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「公治さん、祖母の心臓が悪かったって、教えてくれてもよかったのに」
気だるげな雰囲気の中、純香にそう言って顔を覗き込まれて、柿村はぎくりとする。もちろん、持ち前のポーカーフェイスで、そんな様子はみじんも見せることはないが。
「ハナさんが自分で言ってるものだとばかり思ってたんだよ」
申し訳なさそうに純香を見れば、純香は素直に首を横に振った。
その素直さが柿村にとっては得難いところであり、かつあしらいがしやすくて助かるところだった。
「ううん。私も全然気づいてなかったのも悪かったから。きちんと見てればわかったのかもしれないし」
「きっとハナさんは隠そうとしたんだろうね。かわいい孫娘に心配させたくなかったんだろうし」
柿村が純香の髪をなでれば、うっとりとしたように純香が目を閉じる。
これだけで満足してくれるのだから、純香の操作は楽だと柿村は思っている。
純香は、見た記憶がほとんどない父親の姿を柿村に求めている。
柿村はその気持ちにちょっとだけ手を入れて、この関係を作り上げただけだ。
きっと純香は純粋に、柿村のことを好きで慕っているだけだと思っているだろう。
でも、柿村の言葉には嘘がある。それにきっと純香が気づくことはないだろう。
「お薬って、病院で出してくれてるのよね?」
柿村は、ああと頷く。同時になぜ、とも思う。
「うちは院外処方にまだしてないからね。どうかしたかい?」
「いえ。あの薬の名前とか、誰が書いてるの?」
そんなことを? なぜか詮索されているような気がして、柿村は心の奥底がざわめく。
「持田さんだけど。どうして?」
「薬の名前とか使用方法とか細かく書いてくれてるでしょ。いつも几帳面だな、と思って」
「そうだね、持田さんは几帳面だね」
持田のことを思い出して柿村はクスリと笑う。この様子では、純香は単なる疑問を示しただけらしい。
「この間も、確認してたら薬の名前を書いてなかったんじゃないかって、慌てて患者さんの家まで行ったんだよ」
「本当に、几帳面なのね」
「だから色々と助かってるよ」
柿村は本心からそう告げた。
「…私も、公治さんの助けになりたいのに」
拗ねたような純香の声に、柿村は純香の髪をやさしくなでる。落ち着かせるにはこれが一番手っ取り早い。父親の代わりをしてあげればいいだけの話だ。
「こうやって私の癒しになってくれているだけで充分だよ。妻からは得られない癒しだから。早く離婚して、純香と一緒になりたいよ」
純香がその言葉に、コクリと頷く。本当に純香は素直で助かる。
その言葉一つで、この関係を縛り付けられるのだから。
「純香の体温を感じてると、本当に安心するよ」
純香の体温は、誰の体温よりも高い。若さの象徴だろうか。
特に今日は高い。きっともうすぐ生理が始まるんだろう、と冷静な頭がそう告げる。
3年の付き合いで、柿村は純香の体のサイクルも理解している。
自分が医師でそういう知識があってよかったと思うのは、そういう時だ。
柿村は、ハナに何度も繰り返して言っていた。
「純香ちゃんに心配させたらいけないね」
と。
流石に純香の祖母だ。
素直にその言葉を飲み込んでいたんだろう。ハナの心臓が悪いことは純香の意識には上ることがなかったらしい。
柿村は、ハナが亡くなったことに、ホッとしていた。
確かにハナはその言葉を素直に飲み込むような素直さは持っていたけれど、柿村よりも長く生きてきた分、真実を見抜く力も持ち合わせていた。
むろん、柿沼の言葉は信じていたのだから、素直だというほかはないが。
柿沼は、ハナから時折、純香のことをどうするつもりか問われることがあった。
柿沼にとっては、純香は浮気相手でしかない。どうするつもりなどない。
だがハナの手前、いずれは、と告げていた。もちろん本心ではない。
柿沼は入り婿だ。今切り盛りしているクリニックは、義父のクリニックを継いだものだ。そしていずれは、義父の地盤を継いで政界に進出するつもりでいる。
今の身分を失うつもりなどない。
だから、心のどこかで、純香との関係を、純香との結婚を迫るハナのことが煩わしいと思っていた。
だが、柿村も医師である。病気があると診断した以上、その対応を嘘で固めるわけにはいかない。
だが、病気を気にかける人間が一人くらい減るのを願うことくらいは、許されてほしいと思う。
ハナが心臓が原因で亡くなったと知った時、抱いた罪悪感に、柿沼はやはり自分は医師だったのだと自覚する。
そして同時に抱いた安堵感に、人間として堕落した部分も自覚する。
だが、人間などそういうものだと、柿沼は思っている。
清廉潔白な人間など、どこにもいないのだ。
気だるげな雰囲気の中、純香にそう言って顔を覗き込まれて、柿村はぎくりとする。もちろん、持ち前のポーカーフェイスで、そんな様子はみじんも見せることはないが。
「ハナさんが自分で言ってるものだとばかり思ってたんだよ」
申し訳なさそうに純香を見れば、純香は素直に首を横に振った。
その素直さが柿村にとっては得難いところであり、かつあしらいがしやすくて助かるところだった。
「ううん。私も全然気づいてなかったのも悪かったから。きちんと見てればわかったのかもしれないし」
「きっとハナさんは隠そうとしたんだろうね。かわいい孫娘に心配させたくなかったんだろうし」
柿村が純香の髪をなでれば、うっとりとしたように純香が目を閉じる。
これだけで満足してくれるのだから、純香の操作は楽だと柿村は思っている。
純香は、見た記憶がほとんどない父親の姿を柿村に求めている。
柿村はその気持ちにちょっとだけ手を入れて、この関係を作り上げただけだ。
きっと純香は純粋に、柿村のことを好きで慕っているだけだと思っているだろう。
でも、柿村の言葉には嘘がある。それにきっと純香が気づくことはないだろう。
「お薬って、病院で出してくれてるのよね?」
柿村は、ああと頷く。同時になぜ、とも思う。
「うちは院外処方にまだしてないからね。どうかしたかい?」
「いえ。あの薬の名前とか、誰が書いてるの?」
そんなことを? なぜか詮索されているような気がして、柿村は心の奥底がざわめく。
「持田さんだけど。どうして?」
「薬の名前とか使用方法とか細かく書いてくれてるでしょ。いつも几帳面だな、と思って」
「そうだね、持田さんは几帳面だね」
持田のことを思い出して柿村はクスリと笑う。この様子では、純香は単なる疑問を示しただけらしい。
「この間も、確認してたら薬の名前を書いてなかったんじゃないかって、慌てて患者さんの家まで行ったんだよ」
「本当に、几帳面なのね」
「だから色々と助かってるよ」
柿村は本心からそう告げた。
「…私も、公治さんの助けになりたいのに」
拗ねたような純香の声に、柿村は純香の髪をやさしくなでる。落ち着かせるにはこれが一番手っ取り早い。父親の代わりをしてあげればいいだけの話だ。
「こうやって私の癒しになってくれているだけで充分だよ。妻からは得られない癒しだから。早く離婚して、純香と一緒になりたいよ」
純香がその言葉に、コクリと頷く。本当に純香は素直で助かる。
その言葉一つで、この関係を縛り付けられるのだから。
「純香の体温を感じてると、本当に安心するよ」
純香の体温は、誰の体温よりも高い。若さの象徴だろうか。
特に今日は高い。きっともうすぐ生理が始まるんだろう、と冷静な頭がそう告げる。
3年の付き合いで、柿村は純香の体のサイクルも理解している。
自分が医師でそういう知識があってよかったと思うのは、そういう時だ。
柿村は、ハナに何度も繰り返して言っていた。
「純香ちゃんに心配させたらいけないね」
と。
流石に純香の祖母だ。
素直にその言葉を飲み込んでいたんだろう。ハナの心臓が悪いことは純香の意識には上ることがなかったらしい。
柿村は、ハナが亡くなったことに、ホッとしていた。
確かにハナはその言葉を素直に飲み込むような素直さは持っていたけれど、柿村よりも長く生きてきた分、真実を見抜く力も持ち合わせていた。
むろん、柿沼の言葉は信じていたのだから、素直だというほかはないが。
柿沼は、ハナから時折、純香のことをどうするつもりか問われることがあった。
柿沼にとっては、純香は浮気相手でしかない。どうするつもりなどない。
だがハナの手前、いずれは、と告げていた。もちろん本心ではない。
柿沼は入り婿だ。今切り盛りしているクリニックは、義父のクリニックを継いだものだ。そしていずれは、義父の地盤を継いで政界に進出するつもりでいる。
今の身分を失うつもりなどない。
だから、心のどこかで、純香との関係を、純香との結婚を迫るハナのことが煩わしいと思っていた。
だが、柿村も医師である。病気があると診断した以上、その対応を嘘で固めるわけにはいかない。
だが、病気を気にかける人間が一人くらい減るのを願うことくらいは、許されてほしいと思う。
ハナが心臓が原因で亡くなったと知った時、抱いた罪悪感に、柿沼はやはり自分は医師だったのだと自覚する。
そして同時に抱いた安堵感に、人間として堕落した部分も自覚する。
だが、人間などそういうものだと、柿沼は思っている。
清廉潔白な人間など、どこにもいないのだ。
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