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5 晴天前夜

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 私には、幽霊が視える。
 それを迂闊に周りに喋って、変な目で見られた。嘘つきと悪口を言われることもあった。だんだん喋るのが怖くなって、声を出せなくなった私に残されたのは「幽霊少女」という不名誉な名前だった。
 それでよかったと思えたのは、初めてのことだった。不慮の事故で死んでしまった私の好きな人が現れて、一緒にいてくれて、初めて「幽霊少女」でよかったと思った。そんな彼は、私のあだ名さえ、持ち前の明るさで奪っていった。

 目を覚まして、見慣れない白い天井を見上げて。
 不意に視線を横にやって、私は驚きに声も出せなかった。
「……よう」
 ベッド脇の椅子に座っているのは、相変わらず足のない彼だった。え、とやっとの思いで零した私に、不機嫌そうな顔を見せる。
「……成仏、しなかったの」
「それなんだよ。なんで俺まだここにいるんだよ」
「確かあの時、羽月くんがついてるって、言ってくれて」
「あーもう言うな言うな! 恥ずかしい!」
 両手を振る彼は、幽霊とは思えないオーバーリアクションを取る。

「四十九日ってやつだろ。それ過ぎたら、成仏出来るんじゃなかったのかよ」
「そう思ってたけど。でも私、多分って言ったでしょ。専門家じゃないから、憶測だったし」
「今更言うか? あーあー、俺ばっかみてえ。どうなってんだよ、ほんと」

 私は、一命を取り留めたらしい。あの高さから落ちて無事だなんて、実に奇跡だとお医者さんは首をひねっていた。
 お見舞いに来てくれた高校の先生や小倉さんたちが帰ったあと、別室の患者さんを脅かして遊んでいた羽月くんが戻ってきた。
「どうして成仏できないんだろ。未練でもあるの」
「未練ねえ。思いつかないけどなあ」
 腕を組んで、傍のパイプ椅子に腰を下ろす。幽霊になっても、椅子に座るっていう行動は自然に身に付いてるみたい。
「決めた。朝比奈、俺の未練探してくれ」
「私が?」
「俺も言っただろ。成仏するまで付きまとうって。な、手伝ってくれよ」
 やっぱり勝手だなあ。そう思うのに、羽月くんが笑うから、私も呆れながら笑ってしまう。
 私たちの奇跡は、もう少しだけ続くみたいだ。
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