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第9章 英傑の朝 後編

第99話 外伝 英傑の朝

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俺はやめろって言ったんだ。何度も言った。言ったんだよ。

だが聞かねぇんだよ。

とっととずらかるぞと言っても聞きゃしねぇ。

せっかくお前らが会えたんだからそれで良いだろって言ってもぐちぐちぐちと。

少しだけ様子を、少しだけって。ナカダチとミキ嬢がうるせぇうるせぇ。

フレーズの脳足りんもミキ嬢に同調しやがるし、他の奴らも普通に大丈夫だろとか言い出しやがるし。

これだから馬鹿は嫌なんだ。しかも馬鹿な奴らに限って級も高いときやがる。

理不尽だよくそったれ。

俺は逃げるか追うかしか出来ねぇし、戦争に巻き込まれてもお前らの命は保証できねぇと何度言っても駄目だ。

エイサップの野郎にも期待したが無駄だった。何であんなボッソボソ言うんだよ。危険ですって一言言う間に、他の奴らは全員の自己紹介まで終わってたぞ!

糞!

必死に追ってた野郎があんな根暗野郎だったなんてよ!

ナガルスとハルダニヤの戦争なんてやばい匂いしかしやしねぇ。とっととずらかるのが一番だってのによ。

こいつらを南部大陸まで連れてかなきゃならねぇのか?無理じゃねぇのか?誰も言うこと聞かねぇじゃねぇか。

どうやって連れてったらいんだよ…。

…いや何で俺ぁ、こいつらを南部大陸に連れて行こうとしてんだ?

別にいいじゃねぇか。当初の依頼の、ナカダチとミキを合わせるって目的は達したわけだ。

だったら…。

いやだが逃がすように言われて報酬も貰っちまった。

何だよこのナイフ。

どう考えてもまともな金属じゃねぇ。見た事ねぇぞこんなもん。

ミキ嬢が言うには、免許皆伝の証だとかなんとか。

ナカダチって野郎が言うには、同じガーク会派の仲間の印が入ってるとかなんとか。

相当な値打ちもんだっ言ってるが本当かよ。アダマンタイトをこんなポンポン渡すわけねぇだろ。

王族だっておいそれと手に入らねぇぞ。

…だがそれが本当ならかなりの報酬でその分の仕事はしなけりゃ…。

…いやいや奴は出来ればと言ったんだ。

あの糞ルーキーは最後の最後まで甘ちゃんだって事だ。

中途半端に俺なんかを信じるからこうなる。

俺は”人たらし”のガルーザ様だぜ?

世間の見えてねぇルーキーを騙すなんざ朝飯前って事だ。

…。

……。

…奴もバカ野郎だな。

俺なんか信じて大事な仲間を任せるなんてよ。

…奴らがグズグズ俺に頭を下げて頼むとかいいやがるから、ここまで後手後手になっちまった。

結局戦争が始まってもこそこそ戦争の様子を伺って、問題なかったら逃げようってよ。

アルト嬢も頭を下げて頼むもんだから思わず頷いちまった。

糞ったれ!まだ貴族時代の階級を忘れられて無かったのかよ。公爵の娘から頭を下げられたら思わず了承してしまった。

そんな柵から抜け出して腕一本の冒険者になったっていうのによ。

…腕一本って言えるほど立派にやって来たわけでもねぇか。

…そう言えばルーキーの依頼を受けてからか。こんなにまともに冒険者をやったのは。

…。

っは、冒険者ね、この俺が…。

…。

…俺もこの面子なら相当な事が無い限り大丈夫だと思っちまった。

いざとなったら力押しで脱出できるかもと。

あの時の俺をぶっ飛ばしてやりたいね。

はっきり言って、ナガルス族とハルダニヤの全面戦争は、想像の100倍やばかった。

今までの傾向から言えば、適当にナガルス族が奇襲をかけて、適当に攻撃したら引くっつー、ある意味小競り合いの範疇だったのによ。

今回の戦争は全然違う。

どこの神話の戦いだよ。

フォステリアのババアが死んだ英雄達を生き返らせたと思ったら、ナガルスのババアがとんでもねぇもんを呼び出しやがった。

あの巨人は何処から来て何処へ行ったんだ?

まるで初めて見る魔法だ。あの巨人は何者だ?

全く何者か分からねぇが、間違いなく俺たち人間を滅ぼそうとしてる感じだったよ。

腹の底からビビった事はあれが初めてかも知れねぇ。

巨人…といえば、古代の巨人族がまず思い浮かぶが…。

…んなアホな。

ナガルスのババアは、巨人を呼び出したってことか?

召喚…魔法?

いやいや…古代の戦いでも伝説の中の伝説と言われる魔法だ。

古代の勇者だってそんな事は出来なかったはずだ。

それにもし、巨人をこの俺達の世界に呼び出したのだとしたら、…それはとんでもない裏切りだろ?

奴隷時代の全ての祖先に対する裏切りだ。巨人を呼び出すことができる奴は、どの種族からも裏切り者と謗られ、命を狙われるだろう。

そんな危険を犯してまで…。いややめよう。憶測で物を話してもろくなこたぁねぇ。

それにその巨人らしき奴は、古龍騎士とダックスに討ち取られた。

だから何も問題ない。

問題があったのはナガルスの奴ら…ショーだろう。

…ショーの野郎…とっとと逃げちまえば良かったんだよ。

悲壮感漂わせて、覚悟決めて戦ってるようだがな、自分の命より大事なもんなんてねぇ。

ヤバそうになったら逃げる。これでなんとかなるってのによ。

普通古龍騎士に向かっていくとか考えねぇだろ?

しかもあのまま一対一で戦っていたら、古竜騎士には勝てた。

頭がおかしいぜ。

古竜騎士に勝てたんだぞ?いや、間違いなく勝ってた。魔法も通じてたし、剣も…俺によこしたこの黒いナイフは古龍に通じてた。

明らかに自力は俺たちのボスの方が上だったわけだ。

一対一だったら、な。

ラドチェリー王女は…あの野心家は稀代の戦術家だ。

奴が軍を率いればその戦力は上がる。…ナガルスとハルダニヤ以外で戦争がないこの国じゃあ目立たない才能だが、奴は頭が切れる。

政治だってこなす。…勇者が逃げて窮地に立たされたが、窮地に立たされた程度で済んでいるのが奴の政治力の凄さって訳だ。

王女が後ろに付いてなかったら、間違いなくショーは古竜騎士に勝ってただろうな。

付いていなかったら、だが。

結局、王女の指示で、後手に回された訳だ。

炎と、光のブレスで終わったと思ったが、まさか耐えるとは思わなかった。

ショーの野郎も十分、神話級の化け物だって訳だ。

腕が焼け切れ、肌がただれても、人の形を残してる時点で化け物だ。

…バカ野郎が。無茶しやがって。なんとかまだ生きてるようだが…。

だがあれで勝負は付いちまった。

後ろに付いてる将の差で負けたって事だ。

だがミキ嬢には刺激が強かったらしい。

俺が必死で奴を逃がす方法を考えてるときに、サイシータって女を連れて出て行っちまった。

バカ野郎が。

ユーキの野郎が俺達の側だった事も考えれば、お前の力を、王女がそうそう捨てるわけはねぇだろう。

どんなに悪くても捕虜の立場は保証されてるだろ。

糞が。

ミキ嬢にそこら辺の力学を説明しとけばよかったか。逃げ送れたサイシータって女を保護しなければ良かったか。

何が悪かったか分からねぇ。

だが俺がやめろって言ったのをこいつらが聞いてりゃ、ここまでにはならなかった。

ああそうだ。ここまでにはならなかったんだよ。

ミキ嬢とナカダチが、…串刺しにされることなんかなかった。

…こっからどうやってショーを助けりゃいいんだよ。

もう夜が明けている。

今日は間違いなく、人生最悪の朝だ。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

ハルダニヤ兵共が沸き立ってやがる。

そりゃそうか。

人質を取るような卑怯な奴が、王国の英雄に倒されたんだ。

そりゃ勢いづくってもんだ。

手段として悪くなかったとは思うが…。

まだ助かるか?

今すぐ剣を抜いて止血して、ぶん殴ってでも意識を保たせて、リヴェータ教最高の回復魔法の使い手に…。

…無理だ。

無理だよ。

ミキ嬢も、ナカダチも、…ショーも助からねぇ。

古龍とダックスの間を抜けてあいつらだけを助ける?

どこの化け物の話だ。

いや、ダックスの野郎はサイシータを連れて自陣に帰ろうとしてる。

そりゃそうか。まず自分の女は安全な所に避難させなきゃならねぇだろうしな。

これで場に残るのは古龍だけだ。

それなら余裕だな。っは、余裕過ぎて涙が出てきやがる。糞、糞!糞!!

そもそもこんな化け物共がうようよ居る戦場で、俺みたいな吹けば飛ぶような下級冒険者に何が出来るってんだ!

古龍は…ダックスが下がるのに合わせて、炎のブレスを吐いてやがる。

シャモーニ嬢はなんとか防御魔法で防いでやがるが…時間の問題だな。

ナガルスの雑兵にあの光のブレスに耐えられるとは思えねぇ。

ほら。ハルダニヤ兵共は前進してやがる。

今は炎のブレスだけに集中できてるが、それ以外に少しでも力を割いた瞬間、ナガルス兵は終わる。

逃げる時間も…あるとは思えねぇ。

…周りの奴らはシャモーニの嬢ちゃんだけは逃がそうとしてるのか。確かに頭が無事なら再興は可能かも知れねぇ。

だが嬢ちゃんの防御魔法が無けりゃ、途端に崩れるぞ。

…今回ほどの戦力が揃うのは果たして何年後か…。

今回は何故か知らねぇが、ナガルス族の全力だったんじゃねぇか?

これで駄目ならもうナガルスに、もう目はねぇんじゃねぇのか?

…いや、いい。

ナガルス族の事は知ったこっちゃねぇ。

それよりもショーだ。

今は誰もあいつを気にしてねぇ。ショーはまだ息がある。

腕がもげて、肌が焼けてるだけだ。直ぐに死ぬって程の…。

…。

…?

何だ?

どういう事だ?

誰も気づいていないのか?

ナガルス兵は古龍の炎を防ぐのに夢中だ。古龍はダックスの目くらましになるべく広範囲にブレスを吐いてる。

自然、自分の真下に目線はいかねぇのか?

…あいつ、立ってるぞ?

無事なのか?

…っつーか怪我治ってねぇか?腕も生えてる?

生えてるっていうか…なんか…奴のマントが、体を覆ってる…のか?

ブレスで焼けて殆ど無くなっていたのに?

どんどん、どんどん、マント…奴はポンチョと言っていたか?…が奴の体を覆うように…というかもう全身覆われてやがる。

もう奴の倍ほどの身長になってやがる。

巨人族の末裔より、ちょっとでかいくらいか?

なんだ?またなんかあいつ変なことをしやがったのか?

だが…なんだよこの感じ。

やばい。やばい。

あれはやばい。

あいつはさっきまで死にかけてたんだぞ?魔力だって空っけつだったはずだ。

なのに何だよあの莫大な魔力は。

明らかにおかしい。

しかも何か…変だ。

あのでかくて黒い、人の形をした何かは、明らかに人間じゃねぇ。

人間をマントで覆ってあの形になったんじゃねぇ。まるで…。

まるで、マントが人の形を真似してあんな形になった様な感じだ。

マントが意思を持ったような…。

しかも何だよ。あの顔の部分。

適当に切れ目を入れときましたと言わんばかりの目と口の形。

その切れ目の向こうはただただ暗い。

なんで誰も気づかない?

…もう死んだと思ってるのか?

何だ?奴は何をしようとしてる?

上を向いて、口を開けて…。

「ビョオオオオオオオオオオ!!!!」

明らかに生物とは思えない声を聞いて、俺は気づいた。

奴の足元に落ちている、ペンダントを。

後生大事に抱えていたペンダント。あの中には確か…特効薬が入ってたはずだ。

朝日を背負う化け物は、その叫び一つで、この場の全てを支配しやがった。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

長い長い、ショーの叫びが終わった後、辺りには静寂だけが残った。

いや…これは恐怖か。

明らかに。明らかに、異形の何かが、不吉な叫びをあげている。

しかもどうやら死んだはずの奴だ。

殆どの奴らが現状を飲み込めてねぇ。

おそらく特効薬を飲んだと気づいているのはこの場でもほんの一握りだろうな。

だが…そのヤバさは誰もが感じてるんだろう。

その一挙手一投足から誰も目が離せない。

奴が一歩、前に進む。

それに合わせ、オセロスと古龍は大きく上空に飛び立つ。

…いや、あれは間違いなくビビったんだ。

流石、古竜騎士。その顔は戦士のままだ。だが古龍はどうだ。

どんなに伝説の生き物であっても所詮は畜生か。飛び立つ様が、恐怖で逃げてるようにしか見えなかったぜ。

だがあの黒い化け物はそんな事構いやしてねぇ。

何も気にして無いように見える。

ゆっくりと進んでいく奴は…沈んでいる?

足が地面にめり込んでる?石畳だぞ?

奴の体がどれだけ重ければあんな風に沈む?

しかも沈んだときに割れた石畳は…奴の体の周りに浮かんでる。

…意味がわからねぇ。確かにショーは自分の周りに鉄球を浮かべてる事はあった。

それを攻撃に使うからだ。

だがあれは…多分何も意図してねぇ。

ただ歩く時に息を吸うかの如く、自然とそうなってるんだ。そうなってしまうんだ。

奴の周りでは、…普通じゃねぇ事が起こってる。

どんな魔道士だってそんな事が出来るとは…いや、フォステリアのババアやナガルスのババアもこの世の理の外にいたか。

つまりはそのレベルの魔道士って事か?

…しかしヤバさはどう考えてもあいつのほうが…。

おもむろにショーは、右手を突き出しやがった。

余りにも突拍子もなく、余りにも自然だったが故、誰も反応できない。

そして右手を突き出した直後、石畳がずるんっと奴の手元まで伸び、大剣の形となった。

材質は石畳ではなく、黒い…あれは何だ?

…そうか。古龍の皮を斬りつける事が出来たあの黒いナイフだ。あれと全く同じ材料で出来てんだ。

…いやだがあの黒いナイフを作るには相当大変だと言ってやがった気も…。あの小さなナイフですらかなりの魔力を使うと…。

それを瞬間で、あれ程の大きさにするのか?

…バカな…。

!!

!?

消えた?!

どこに行った?!

ショーは何処に消え…。

「ギャアアアア!!!!」

は?!

古龍の叫び声?

何だどうなって…切られてる?

古龍の片腕が…切られてる?

切ったのか?!ショーが?

いつの間に?!

っつーか古龍の腕デケェな。切り落とされた腕が、結構デカ目の家をぶっ潰したぞ。

いやどうでもいい。そんな事はどうでもいい。

ショーのやつは何処だ?

古龍は痛みで暴れてやがる。

空中でよくあんなに器用に藻掻ける…いや違うのか?

あれは痛みで前後不覚になってるんじゃない…のか?

あれは…そうだ攻撃を避けてやがるんだ。

古龍の周りを這うように、黒い影が飛んでいる。

ショーだ。ショーが古龍を攻撃してるんだ。

「ビョオ!!ビョオオオオオ!!!」

「グアッ!!ギャアッ!!ゴガアアアア!!」

「なっ…!てめ…!!オラアア!!」

さっきまでのルーキーとは全く違う。

ついさっきまでは古龍になんとかしがみついてる感じだった。

オセロスから兎に角逃げようとしてた。

だが今は違う。

古龍もオセロスもあいつを突き放そうとしてる。

明らかにヤバいとわかってやがるんだ。

だが全く離れていかない。

黒くてでかい羽が、舞っているかのような飛び方だ。

古龍は奴を離そうとしているが、空にある葉を切ろうとするかの如く、全く捉えられていない。

確か王都には、剣の達人の修練場として、葉が舞う庭があるという…。

っは。少なくとも古龍は剣の達人では無さそうだな。

…だが身の丈を超えた大剣を持ちながらあんなに軽々しく飛ぶってのは出来るもんなのか?

身の丈っつっても俺らの倍はあるぞ?

あいつは今一体どうなっちまってるんだ?

「ギャアアアア!!」

「畜生!!畜生がぁ!!」

奴は、順調に古龍の四肢を切り落としていってる。

圧倒的な強者だった古竜騎士が、今では完全な弱者だ。

古龍を圧倒できるってことは、あの巨人よりも強えって事か…?

…。

…だがあんな風に…拷問するかのように戦う必要があるのか?

「ビョオ!ビョオ!ビョオオオ!!」

「ック…ッグゥ…!!」

あいつが笑いながら戦ってるように見えるのは気のせいか?

古龍の翼を斬りつければ早く片が付くはずなのに何故、いたぶるような真似を?

…あの黒い化け物は俺たちの味方なのか?

…。

…いや、あのボケッとしたルーキーは、どうせ仲間の為とかダチの為とか訳わかんねぇ理由でブチ切れるようなやつだ。

おいそれとナガルス側を斬りつける様な事はしねぇと思うが…。

「ビャアアアアア!!」

四肢を斬り捨て、尾を引きちぎり、ギリギリ飛べる程度に羽を傷つけ、古龍はゆっくりと地に落ちていった。

「ギャアァ…ッグッギャ…アァ…。」

「はぁっ…!ぐっ…はぁっ…!!ちく、畜…生…。なめ、やがって…。」

「ビャアアア…ビャアア??」

「ギャ…。」

古龍の尊厳を過剰に貶め、まるで苦しんでる様を確かめた後、あいつは容易く古龍の首を切り落とした。

簡単に斬り捨てやがったが、大陸級の武器ですら古龍には通じないと言われてるんだぞ。

ありえないほどでかい大剣とは言え、あんな簡単に切り落とせるものなのか?

「畜生…テメェ…畜生…。」

そしてオセロスには一瞥すらしない。

まるで殺す価値すら無いと言わんばかりに。

いや、次の標的を見てるのか。

サイシータを自陣に保護したダックスを見つめている。

奴が強大な敵だとわかってやがる。

「ビョオオオオオ!!ビョオオオオ!!ビョオオオオオオオオオオオ!!!」

古龍に対する余裕の態度から一変して、体全体を震わせるように叫び始めた。

「化け物め。」

誰にも聞こえないように呟いたその一言。俺は聞いていた。

短い単語なら唇の動きだけで何となくわかる。

ダックス。お前は何故そう呟いた。

本当に化け物と思っているのか?

それとも、少しでも怯えがあったから出てきた言葉なのか?

分からねぇ。最強の男の気持ちなんざわかるわけねぇよ。

だが今後も最強を名乗るなら、その化け物から逃げるって選択肢だけは取れねぇのはわかる。

「ビャア!!」

「…ッ!!」

そして躊躇なく、あいつは黒い大剣で斬りかかる。

それを受け止めるダックス。

古龍を切り捨てるほどの大剣を、王剣ガルバノスタッドで受ける。

ダックスも十分化け物だ。だが、受けはしたが、その衝撃を全て受けきることはできなかったみてぇだな。

ダックスが体ごと吹っ飛ぶ。

「…ッ!…ッガ…!」

吹っ飛んだダックスは、第一城壁を破壊し、城へ突き刺さる。

強い剣士は、魔力で体を強化している場合が多い。

というより、魔力で肉体を強化するのが上手いからこそ、強い剣士になっていく。

俺は致命的にそれが下手だったわけだ。…まぁ他の魔法も下手だったわけだが。

まぁダックスの野郎は普通の人間より尋常じゃないくらい体が頑丈だってことだ。

最初の一撃を避けるか、受け流す選択をしなかったのが悪手だったみてぇだな。

ふっとばされた次の瞬間には、ショーがダックスの目の前に居て、大剣を振りかぶってやがる。

そして体勢が整わないからなんとか剣で受けるしか無い。そしてまた弾き飛ばされる。

頑丈なダックスの体が、砲丸になったかのようにそこかしこを破壊しまくる。

奴らの城はボロボロになっていってる。

当然、周りの雑魚に手を出すことなんざできねぇ。

だが王城内に居る奴らは避難を始めている。ラドチェリー王女の状況把握能力は、やべぇもんがあるな。

これもうハルダニヤが殆ど負けてるようなもんじゃねぇのか?

「っずぁああ!!」

お!

吹き飛ばされる瞬間、切りつけてあいつをひるませたのか!

あいつがダックスの元に移動するのに少しだけ時間が掛かった。

その余った瞬き程の時間で、ダックスは体勢を整える。

そして、受け流しと避けの防御に切り替えた。やっと、ダックスが城を破壊するのを防げた訳だ。

ただ既に城の半分以上は壊れ、その瓦礫に埋まる多くのハルダニヤ兵が居た。

その犠牲のお陰もあるのか?今度はダックスが主導権を握ってるように見える。

あいつの攻撃は全ていなされ、ダックスに通じていない。

ただ、切りつけた衝撃は全てダックスの後ろに流れ、攻撃する度に地面が削れていく。

…地面が削りきれたら、また元の玉突きになるぜダックス。

『名もなき小さな戦士らよ。

あなたの勇気を讃えよう。

行く先には巨大な手と剣よ。

決して戻れぬ戦いに、征くは戦士の勇気なり。

名もなき小さな戦士らよ。

あなたの勇気を讃えよう。

行く先には死と苦しみと孤独のみ。

決して残らぬ名誉のために、征くは戦士の勇気なり。

進め小さな戦士たち。

その身が灰になろうとも。ただただ進め戦士たち。

倒れた戦士の屍は、次の戦士の道と成れ。

我らが唯一勝ち得るは。屍に塗れる勇気のみ。

進め小さな戦士たち。

ただただ進め戦士たち。』

…これは、ハミンの勇者の歌か?

迷宮では余り意味がないと歌わせなかった歌だ。

何故今?

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いや、ナガルスに変装している奴が居る。適当な背格好だけ似せて、同じ鎧っぽいものを着せて立たせているだけだが、この状況じゃ誰も気付かねぇか。…俺以外には、だが。

「っはぁ!!っぜぁ!!」

「ビャア!?」

いや、ダックスとあいつの戦いにハルダニヤ兵達は目を奪われている。

そりゃそうか。古龍が落とされ、ダックスも落とされたとなりゃ間違いなく負けだ。

あの攻防のスピードと力じゃ助けることも支援することもできねぇ。

今も、ダックスが大剣をいなした瞬間、何をどうしたか全く分からねぇが、あいつの大剣を叩き切った。

返す振りで、あいつの胴体を真横にきる。真っ二つにしやがった…。

沸き立つハルダニヤ兵。

まじかよ…綺麗に上半身と下半身が別れちまってるじゃねぇか…。流石王国最強の剣士…いや世界最強の剣士か。

…もう駄目か?

だが、ダックスは一切気を抜いてない?

構えを微塵も揺らしてねぇ。

何故だ?

どう考えても勝負は…。

…ありゃなんだ?

別れたショーの上半身と下半身の黒いマントが…勝手に伸びて…絡まりあって…。

「ビャア!ビャア!…ビャアアアアアアア!!!」

元に戻った…。

…いや、いや。いやいや。じゃあ、ショーの元の体はどうなってる?

あの黒いマントの下にはショーの体があった筈だよな?それは確実に…真っ二つに…。

…こんな異常事態が目の前で起こってもダックスは更に攻撃を重ねていく。

「ビャアアア!!ビャアアア!!ビャアオオオオ!!」

最初は嫌がってる叫び声だと思ったが、今はもう、喜んでいるようにしか見えねぇ。

なぜなら、切りつけられた側からあのマントが体を修復しているからだ。

あいつは更に、大きく禍々しい大剣を作り出していく。

それも無数に。

作り出しては、斬り捨てられ、それを無視するようにまた作り出す。

作られていく大剣は徐々に洗練されていく。

最初はただでかくて厚いだけの大剣が、徐々に細く、鋭く、しなやかになっていく。

まるで何処かの名工が作ったかのような美しさと鋭さを揃えた剣に。その大きさだけは変わらず。

あいつの体もそうだ。

あいつの体を覆ってるマントは、人の形をしているだけの塊みたいな物だった。

だが、徐々に、足は長くなり、靭やかな腕が伸び、体躯が整えられていく。

さらに体には、筋肉のようなものが見え始めた頃、戦いの流れが移り始めた。

少しずつ、ダックスの体に傷が付き始めてやがる。

本当にただのかすり傷だ。舐めときゃ治る程度の傷。

しかしその程度の傷が、確かに増え始めている。

対して、あいつの体の変化は止まらない。

全身の黒マントに美しい筋肉のような形が備わりきった頃、穴が空き始めた。

体中に、無数に穴が空き始めた。

剣の柄が差し込めるほどの小さな穴。

その穴が全身に満遍なく開ききった後、その穴から湯気が出始めた。

…いや、湯気じゃない?…高温の、風か?

だが物凄い勢いだ。

その無数の穴から勢いよく風が放たれる。

そしてその反動を利用して、あいつの攻撃のスピードとパワーが上がる。

「ビャア!ビャアッハ!!アッハッハッハァ!!!」

完全に笑ってやがる。

そしてがルーザには、目に見えて大きな傷が付き始めた。

もう明らかに抑えきれていない。

このまま進めば間違いなくダックスは負ける。

たまらず距離を取ろうとするダックスに、吹き出る風を利用して予備動作無く追いつくショー。

完全に立場は逆転しやがった。

だがダックスも諦めてはねぇ。今度は首を切り落とそうとしてる。

…流石にショーも首を切り落とされれば死ぬだろう。

奴はそれを狙ってるのか攻撃が首筋に多くなる。

いや、技術はダックスの方がまだギリギリ上だ。

今なら首を来られる可能性が…。

「ビャ…!」

切り落とされた…!首が…切り落とされた…!

きれいな程にストンと。

さっきまで腰が抜けてて何も出来なかったハルダニヤ兵が沸き立ちはじめる。

何故なら、さっきの上半身と下半身が別れた時と違い、体が微動だにしなかったからだ。

黒いマントも、全く動かない。切り落とされた首も。

死んじまったのか…?

ハルダニヤ兵達は、ダックスの勝利を疑ってねぇ。勝ったと、そう思ってる。

中には涙を流してる奴もいやがる。

「っはぁ…!っはぁ…!」

息を切らして膝をつくダックス。

…王国最強の騎士のあんな姿は初めて見る。

本当に瀬戸際で勝っ…ん?

ショーの体が少し…震えてないか?

ハルダニヤ…いやここに居る全ての人間がダックスの勝利を確信した瞬間。

ショーの体が爆発した。いや、爆発したかのようなものすごい爆音が響いた。

俺はその音にびびって思わず目を瞑ってしまった。

そして目を開いた後、残っていたのは頭が生えたショーと、真っ二つに切り裂かれたダックス。

股から頭まで、左右に切り裂かれたダックス。

…絶命している。

ダックスの体には、無数の鉄球が埋め込まれていた。

まるでショーから打ち込まれたかの如く。

ショーにある無数の穴から鉄球を放ったのか?

そして鉄球に怯んだ隙に一気に切り裂いたのか?

…知能が付き始めてる?ダックスを…いや俺たち全員を騙したのか?

辺りは静寂に包まれている。嫌味なほど目に染みる朝日だけが、煩く辺りを照らしている。

そしてショーはゆっくりと…ラドチェリー王女の方へ歩いていく。

誰も動けない。兵士も、ラドチェリー王女も。

王国最強の男が破られた事で、心が挫かれているんだ。

誰も彼もがその場に蹲っている。

ラドチェリー王女は微動だにせず、ただ座り込み、地面を見つめ続けている。

そしてラドチェリー王女の前に立ったショーは、大きく、美しく、少し剃りが入った細い剣を振り上げた。

…これで終いか。

流石に見えるに耐えねぇな。敵の将とは言え、女が真っ二つにされるのはよ。

「ビャアアアアアア!!!」

そして勝利の雄叫びを上げるかの様に長く吠えた後、その剣を振り下ろした。




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⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

食うために軍人になりました。

KBT
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 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

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ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

おっさんの神器はハズレではない

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今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

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