返事はない。なんと言えばいいのか、彼は迷っているに違いない。
「あのね」
これまで、呆れるほど伝えた。この一年間、何十何百と重ねてきた。何千、何万かもしれない。だが、問題なのは回数ではない、想いの強さだ。これまでも充分に心を込めてきたつもりだし、そこに全く嘘はない。けれど、最後の一回には、百万回の想いを込めて。
「私、麻斗のこと、大好きだからね」
胸が苦しい。熱がこみ上げて、喉が焼け付きそうだ。灰色の空を見上げて、懸命に涙を堪えるが、声の震えは止められない。
「みんなも、麻斗のこと大好きだから。信じてるから。だから麻斗、きみもみんなのこと、信じていてね。いつだって待ってるってこと、忘れないでね」
駄目だ、堪えられない。涙が零れてくる。冷えた頬を、熱い雫が伝っていく。
「私、ひどいことしたね。本当にごめんね。だけど、最後に言わせて。ずっと好きだったの。あの手紙をもらう前から、本当は、ずっとずっと言いたかったんだよ」
だけど、これで最後。彼のことは信じている。けれど、これ以上自分がいることで彼が傷ついてしまうのなら、一緒に居るべきではないのだ。
「私のことを忘れても、いつだって力になりたいって思ってることは、忘れないでね」
これが最後の望みだった。もう何も言うべきではない。それでもしばらく、電話は繋いだままでいた。返事を期待したのではない。沈黙を、聞いていたかった。
静寂の向こう側、たった一枚の扉の向こう、同じように彼が泣いていたことを、夏実は知らない。鏡のように背中合わせで相手が泣いていることを、二人が互いに知ることはない。
麻斗は鈍い。細かくて過敏なところがあるくせに、言われなければ気づかないことが多々ある。直接言葉にされないと、なかなか理解しないのだ。自分が好きだということも、ちょくちょく小出しにはしていたつもりだったのに、実際に告白されるまでちっとも気がつかなかった。学校の屋上で驚愕していた顔を思い出すと、思わず笑みがこぼれてくる。だからこそ、焦燥感が募る。言わなければ、伝わらない。
しかし朝になっても、チャイムを押す勇気は出なかった。吐息をかけた指先で、そっと画面をなぞる。背中を扉に押し付ける。
「雪が降ってきたよ」
少しして、機器を通し、うんと頷くのが聞こえた。
「今日も、寒いね」
「寒いね」
夏実は知ることはない。背を付けていたドアの向こうで、彼も同じように背中を向けていたことを。ほんの扉一枚の距離で、背中合わせでいたことを。「寒いのに、大丈夫?」と夏実に問いかける言葉が、彼の喉元でくすぶっていたことを。
「私は、いつだって助けになるからね」
五樹の言葉の受け売りだ。だが、彼はこうして言われないときっとわからない。助けて欲しいと口に出すことができない。そうして一人で潰れてしまう。それを見ているだけなのは、辛すぎる。
唐突な言葉に、返事はない。なんと言えばいいのか、彼は迷っているに違いない。
「あのね」
これまで、呆れるほど伝えた。この一年間、何十何百と重ねてきた。何千、何万かもしれない。だが、問題なのは回数ではない、想いの強さだ。これまでも充分に心を込めてきたつもりだし、そこに全く嘘はない。けれど、最後の一回には、百万回の想いを込めて。
「私、麻斗のこと、大好きだからね」
胸が苦しい。熱がこみ上げて、喉が焼け付きそうだ。灰色の空を見上げて、懸命に涙を堪えるが、声の震えは止められない。
「みんなも、麻斗のこと大好きだから。信じてるから。だから麻斗、きみもみんなのこと、信じていてね。いつだって待ってるってこと、忘れないでね」
駄目だ、堪えられない。涙が零れてくる。冷えた頬を、熱い雫が伝っていく。
「私、ひどいことしたね。本当にごめんね。だけど、最後に言わせて。ずっと好きだったの。あの手紙をもらう前から、本当は、ずっとずっと言いたかったんだよ」
だけど、これで最後。彼のことは信じている。けれど、これ以上自分がいることで彼が傷ついてしまうのなら、一緒に居るべきではないのだ。
「私のことを忘れても、いつだって力になりたいって思ってることは、忘れないでね」
これが最後の望みだった。もう何も言うべきではない。それでもしばらく、電話は繋いだままでいた。返事を期待したのではない。沈黙を、聞いていたかった。
静寂の向こう側、たった一枚の扉の向こう、同じように彼が泣いていたことを、夏実は知らない。鏡のように背中合わせで相手が泣いていることを、二人が互いに知ることはない。
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