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第3章

第27話

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 彼は、いわゆる使えない奴隷という評価だった。

 なぜなら、言葉がわからなかったからだ。

 管理者様からすると、何を言ってもヘラヘラ笑っているだけの奴隷だ。

 しかしどうやら頭は悪くないらしく、他の奴隷の仕事を真似することは出来るようで、仕事は最低限こなしていた。

 言葉を話さないことから、もくもくと同じことを続ける奴隷。

 可もなく不可もない、目立つことのない奴隷だった。

 当然、仕事量的には最下位に近かったので、かなり暴行をしたようだが、それでもヘラヘラと笑っている。

 薄気味悪いやつだ、という管理者様もいたらしい。

 ただし、奴隷からの評価はそこまで低くない。

 仕事を堅実にこなし、けが人が出たら必死でディック爺のもとに連れて行く。腹が減った奴隷に食事を分け与える。いつも穏やかな奴隷。言葉は通じないが、あまり悪いやつじゃないらしい、と奴隷達から嫌われているわけではなかった。とはいっても、奴隷は基本的に自分のことに精一杯だからか、基本的に他の奴隷に不干渉だ。それが、彼をここまで生きながらえさせたのかも知れない。

 「なんとかここまでやってきたんだけどね…。言葉も通じないし、いきなり異文化だし、どうやら奴隷だし、本当に毎日絶望した気持ちだったよ。」

 「…そうですか…」

 「君の名前は?あ、僕は、仲立正孝。」

 「あ、端溜です。端溜翔太」

 「端溜君かぁ~。珍しい名前だね。初めて聞くよ。」

 「よく言われます…。仲立さんはどうしてこちらへ?」

 「あぁ…、いつの間にかこちらの森に飛ばされてね…、乱暴な奴等に捕まってそのままここにね…」

 「僕も…似たようなものです…。」

 「言葉がわからないままこんなところにね…、意味もわからず働いてるけど、多分、これって奴隷…だよね?」

 「そうですね。ラミシュバッツ…という人間がここら一帯を管理しているようです。銅を産出する鉱山なんですが、僕らはそれを掘り出すための奴隷ですね。」

 「そうか…、やっぱり奴隷か…。日本じゃ考えられないから、まさかとは思ってもいたんだけど、やっぱりそうだよね…。…ずいぶんこちらの言葉が堪能だけど、こっちは大分長いのかい?」

 「えぇ、こちらに来て1、2年は普通に過ごすことが出来ました。言葉はその時に学びました。仲立さんはどれくらいこちらへ?」

 「そうだね、僕はこっちに来て1年は経っていないと思う、冬を越したくらいだから…。でも、ここに来てから季節の感覚もわからないし、日にちを数えることもやめちゃったしね…。正直具体的なところはわからない…」

 「そうですか…、なら僕より後にこちらに来たのかも知れませんね…。来る前の1,2年で何か日本で変わったことはありましたかね…?」

 「そうだねぇ…、いいともとめちゃイケが終わったかな。あと、こち亀も終わった。」

 「マジすか!?こち亀終わったんすか…。死ぬまで終わらないと思ってました…」

 「わかるよ。それと…」

 仲立さんとはその後、日本とか地球のとりとめのない話をした。

 正直帰れるとは思っていないし、だいぶ前に諦めたつもりだったけど、それでも話しだしたら懐かしさが止まらなかった。

 そのなかで、仲立さん大学3年生で、大学では機械工学を専攻していたことがわかった。しかも、こっちには彼女と一緒に来てしまったらしい。

 一緒に奴隷としてここに売られかもしれないらしいが、途中で別れてしまったからどこにいるかがよくわからないらしかった。別れた時も言葉がわからず、彼女がどこに行ったかのヒントすらわからないという。

 「ここの鉱山には、女性が全くいないからね。多分、こういったところで働かせられてることはないんだろうけどね…」

 確かに、女性の奴隷が力仕事を割り振られることは殆ど無い。冒険者から奴隷になった人間くらいだろう。

 ただ、言葉が通じず、こちらの世界ではあまり多くない黒目、黒髪。そういった条件を考えると、彼女さんが売られた先っていうのも自ずと…。しかし、予想ができるからといって確実というわけではないし、今、ここで、そんな事を仲立さんに言うことは…出来ない。

 昔だったら、彼女がいるやつなんてただただムカつくだけだったが、モニと1年一緒に過ごして、わかった。大事な人であればあるほど、別れは…つらい。別れた相手が、自分の知らないところで苦労してるかもしれないと思えばなおさらだろう。しかも、自分が助けにいけるわけでもない。いったい仲立さんはどんな気持ちで、ここで過ごしてきたんだろう。それを思うと、何も言えなくなった。

 「…」

 「…彼女にもう一度会いたいなぁ…、あの日、デートなんかしなければ、こんな事にならなかったのに…」

 仲立さんは、話していくと段々表情をなくしていった。

 後悔か…。

 不思議と自分がこちらの世界に来た後、そういった後悔をしたことはなかった。

 こちらの世界に来たことをそこまで辛いと思ったことがなかった。

 奴隷になったことは悔しいし、奴隷にならないためにやれることはあったと思う事はある。

 でもそれは、ガルーザの言うことなんざ聞かなきゃよかったとか、マディンさんの話をちゃんと聞いとけばよかったといったことで、そもそもあの日、学校から早く帰ればよかったとかは考えたことがなかった。

 それはきっと、こっちに来てすぐモニに会えたからだと思う。

 彼女に会えたからこそ、この世界に来た後悔はあまりない。

 でも、仲立さんは違うんだ。

楽しい思い出は全部地球にあって、こちらに来てからつらいことしかない。同じ奴隷だからわかるけど、奴隷の辛さってのは、半端じゃない。そうなって前向きに生活しろってのが無理だろう。

そう思うと、地球でのいじめとかってぬるかったんだなぁ…。少なくとも、命の危機を感じたことはなかった。…無視はされてたけど、虫だけに。…やめよう。俺もだんだんきつくなってきた。

 きっと仲立さんは、奴隷の間中公開していたんだろう。昼は殴られ、夜は後悔。その辛さが、少しだけ分かるからこそ、仲立さんには同情してしまう。

 「あ~、でも、大学生って羨ましいですね。僕は高校生の時にこっちに来たんで、大学生活って憧れてたんですよ。サークルとか作って、シェアハウスとかするんですよね?」

 「いやいや、あんなのはテレビの世界の話だよ。それかごく一部の人たちの話。僕は理系だったから、周りには男ばっかりだったし、毎日実験とレポートばっかりだったなぁ…」

 「え…、そうなんですか?…え?マジすか…」

 「でも、もしかしたら、文系は違うのかも知れない。ああゆうドラマみたいな話もよくあることなのかもしれない。……たぶん。」
 
 「大学はどこに行くか決めなかったですけど、理系も良さそうだなぁって思ってました。数学とかあまり得意じゃなかったけど…」

 「こうやって話すくらいだったら、大学で習った内容を教えようか?かなりおぼろげになっているけどさ。」

 「いいんですか!?じゃあ、代わりに…なにかできればいいですが…」

 「じゃあ、こちらの言葉を教えてくれないか?正直言葉がわからないと、本当に大変なんだ…」

 「そうでしょうね…。任せてください。こっちの言葉は大分堪能になりました。日常会話くらいだったら半年もあれば大丈夫だと思いますよ。」

 「そうか…助かるよ。正直、久しぶりに人と話したけど、大分日本語に飢えててさ。とにかく何か話したい。」

 「その気持は解りますよ。取り敢えず、毎日仕事終わりから寝るまでって感じでいいすかね。」

 「あぁ、十分十分。明日からよろしく頼むよ。」

 「こちらこそ。」

 今日はお互い衝撃的だったからか、この後すぐ寝床に戻って、ぐっすり寝た。

 少なくとも悔しくて寝れないってことは無かった。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 「先生の魔力操作もだいぶ様になってきたんじゃねぇか?」

「そうか?」

「目で追えるが、正確で滑らかだ。コツを掴んだか?」

 「う~ん、コツねぇ…」

 ツルハシを振るって、振り上げた時にはさきっぽを球体にして、振り上げる寸前に元のツルハシの形に戻す。岩を削った後は、型に合わせ、ツルハシが正しく変形できているかを確認する。

 やってることを言葉にすると大したことないがかなり神経を使う作業だった。

 ただ、俺は魔力の糸を作ったりと、魔力それ自体を変形させることが出来た。だから、まず魔力で型を作って、その中に収まるように変形させている。

 この方法をとってから、一連の流れは割とスムーズにできるようになった。

 このトレーニングは、練習の方法が自分にあってたからか、かなり順調なペースで進んでいる。らしい、と、スッテンから聞いた。

 「そういえば、先生最近無口とつるんでるらしいじゃねぇか?毎晩何してるんだ?脱走の計画か?」

 「バカ、そんなんじゃねぇよ。彼は、俺と同じ故郷なんだ。俺が出ていってからの故郷のことや、彼の持ってる知識を毎晩教えてもらってるんだ。変わりに俺は、彼にこっちの言葉を教えているんだよ。」

 「?先生の故郷ってどこだっけ?」

 「日本ってところさ。多分知らないと思う。」

 「…知らない。っていうかそんな国あるのか?あまり聞いたことがないが。」

 「そりゃそうだ。俺たちは異世界から来たんだ。この世界ではない、どこか別の世界から。」

 「…マジかい?」

 「ま、信じねぇだろうけどよ。」

 「いや、信じるよ。先生の言う事ならよ」

 ま、信じてもらおうがもらうまいが構わない。それに奴隷中に知られたって、所詮そこまでだ。管理者様に知られたとおろで、うるせぇ仕事しろで終わりだろう。

 しかし、いつぶりだろうな。信じるなんて面と向かって言われたの。

 いや、もしかしたら…言われたこと、ない、か?

 友達もいなかったしなぁ…。

 まぁ、日本じゃ周りを舐め腐ってたからな。基本的に周りの人間は自分より下だと思ってた、根拠もなく。そりゃ、そんな奴に信じるなんて言わねぇよ。

 今は違う。

 どんなやつでも相手を舐めない。全ての人間は、常に自分の命を脅かす可能性があるから。

 油断は、しない。注意深く、相手を知る。それが騙されないための第一歩だ。

 他人を遠ざけるのもまずい。自分の知らないところで、自分に関しての話が進むことだってあるから。情報収集は怠ってはいけない。

 そして、相手の信頼を得るために、こちらの情報も渡す。もちろん、渡してなんの問題もない情報だけだ。そうすれば、向こうの口の滑りだって良くなるってもんだ。

 悔しいけど、これはガルーザが言っていたことだ。

 腸が煮えくり返るほどムカつくが、役に立つものは取り入れないといけない。選り好んでる余裕なんてないからな。

 けど、まぁ、自分が異世界出身ってことまでは言わなくてよかったかもな。故郷が同じってだけでも十分だったはずだ。

 なんでそこまで言っちまったんだろうな。

 …まぁ、いいか。問題はないだろう。

 「で、その集まりには俺も参加できるのかい?」

 「多分いいと思うが、俺の故郷の話なんて聞いて楽しいのか?」

 「そりゃ楽しいだろう。娯楽のない奴隷生活だ。面白そうなことがあったら飛びつかなきゃな。」

 「基本的に教えてもらった分、教えるってスタイルだ。スッテンは俺たちに何を教えてくれんだ?」

 「そうだな…、魔法のことを教えよう。訓練方法、歴史、戦い方…どうだ?」

 「いいんじゃないか?向こうも魔法には興味を持ってるようだった。」

 「そうかい。じゃあ、今夜からよろしくな。」

 「こちらこそお願いしますよ。先生。」

 「…やめてくれよ。先生なんてこっ恥ずかしい。」

 「…俺だってそうだよ…」
 
 「いや、先生は先生だから。」

 意味わからん。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 「ということで仲立さん。こちらスッテン。俺と一緒に仕事してる奴です。俺たちの故郷の話を聞きたいんですって。異世界から来たって話は伝えてます。」

 「そうですか…。仲立です。よろしく。」

 そういって、仲立さんはスッテンに手を伸ばす。

 「…?先生、この人は何してんだ?」

 「あ~、握手だ。俺たちの世界では初対面の人間はこうやってお互いの手を握り合って、友好の挨拶としてるんだ。割と共通する挨拶だ。」

 「なるほど。スッテンです。よろしく。」

 お互いの言葉は当然伝わらない。俺が通訳をしている状態だ。

 「そうだな…、こうやって集ったはいいがどうやって勧めていくかは考えていなかったな。」

 「じゃあ、向こうの故郷のことは無口が教えてくれないか?それを先生がこっちの言葉に翻訳する。俺は、こちらの魔法や歴史、文化を教える。それを翻訳して伝えてくれ。なるべく、段順な言葉を使ってお互い説明していこう。そうすれば、お互いの言葉も勉強できるんじゃないか?」

 「別にそれでもいいが…、スッテンは俺たちの言葉なんて勉強するのか?意味ないだろ?」

 「意味ないことはないさ。先生の故郷の言葉で話せるようになれば、管理者や周りの奴隷に余計な情報を与えなくていいだろ?リスクはなるべく減らしたほうがいい。」

 「ふーん…そんなもんか。まぁ、いいぜ。あと、仲立さんだ。無口ってのは失礼だろ?」

 「いや、どうだろうな…。奴隷になったら元いたときの名前は捨てるって文化があんだよ。俺のスッテンも、先生の先生もそうだろ?仲立は皆から無口と呼ばれてる。せっかくだからこっちでの呼び方でお互い呼びあったらいいんじゃないか?」

 「というわけですが、仲立さんどうします?」

 「もちろん、それでいいですよ。っていうか僕無口って呼ばれてたんだ…。まぁ、いいけど。それで、どちらから行きます?」

 「じゃあ、俺から行こう。途中から混ぜてもらったわけだしな。」

 そう言って、教えてくれたのは、まずこの世界の文化だった。大陸の種類とか、国の名前。貨幣の種類。そんな感じだ。仲立さんが異世界から来たって事を聞いて、なるべく基礎の基礎から始めてくれたんだろう。異世界人だなんて信じちゃくれてないと思ってたが、少なくとも、俺達に合わせてくれてるようだ。

聞いた内容はモニから教えられたことや、王都での図書館で調べた内容が殆どで、俺は既に知っていることばかりだった。ただ、仲立さんはそうでもなく、かなり新鮮だったようだ。

 「こちらでは、リヴェータ教という宗教しかないんですか?」

 「いや、宗教自体は沢山ある。ただ、人族が信仰しているのはほぼリヴェータ教だ。」

 「ふむ…。やはり、一神教ということでしょうか。どんな神話があるんです?」

 「一神教…なるほど、神様が一人しかいない宗教ってことか。でも、普通神様は一人だろ?」

 「いや、僕達の故郷ではたくさんの神様がいるっていう宗教もあるんですよ、精霊とかもありますね。」

 「精霊を崇めてる宗教ってあるんですか?」

 「ああ、確か、ネイティブアメリカンの宗教観が自然には精霊が宿っているっていう宗教だったと思う。うろ覚えだけどね。」

 「精霊は…、長耳族とか、炭鉱族が信仰しているな。ただ、信仰してるってよりは実際に使ってるわけだからちょっと違うか…」

 「使ってる?精霊がいるんですか?」

 「あぁ、いるぞ。その精霊を使って魔法を使っているらしい。精霊だけじゃなく、神も悪魔もいる。」

 「まぁ、信者にとっては神様も悪魔もいるんでしょうけど…」

 「いや、そうじゃない。いるんだ。実際に見て、触れられる。」

 「?」

 「?」

 「?」

 「…それって神様なんですか?そういう生物…とかじゃなくて?」

 「う~ん、俺も詳しくはわからないが、年に一度のリヴェータ教主催の祭りではその神様が降りてくるっていうんだ。そして奇跡を見せてくれる。毎年な。俺は直接見たことがないがよ。そして、リヴェータ教はそいつを神様と言っている。神は実際にいるんだと。」

 「…う~ん。僕たちの宗教観とは大分違いますね…。奇跡っていうのは?」

 「死者を甦らせるんだ。」

 「「は?」」

 「……いやいやいや、死んだ人間は生き返らないだろ?何言ってんだ?」

 「そういう反応もわかる。蘇ると言っても、ホントに一日かそこらの短い期間だし、何十人と出来ることじゃないし、死体がきれいに残ってなきゃいけないとか、親族の血液が必要とかっていう制限があるらしい。まぁ、死体の方はどうとでもなるらしいんだが、それでも確かに蘇る、と。」

 「…にわかには信じられませんね。たしかに蘇るという根拠は?何なんです?」

 「生前の記憶、性格、言動に全く違和感がないんだと。本人しか知らないはずのことを言ったりしたんだそうだ。今では、王が急死したとき、一日だけ蘇ってもらって次期国王を指名できるくらいには信頼されている。」

 「誰も疑ってないって状態ってことだな。」

 「まぁ、ほぼな。国王以外にもお偉いさんが死んだ時はこういう事をするらしいから、わかりやすい暗殺とかはないって話だ。殺したあと蘇られててめぇが犯人だなんてなったら洒落にもならないからな。後々に明らかになることもあるってんで、取り敢えずお偉方の死体は王都にある王墓に安置することになってるらしい。出来る限りな。様々な国が起こり滅んでいったが、ハルダニヤ国は暗殺される王族・貴族ってのがほんとに少ない。これこそがリヴェータ教の奇跡だって言ってるやつもいるよ。だからさっき言ってた、神話?というのもない。今、ここにいるんだからそれが神の話だ。もちろん、今の奇跡は記録にとってあるだろうし、それが後世に神話と呼ばれるかも知れないが。」

 「じゃあ、王侯貴族しかその奇跡には預かれないんでしょうね。」

 「いや、そんなこともないぞ。半分以上は庶民や平民にチャンスが与えられる。内乱で死んだ父親に会いたいとか、後継ぎはどちらだとか。面白いところでは奥さんと浮気相手に呼び出された旦那が王都市民の前で罵られるってのもあった。」

 「意外と気安いんだな。」

 「だからこそ、とっつきやすいんだろうな。死者は蘇らすし、回復魔法もリヴェータ教が牛耳ってるし、怪我を治す毎に母のお恵みですとか言ってるんだ。そりゃ、リヴェータ教は圧倒的な信仰を集めるよな。」

 「神様の名前はリヴェータと仰るんですか?」

 「いや、違う。リヴェータの由来はわからないが、神に名前はないらしい。母とか我らの輩とかいろいろ呼び名はあるがな。」

 「…そういえば、人族以外は何故リヴェータ教を信仰しないんですか?かなり魅力的な宗教に思えますが…」

 「それはな、この宗教は人族至上主義なんだよ。他の種族は人族と比べて一段二段低い立ち位置だ。特に槍玉に挙げられてるのが天人族だな。こいつらは完全にリヴェータ教から敵と見なされている。」

 「僕たちの世界でも差別はありましたよ。人間っていうのは世界を渡っても変わりませんね…。それなら、百歩譲って人族至上主義っていうのは認めましょう。だとしても、その天人族っていうのが他の種族と比べて目の敵にされているのは何故なんですか?」

 「う~ん…。申し訳ないが、そこまではちょっと…。奴等は、神の奇跡を受け入れない愚か者共とか、悪魔の末裔共とか言ってたりするけどなぁ…。余り根拠のある説法じゃねぇよな…」

 そういえば、モニもリヴェータ教に狙われているとか目の敵にされているとか言っていたが、何故ナガルス族が敵なのかは教えてくれなかった。

 もしかしたら本人も知らなかったのかも知れない。

 「そのとおり、神の奇跡を受け入れないからじゃよ。」

 「!!」

 俺たちが夢中になって話し込んでる背後からいきなり声がかかった。

 ディック爺だ。

 まずい。聞かれた。いや、まずい?別にまずくないよな?こちらでの一般常識を教えてもらっていただけだ。無知で学のない奴隷が、たまたま混ざってたマシな奴隷から自慢と後悔が混じった知識を教わる。なんの問題もない話だ。大丈夫、落ち着け。

 「大丈夫だよ。あんた達がどこの国出身だろうと、異世界出身だろうと。他の奴等にペラペラ話すつもりもない。」

 「……ディック爺はどうしてここへ…」

 頭がうまく回らない。落ち着くためにどうでも良い質問を取り敢えず浴びせる。

 「奴隷たちが怪我した時はこうやって出向いて治しているんだ。今までもやってたことはあったろう?」

 あったな。

 うかつだった。

 ディック爺は俺たちの部屋まで来てよく怪我を直してくれていた。彼のその姿勢はいつも尊敬していたが、それが仇となったしまった。いや、あれ?話すつもりはない?何故だ。

 「…ありましたね。いや、しかし何故他の管理者様達に何も言わないのです?ディック爺の損にはなっても得にはならない話でしょう。」

 俺の動揺をよそに、仲立…いや、無口さんは質問する。とにかく機械的に翻訳する。

 「い~んだよ。ここの管理者共にはもちろん、リヴェータ教にも国にも十分尽くしてきた。もう義理は果たしたわ。これ以上は鉄貨一枚だって尽くしてやる気はないね。」

 「ずいぶんないいっぷりですね。恐らくあなたの古巣でしょう?何故そこまで…。」

 「ま、いろいろあったんだよ。そもそもこんな殆ど非合法な職場に行き着いてるってことで察してくれさ。」

 じわり、じわりと不安が押し上がってくる。管理者側の人間に異世界人だと知られてしまった。奴等に知られたら何をされるかわからない。拷問でもされて、最終的にはモニのところまでたどり着かれてしまうかも知れない。

 いや、ならなぜ、スッテンに自分の故郷を伝えた時はこんなに不安にならなかったんだ。

 違う。今そんなことはどうでもいい。異世界人だと知られるのはいい。モニの事を聞き出されるのがまずいんだ。

 気付かないうちに右手が首元のロケットを握りしめていた。もう、癖になっている。

 ディック爺はちらりと俺を見て、そして少し同情…?しているような表情を見せ言った。

 「大分疑われてるようだの…。まぁ、私が何を言ったところで、哀れな奴隷たちが現実逃避に過去のあり得ない妄想を語り合うのはよくあることだ。ここらの管理者はそんなこと気にせんよ。そんな程度の奴等の吹き溜まりだからなぁ。」

 「…神の奇跡を受け入れないというのはどういう意味ですか?」

 「さっき話してたろう?死者を甦らせる話のことだけどな、何故かナガルス族には効果がないのよ。リヴェータ教の極秘ってほどじゃないが、まぁ、知ってるやつは少ないかな。ナガルス族は唯一、リヴェータ教を信仰する理由がない。だからリヴェータ教は、いや、人族はナガルス族を迫害してるのさ。」

 「効果がない理由ってあるのですか?」

 「いや、それはわかっていない。少なくとも儂は知らん。敵とみなしたらもうそれ以上詳しく知る必要はないと考えたのかも知らん。」

 「…」

 「ま、そういうことだ。失礼するよ。…どんなときでも知識や好奇心は人の心を豊かにする。奴隷にしてなお、その姿勢を忘れていない君たちが少し羨ましい…。」

 ディック爺はそう言って俺たちの部屋から出ていった。

 ディックじいの話を信じれば、俺達は安全だろう…。

 いや、そもそもディック爺が俺たちの信頼を得るために適当を言ったのかも知れない。

 いや、しかしなぜオレたちの信頼を得る必要がある?俺たちに口封じに殺される心配なんてない。しっかり管理されてるんだから。なぜだ?わからない…。

 少なくとも、すぐに他のやつに知らせるのがディックじいにとって一番ベストだ。にもかかわらず、それをセずに、俺達の信頼すら得ようとしていた。

 全部の理由がわかるわけじゃないが、一番効率的な方法を取らなかっただけでも、何か他の理由があるのかも知れない。

 取り敢えず保留にするか。こういう話をする時は周りの注意も怠らないようにしよう。

ディック爺が出ていってしばらく会話がなかったが、思い出したようにスッテンが話しだした。

 「そういえば、またロケットを触っていたな。そんなに大事なもんかい?」

 「ん?あぁ…そうだな。この中には、双子石ってのがいくつか入ってる。これがあればいつか師匠のところにたどり着けるからよ。絶対になくせねぇんだよ。」

 「へぇ~、双子石か。古めかしいもん使ってんな。」

 「双子石?なんですかそれは?」
 
 「簡単に言えば、お互いを引き寄せ合う石さ。今じゃ、製法もなくなっちまったからな新たに作ることが出来ない。これで、結構貴重なもんだぜ。高値がつくかって言われると、微妙だがな。」

 「貴重なのに高値がつかないんですか?」

 「う~ん、なんつうか。今じゃ場所を知る方法は他にもあるからな。わざわざこれを使う理由もない。だから古美術としての価値しかないんだが、昔、これをよく使ってたのはナガルス族だと言われてる。ナガルス族は昔、色々な浮島に済んでいたけど、そのお互いの位置を知るために使われていたらしい。今ではもう使われてないそうだがな。そういう背景があってかあまり表立って取り扱えないんだとさ。」

 「そういえば、ナガルス族?天人族?っていうのはどんな種族なんですか?先程からちょくちょくでてきますが。」

 「う~ん、そうだな…。外見的な特徴はまず、背中から羽が生えていること。だから、ナガルス族全員空を飛べる。」

 「空?飛ぶんですか?どれくらいの翼ですか?」

 「?翼?翼の大きさか?変なこと聞くな…。え~っと伝え聞いた話だが、大体身長の3倍位って聞いたかな。」

 「羽ばたいて飛ぶんですか?それ以外の部分はどうです?背中が盛り上がってるとか、上半身が大きいとか。」

 「え?いや~、それ以外は人族と変わらないと思うぞ。飛び方は、羽ばたいて飛ぶやつもいるし、高く飛んだら滑空するやつもいるな。」

 「……」

 「どうしたんですか無口さん。」

 「…ん、あぁ、いや、果たして人間に羽がついたような状態で空を飛べるのかと思ってね。空を飛ぶには羽が小さい気もするし、羽ばたく数を稼ぐには筋肉が足りないような気もするし…。といっても生物は専門じゃなかったしなぁ…自信がない。」

 「といっても、飛べるもんは飛べるからなぁ…」

 「まぁ、魔法があるような世界ですしね…」

 「いや、俺らの世界だって異世界人は大分非常識だぜ…?」

 こうして雑談は、夜も更けていくなか続いていった。

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