一年後に君はいない

柴野日向

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2章 近からず、遠からず

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 「星の海」におけるフリーマーケットの参加は大成功だった。八人で作った短編集は完売し、売り上げは本の制作費で相殺されたが、誰もが満足のいく結果だった。
「俺も行きたかったなあ」
 江雲市駅前のファミリーレストランで昼間から打ち上げをしていると、佑の隣で富士見はしきりに残念がった。
「富士さんが来たら、三人も座れないすよ」
「おまえ、先輩を傷つけんなよ」
 富士見が佑を小突くのを、向かいの席で眺めつつフライドポテトをつまむ。確かに佑は正論だと思ったが、瑞希は口にしないことにした。
 すっかり八人で話し込み、三時を過ぎた頃に店を出た。十月の気候は心地よく、この季節がずっと続けばいいのにとも思う。
「大変申し訳ないんだけど、二次会は二十歳以上でお願いしまーす」
 店の駐車場で、月子が両手を合わせる。酒の注文できる店に行くらしい。
「というわけで、ゆうゆうとずっきー、ほんとーにごめん!」
「別にいいっすよー、僕はお酒が出ても」
「そういうわけにいかないでしょ」
 瑞希が言うと、月子も苦笑して頷いた。
「ゆうゆうたちが飲まないって言っても、お店に迷惑だからねー。万が一のリスクは回避したいのさ」
 事前にその話は聞いていたから、無理について行くわけにもいかない。彼らに気を遣わせるのも悪いので、二人はさっさと身を引くことにした。他の六人は、全員二十歳以上の大学生だった。
 お疲れさまと言い合い手を振って、二人はメンバーと別れる。佑と並んで歩きながらちらりと振り向くと、楽しそうに喋りながら遠ざかっていく彼らの後ろ姿が見えた。
 今日も母は仕事に出ていて、帰りは日が暮れてからだ。最近は繁忙期とのことで、遅くまで残業をする日も多く、病院で睡眠薬を貰っているのが心配だ。誰もいない静かな家を思い出すと、なんとなく気分が暗くなる。ゆっくり水に沈むような、そこはかとない薄暗さに包まれるような気がする。
「どしたんですか、先輩」
 不思議そうに、佑が顔を覗き込んできた。とてもじゃないが、家に母親がいなくて寂しいだなんて、こいつに言えるわけがない。
「なんでもない」
 努めて何でもない声を出した瑞希だったが、妙に勘の鋭い佑は訝しみ、「そうですか?」なんて言う。「なんか、顔が沈んでますよ」
「適当なこと言うな」
 彼の肩を両腕で押して無理やり遠ざけた。佑は思案顔をしていたが、駅の改札に到着した頃、「そうだ」と顔をほころばせる。
「これから、時間ありますか?」
「……あんた、何考えてんの」
「ちょっと寄り道しましょーよ」
 しないと無碍なく言いかけた口を閉じる。このまま一人きりの時間を家で過ごすよりは、気が紛れるかもしれない。佑と二人きりという面倒くささを天秤にかけていると、彼は都合よく、沈黙を肯定だと捉えたらしい。「こっちこっち、もうすぐ電車が来る」帰る方角とは反対方向のホームに向かうのに、瑞希もうっかり続いてしまう。
 丁度到着した電車に飛び乗り、空いていた座席に腰掛ける。どこに行くのかと問いかけ、佑の返事を聞いた瑞希は、思わず「はあ?」と声を上げてしまった。周囲からの視線を感じ、慌てて口元を片手で押さえる。
 佑は、温泉と言ったのだ。
「ちょっと待って、なんであんたと……」
「一駅隣に、スーパー銭湯っていうのかな、安いとこがあるんですよ。たまーに行くんですけど」
 うっかり勘違いしていた瑞希は恥ずかしさに口をもぐもぐさせる。スーパー銭湯なら、混浴の可能性はないだろう。咄嗟に連想してしまった自分が恥ずかしくてたまらないが、彼は気付いていないらしい。
「時間潰れるし、さっぱりするかなと思って」
「まあ、そういうことなら……」
「……あ、もしかして、先輩」
「うるさい黙れ」
 佑が思い至ってしまった時、電車は丁度よく駅に到着した。
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